暴走まるちぃ 投稿者:岩下 信

「うぉぉぉぉーーーーーーーーー。」
「だぁぁぁぁぁーーーーーーーーー。」
…………
「もう一回で終わるなマルチ。」
「はいっ。これも浩之さんのおかげですぅ。」
にこっと笑って俺を見るマルチ。
こうやって見ていると、本当にロボットなのかと疑いたくなる。
ハットとなってマルチはすまなそうに言った。
「すみません。ご迷惑ばかりお掛けして…。」
「いいんだよ、気にするな。それより終わらそーぜ。」
「はっはい!。」
再びモップを持ち、俺とマルチはモップがけを始めた。
「うりゃゃゃゃゃゃゃーーーーーーー。」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー。」
俺は廊下の終わりまできて後ろを振り返った。
少し遅れてマルチが到着し…ないっ!?
見ればマルチは俺と反対方向へと走っている。
「どーしたーーマルチぃ?」
「と…とまらないんですぅ…。」
マルチの声が遠くからき聞こえる。
「…なっ何ぃ!!!」
マルチは『あわわわわわわわ すいませーん。』とか言いながら
廊下を暴走していた。周りにたくさん人が居ないのがせめてもの救いだ。
「あわわわわわわわわわわわわーーーー。」
このまま放っておく訳にもいかない。俺はとっさの判断でマルチをオーバーヒートさせる事にした。
俺は暴走しているマルチにどうにか追いつくと、
「マルチ、愛してるぜ。」
と大声で言った。
「……?」
きょとんとした表情で俺を見るマルチ。
足は完全に止まっている。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ。」
マルチはそれだけ言うと、ふぅっと意識を失った。
「やれやれ・・・。」
俺は意識を失ったマルチを連れて教室へと戻った。

教室までオーバーヒートしたマルチを運ぶと机を適当にならべて、そこに寝かせる。
「まったく、何でこんな事になっちまうんだよ。」
俺はマルチの側に座ると、やれやれといった風にため息を一つもらした。

人気の無い教室。そこに横たわるマルチ。・・・・・・・・。
ってなに考えているんだ俺は・・・・・・。
それにしても、横で寝ているマルチを見ていると、ロボットと言うより『女の子』といった感じがする。
どこまで人間に近く作られているのだろう。
自然な表情、自然な感情。
もしかしたら、現代の人間が失いがちな『素直な心』かマルチには在るのかもしれない。
いつからだろう・・・綺麗な物を見ても、素直に「綺麗だ。」と言えなくなってしまったのは・・・
体面を気にするばかりで素直さにかけている俺達。
素直に感情を表すマルチ。
いったいどっちが人間らしいのだろう・・・・・。

「あっ浩之ちゃん。」
教室のドアが開き、そこにはあかりが立っていた。
「おぅ、あかり。」
「浩之ちゃん、まだ帰ってなかったんだ。何してたの?」
「ちょっとな。」
俺はマルチの方を指すとあかりに言った。
「あれっ?この子確か・・・。」
「そう、うわさのメイドロボだよ。」
俺はあかりにそう説明した。

夕暮れの教室でオーバーヒートして寝ているマルチを、俺とあかりは見ていた。
「ねぇ、浩之ちゃん。」
「ん…なんだ?」
「この娘、本当に人間みたいだね。」
「そうだよな、…やっぱりそう見えるよな。」
俺はあかりに聞こえるかどうかの小声でポツっと言った。
「…なんか言った?浩之ちゃん。」
「なんでもねーよ。」
・
そのうち、モーター音がして、マルチが目覚めた。
「あ…あれっ?…私…。」
「よっ目、覚めたか?」
俺は目覚めたマルチに声をかけた。
…………とマルチはメモリーから記憶を呼び出すと、
「あうぅぅぅぅぅすっすいませんーーーーー。」
と泣きそうな顔になる。
「うぅっ私ったらご迷惑ばかりおかけしてぇぇぇぇぇーー。」
「気にするなよ。」
「あぅぅぅぅぅ……。」
またもや泣き崩れるマルチ。
「ねぇマルチちゃん。誰にも失敗はあるから、気にしなくてもいいのよ。」
あかりがなだめるようにマルチに言う。
「はっはい、すいません…。」
マルチは肩を落として、うつむいて言った。
「それよりマルチ、そろそろ行かねーとバスに遅れちまうぞ。」
「えっそんな時間なんですか!」
「あぁ。」
それから俺とあかりとマルチは急いで帰り支度を済ませると、
校門を飛び出し、ゲーセン前のバス停へと急いだ。
・
バス停に着くと、そこにはセリオが立っていた。
「マルチさん。随分遅かったですね。」
例のごとく無機質な声でセリオは言う。
「ちょっと訳アリでね。」
俺はセリオにそう言うと、マルチの肩をポンっと叩き、
「じゃあ、また明日な。それから、帰ったらしっかり研究所の人に見てもらうんだぞ。」
「はいっ、では浩之さんにあかりさん、さようなら。」
「おぅっ。」
「じゃあね。」
俺とあかりはマルチを見送ると、家路を急いだ。
その帰り道、俺はふとあかりに、
「なぁ、マルチみたいにロボットにも感情があったほうがいいと思うか?」
「えっ………。」
あかりは俺の質問にしばらく考えてから答えた。
「私は、あったほうがいいと思うよ。その方が、たのしそうだから。」
「やっぱそうだよな…。」
俺は空を見上げてつぶやくように言った。

その次の日の放課後・・・
俺とマルチはいつも通り掃除を済ますと、マルチといっしょに帰った。
「結局、昨日のあれはいったい何だったんだ?」
「あっ,それは足の運動回路がちょっと接触不良を起こしましてそれが原因だと言われました。」
「そうか…。」
「あっあの、浩之さん…一つ聞きたい事があるんですけど…。」
「昨日の、あの一言の事なんですけど…あれって……。」
そこまで言うとマルチは黙り込んでしまった。
あの一言・・・・
俺はしばらく黙って考えた。
気まずい沈黙のが二人の間を支配する。
「……好きだぜ、マルチ。」
沈黙を破ったのは俺の方だった。
「えっ……はっはいっ!私も浩之さんの事が大好きですぅ。」
マルチがぱぁっと表情を輝かせて俺に言った。

マルチの様に、俺も少し素直になれた気がした。

                                                       終わり

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                                     1997.10.28
                                     大学の端末室にて
                                        岩下 信