五分間 投稿者: 意志は黒

 歩いて五分のところの公園。
 誰にでも、そういう場所は有るものだろう。俺にとって、
そのあたりまえの場所は、あの公園だ。そして今、俺は、
その場所に向かって歩いている。

 俺の前には、毎朝通るいつも見慣れたこの道。
 春の夜の闇は、道を黒く塗りつぶしている。ただ電灯だけは、
この道の永遠の色を、俺の目に見せていた。
 そして。
 俺の後ろの方には、突然家までやって来た葵ちゃん。
 どうやら、何か重要な話が有るらしい。確かにそれは、
いつもと違うその様子からも、それとなく伝わってくる。

 俺の方には、取りたてて話す事は無い。
 …いや、話すべき事は有るのかもしれない。
でも、俺達の間には、そんな会話など、必用無いはずだ。
 その点では葵ちゃんも、度合いの違いこそ有れ、そう思っているはずだ。
 …とは言え、きちんと言葉で確認したい事なのかもしれない。
そう思ったからこそ、俺はその公園まで行く事にしたんだ。

 先ほどから耳が聞く事を怠っていた俺達の靴音が、
思い出した様に俺に届いた。
 それを聞いた俺は、家の玄関から続いていた静けさに、
急に耐えられなくなった。そして、後ろを振り返った。

「葵ちゃん」
 ほんの少しの間。その後、葵ちゃんは答えを返してきた。
「はい」 思い出したような、戸惑いの色を持つ笑顔。
 俺達の前の方でぱちっ…ぱちっ…と点滅する、切れかかった電灯。
 点いて……消えて…点いて………消えて…
 そして、危なげながらも、点いたまま小さな安定を得た。

 俺は、葵ちゃんが聞く体勢を作るだけの間を取って、話し掛けた
「なあ、並んで歩かねぇか?」
「えっ…?」
「葵ちゃん、さっきから俺の後ろを歩いてばっかりだろ?」
「あ……はい」
「…だからさ」
 そう言うと、葵ちゃんは、ためらいながらも、俺の隣の、
ちょこっと離れたところに立った。
 葵ちゃんらしいな。そう思いつつ、俺は隣に有る確かな
人の気配を受けて、再び歩き始めた。

 葵ちゃんは、手を前で組み、ずっと葵ちゃんの足元の
真っ黒な地面を見て歩いている。
 そのまま歩いてしばらくすると、葵ちゃんは少しずつ後ろに
下がり始め、ついにはさっきと同じところまで戻ってしまった。

 俺は再び振り返った。目の端にさっきの電灯が消えるのを
感じながら、それを気にせず、葵ちゃんに話し掛けた。

「なあ」
「あっ…」失敗してしまった子供みたいな顔。
「どうしたんだ?」
 俺は、心配そうな顔をして、葵ちゃんに言った。
事実、少し心配だった。
「あの…」
 葵ちゃんはそこで口を止め、やがて意を決したように言った。
「…不安なんです」
「……?」
「先輩の隣を歩いてて…先輩は確かに私の隣にいるのに…私の眼には
入らなくて…何だか、どこか遠くに行ってしまったみたいで…」
「葵ちゃん…」
「…だから、いつでも先輩が私の眼に入る様な所にいたいんです…」
 最後の方は、声がかすれてあまり聞きとれなかった。

 伏し目がちになった葵ちゃんに向かって、俺は言った。
「葵ちゃん…俺だって不安だよ」
「え…」
「俺は、いつだって側に葵ちゃんを感じていたいんだ。それなのに後ろに
いちゃあ、俺に見えるのは…」 俺は続けた「真っ黒い道だけだ」
「せ…先輩…」
「葵ちゃんも、前ばっかりじゃなく、たまには隣を見なよ。
俺は絶対にいるんだからさ」
 電灯がぱちっ…ぱちっ…と点滅し、点いた状態で安定した。
そして、それはこの夜の間、一度も消える事は無かった。

「はい! 分りました!」
 葵ちゃんはそう言って、俺の側に駆け寄った。
そして、俺達は再び歩き始めた。

 さっきの電灯の下までやって来た。消える様子はない。
 それに連れて、俺達の長い影はゆっくりと近づき、そして…重なった。

 俺は意識的にスピードを落とした。それに気がついたのか、
葵ちゃんの方も、心持ちスピードを落としたようだ。

 しかし、そのうち俺達の影は離れた。
 少し寂しい気もしたが、その気持ちはすぐに晴れた。
 公園の左右の明かりが俺達を照らし出し、二つの影を再び結び付けた。
そして、それは決して離れる気配を見せなかった。

 俺達は公園に入った。
 話とは何なのだろう。
 …それは分らないが、決して葵ちゃんを悲しませる様な事はするまい。
 俺はそう思い、葵ちゃんに向き直った。

 俺達の影は、やはり最後まで離れる事は無かった。


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 こんばんは。意志は黒です。
 今日は葵ちゃんが我が家に(←お前の家かい!(爆))来る日なので、
朝からある程度考えて、家で書き上げました。時間も計算して…
 密かに、一部でだいぶ葵ちゃんの実績(謎)を作っておきながら、
葵ちゃん書いたの初めてだったりします。でも、自分ではそんなに特別に
思ってないんです…まだ、何か違うものを書いてしまったようです。
 「葵ちゃんのSS」を書けるのは、いつの日か…

「雫 アナザー」なんですけど、4月の半ば位に書き上がったのですが、
事情によりアップ出来ません…申しわけ有りません。