電波狩りの日(本編) 投稿者:意志は黒
 祐介と瑠璃子,そして月島が彼らのまわりの異変に気付いたのは,しばらく前の事だ。
そして,急速に,至るところで明らかな敵意の眼が彼らを貫く様になった。

 すでに彼らは排除されるべき存在だった。彼らは居場所を求めた。
しかし,その時にはすでに彼らを受け入れる場所はなかった。
彼らは,各地を逃げるように動き回るしかなかった。


 そして,電波狩りの日がやってきた。

 黒雲のような人間の群れの中のすべてが,
正義にぎらついた眼で電波使いを狙っていた。



 彼らは深い森の中の小さな小屋にいた。


・・・いくらなんでも早すぎる。

 自分達の力が何らかの方法で知れ渡れば,この様な事が起こると言う事は,
祐介も,瑠璃子も,月島も,ある程度承知していたつもりだった。
それにしても,あまりにも急な話である。
大きな力がはたらかない限り,こんな事は有り得ないはずだった。

・・・一体何でこんな事に・・・?!




 全ての始まりは,ほんの小さな記事だった。

「電波は人間を破壊する」
たったそれだけの見出し。

 内容と言えば,
「電波は私たちを外部から操るものだ。」
「電波は私たちの精神を破壊する。」
「電波を操る人間も存在する。」

こんなものだった。

 広告の内容まで憶えているような人間ならいざ知らず,
普通の人,ましてテレビ欄と漫画しか読まないような子供などは全く気付かなかった。
第一,読んだところで,この内容を信じた人間はほとんど皆無だった。

 しかし,この記事はこれで良かったのだ。

 広告の内容まで憶えていた人間は,その翌日の記事に眼をとめた。
・・・電波という単語が,またも小さな記事の中に見つかったのだ。

 新聞といえば公平平等な報道の集まりであり
それに二日も連続で同様の記事が載るとはいったいどういう事か。
そう考えて,彼らは記事をもう一度見返す。

 彼らは報道を疑う術を知らなかった。報道は即ち真実だった。
そんな中,「電波使い」の3人の顔写真が公開された。
・・・すでに犯罪者扱いになっていた。
 人々は真に恐怖した。
実在が完全にはっきりしたわけではなかった電波使いを,
もっともはっきりした形で知る事になったのである。


 そして,一連の記事の寄稿者,元宮健一が世に現れたのである。

 あの悪名高い電波を教えてくれた人間!
 憎むべき電波をこの世から排除してくれる人間!!
 
 世は彼を盲信した。彼こそが正義だった。
彼を中心にしてDDDが生まれたのは必然のことだった。

 元宮は言う。
――あの3人は,電波使いという時点ですでに人間ではない。
――人権などというくだらない物は適用されないのだ!

 警察力だの人権擁護だのといった正義は,すでにその義務を忘れていた。
元宮以上の正義など,現在有ろうはずが無かった。


 世は正義を求めていた。

 何か一つの絶対正義が存在する時,人間はいつでもその枠の中に閉じこもる。
枠を破る事,それだけが唯一の悪だ。
元々「法」だって似たようなものではないか。




 すでにDDDは小屋の近くまで迫ってきていた。
その事に気付いた祐介は2人にその事を告げ,自らも逃げ出す体勢を整えた。

 瑠璃子はそれにしたがった。だが,月島はそうではなかった。
彼はここに残り,毒電波で抵抗するつもりなのだ。


 瑠璃子は,その事に気付いたらしい。そして,
――だめだよ。・・・それだけを言った。

 戸惑う月島。瑠璃子は加えた。
――電波で人を悲しませちゃ,だめだよ。
・・・月島は,急に力を失ったようだった。

 それでも月島は残った。
理由は・・・瑠璃子のためだった。
自らを犠牲にしても瑠璃子は救う,という考えなのだ。

 たいてい,こういう意志は揺らがないものである。
月島も例外ではなかった。
 祐介は瑠璃子を連れ,月島を一人残して小屋を出た。
 瑠璃子は,何度も小屋を振り返った。
どうする事も出来ない事が分かっている瑠璃子の,
悲しみ・恐怖,そして優しさを全て一つにした透き通った瞳が,最後の月島の後ろ姿を見ていた。


 いつの間にか小屋にはDDDが迫っていた。
月島は,停止の意識の信号を,迫り来る人の群れに送った。
・・・時間稼ぎである。
 そのうち限界が来れば,自分はやられる。
 そうなれば,電波も意味を持たなくなる。
月島は,そんな自分の役割をはっきり理解していた。


 止まった人間を乗り越えてやってくる人間。それをまた乗り越える人間。
 それらの人間を,彼は全て停止させていた。
集中力も限界が有る。月島は,いったん電波を止めざるを得なかった。

 月島は,ふと後ろを向いた。
拳銃,ナイフ・・・あらゆる凶器を持った人間の群れはすでに彼を取り囲み,
そして一歩一歩,ゆっくりと近づいてきた。





 祐介たちは,先刻から感じていた月島の電波が止まった事に気付いた。
月島に何が起こったのか。それは確かめ合うべきものではなかった。

 祐介も瑠璃子も,すでにぼんやりと覚悟し始めていた。
 祐介は,ここは分かれるべきだと判断した。
もしかしたら瑠璃子だけでも助かるかもしれない,そんな考えだった。
 祐介は,瑠璃子に一人で逃げるように言った。
瑠璃子は,今度はためらった。
祐介は,・・・絶対に逃げて,とだけ言って,瑠璃子に背を向けた。
祐介が向かったのは,今,逃げて来た方向だった。
不安と虚無の重い空気が,今にも散ってしまいそうな瑠璃子にのしかかっていた。


 祐介はDDDの先陣にたどり着いた。
今から破壊電波を発すれば,おそらくこの危機は乗り越えられるだろう。
・・・しかし,瑠璃子がそれを望んでいない事ははっきりしているし,
祐介も,それが解決になるとは到底思えなかった。
祐介に出来る事は,月島のように時間稼ぎをする事だけだった。


 電波を放出しだした祐介に対し,人間の群れから一発の銃弾が発射された。
銃弾は祐介の右肩をかすめた。
銃声が森にこだまし,そして・・・消えた。
祐介はそれでも電波を放出し続けた。
 再び銃声が聞こえた。
弾丸はあさっての方向に行ったらしかった。

・・・しかし,その考えは間違っていた。
その先には,右胸を貫かれたひとりの少女が立っていた。
祐介は眼を疑った。それは瑠璃子だった。

 祐介が瑠璃子に駆け寄ろうとして油断したその時,
もう一発の銃弾が発射され,祐介の腹部を撃ちぬいた。
 祐介は,その場に倒れ込んだ。
そのまま倒れていたい様な気が,どこからとも無く湧いてきた。
しかし祐介は立ち上がった。かれは瑠璃子の元へ行く事だけを考えていた。
 祐介の霞んだ眼は,瑠璃子だけをとらえていた。
・・・どうしてきてしまったんだ。
・・・一人だけで逃げてと言ったのに・・・



 不意に,祐介は電波を感じた。
やさしくて,すきとおって,それでいて寂しげな・・・
明らかに瑠璃子の電波だった。そして,それは不思議な波長だった。


 電波は人間の情動にも影響する事が出来る。
瑠璃子が送っている電波は・・・愛そのもののだった。
 死に直面した瑠璃子の愛が,全てのDDD,そして特に祐介に向けられていた。
祐介はその愛にこたえ,自分の愛の波長を全力で信号化し,そして送った。
森一面が,死に直面した2人の愛に染まった。人間の群れは,その動きを止めていた。
その電波は,後方に待機していた元宮にまで届いた。


 元宮は,愛の中に身を漂わせていた。
ただこの空間にいるだけで,彼は酔っていた。
 そして,その力が最高を迎えた。
果てしなく悲しく,果てしなく優しい。
そんな心地が体全体に広がって行きそして・・・消えた。

人が人に送った最後の電波・・・「愛」という波長の電波が,止まった。


 元宮は,突然心に風穴を開けられたような気分だった。
そしてその穴を,何か黒い塊が埋めていった。
後悔,自責,恐怖,焦燥,そして絶望の意識の塊だった。
その時のDDD全体が,その意識で塗り替えられていた。
しかし,本宮は一人だけ違った反応を見せた。 

 後悔,自責,恐怖,焦燥,そして絶望の意識。 
それは元宮の中で一つに混ざり合い,そして一気駆け上がると,
頭の中で核爆発を起こした。
 電気の粒が集まってくるのが分かった。彼は電波を操っていた。
彼は自然に電波を放出していた。・・・それが失敗だった。

 元宮の電波に気付いた全てのDDDは,
自分達の行動への反動的怒りと,そしてあらゆる電波への恐怖から,
ある一つの行動に出ようとしていた。


 DDDは,いっせいに本宮に向かって歩き出していた。
元宮がその事に気付いた時にはもう遅かった。

 あらゆる凶器を持った黒雲のごとき人間の群れが,
新しく生まれた正義によって動かされ,一歩一歩,ゆっくりと近づいてきた。


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・・・殺しちゃまずかったかな?

え〜今回は総会屋からの連絡です。
総会IN夏コミにて,皆様にリレー小説を書いて頂いて,
それを配ろうという計画が出ています。
・・・なんとあの方まで?!

細かい連絡がKさんから有ると思います。
今回は,あるよ!という告知という事で・・・