過去の魂(2008/4)


2008/4/28(Mon)

 いやもうね。正直ミニカーを集めるのは辞めようと思っていた訳さ。それがね、気がつくと買ってる。漢コーヒー(最近、缶ではなく漢なんじゃないかと思い始めている)のおまけに付いているのを見つけては、やはり買ってしまう。我慢をしようとかどうせ集めたところで飾る場所もないんだから買う意味なんてないじゃないのなどというそういう自制心みたいなものは、ミニカーを見た途端にどこか遠くへ追いやられてしまうんだね。だから、買う。もうね、理屈じゃないんだね。買うとか買わないとか、そういうレヴェルの問題じゃなくなってる。なんつーかこう義務感みたいな。脊髄反射的な行為なんだねつまりは。まぁ、もちろんそういう物言いがすでに言い訳染みているんだけれども。駄目だとわかっていながら正当化しようとしている。駄目なら駄目なりに開き直るとか、そういう風に前向き(ミニカー集めるのに前向きもなにもねーだろーよ)な姿勢でもなく、後ろめたさみたいなもんを引きずっているんだね。でもなぁ、やっぱり買っちゃうんだよなー。いや、昨日もね、近所のローソンへ行ったら漢コーヒー(くどいようだがやはり漢だ)二本にひとつ、RUFのミニカーが付いてくるってんで早速イエローバードなんかをつまんでしまった訳でね(もう一つは言わずもがな、やはり少し前に漢コーヒーのオマケに付いてきたハマーH3)。



 ただね、RUFっつーのは今ひとつね。つまり、メルセデスに於けるAMG、BMWに於けるM、に近い位置付けかな、と。実際は全然そんなことはないんだけど。要するにCTRなんてぇのはSLRマクラーレンだとかM3なんかと似たり寄ったりというか、まぁ確かに高嶺の花であることに違いはない訳で、俺みたいな貧乏人がせめてミニカーくらい、なんて思ったりする心理のド真ん中を射抜いてしまうのだけれども、実はド真ん中よりは外角低めのストライクかボールかっつーギリギリの辺りがドキドキハラハラする訳で。そうだなぁ、ポルシェならばブッフマンとかゲンバラなんかがね、もう身悶えするくらい好き。それと、レース仕様の935、所謂『MobyDick』とか、『911 Carrera RSR turbo』ね。どちらもマルティニ・カラーの奴。そういえばRSRのパネルは小学五年生くらいのときに父親がどこぞで貰って来たのを、高校を卒業するくらいまで部屋に飾ってた。
 それとね、914とかも好きな訳ですよこれが。俺などはドンズバでスーパーカーブーム世代な訳だけれども、どうも渋目な小学生だったみたいで、ド真ん中の512BBよりは308GTBとかデイトナ(365GT4)に魅力を感じていたし、ミウラよりもウラッコ、911ターボより914。ただね、そういうちょっとハズしたところに萌えていることが知れると、それだけでもうイジメの対象なんですよ。当時はね。だからもうひた隠しに隠していた訳。デイトナが表紙のモーターファンを後生大事に保存していた小学生なんて当時はあまりいなかったんじゃなかったかな。よく知らないけど。

 結局何が言いたかったのかさっぱりわからなくなっているのだけれど、とにかく。気がついたら手元にCTR2があったという訳。



 明日はCTR3が手元にあるんだろーなー。

2008/4/17(Thu)

 「サッポロ一番 Cup Star」に「BIG」が登場と聞きつけ、早速買ってきた。
 「カップヌードル・ビッグ」の発売から十七年余。カップ麺界の最後のビッグ・ネームがようやく、重い腰を上げたのだ。
 などと大仰に書いてしまったが、なんのことはない。端的に言えば、小麦の恒常的な値上がりによって、それを主原料とするカップ麺の連鎖的な値上げの断行を余儀なくされた挙句の苦肉の策、といったところだろう。
 つまり、原材料の高騰によってレギュラーサイズの商品の値段を\10ばかり上げる必要に迫られたとして、でも、\40上げれば三割程度増量しても同じだけ利益を得られる、と計算したのではないか、と。そしてその背景には昨今のデカ盛りや大食いといった流行がある訳で。さらに、これが定番化するほど売れれば、原材料の仕入れを増やす=原材料費のコスト削減に繋がる、という算段をしたのではないのか、と。
 まぁ、そんな根拠に乏しい妄想はどうでもよくて。意外なことにカップ麺業界の中では割と後発であったこの商品にビッグサイズが登場した、というのはアンチ・カップヌードル派の喝采を以って迎えられるのではないか、と愚考する次第ではある。
 なにが「ではある」か。
 そんな些細なことはどうでも良いのだ。これがどのくらい「BIG」なのか、ということに心を砕いてみたいのだ(今回とことん言い回しが回りくどい、と自分でも呆れている)。



 ありがちな煙草のパッケージとの比較だが、どうもいまひとつインパクトに欠ける気がする。煙草のサイズが100mmなのがいけないのかも知れない。これでは「BIG」の表記が虚しいばかりだ。



 次にライターと比較してみた。確かに「デカ」い感じは伝わってくるのだが、明らかにライターのサイズが小さいのであろうことがバレバレな感じで、かえってインチキ臭い雰囲気を醸してしまっている。昭和四十年代に小学校の校門の前で子供騙しな玩具を売っていたペテン師のようで気分が悪い。すまぬ。



 ヲヲ。これはイイ。インパクトも大きい。ミニカーの大きさの認識が長さ方向に偏重しているために、高さ方向の落差が強調されていて、この比較はなかなか良いんじゃないか。
 まぁとにかくこれくらいビッグなヤツな訳ですな。



 オマケ。
 だからどうした、という謗りは甘受します。

2008/4/16(Wed)

 大盛り野郎!!に長男が誕生。めでたい。そして、息子の名前に大盛りにとってのヒーローから取ったであろう一文字が入っているというのも奴らしくて微笑ましい。
 いやいやなんにせよおめでとう。

 櫻も散り、日中は暖かながら、田舎ではそれでも朝晩は冷え込む。それでも夕方になると、代掻きが終わって水の引き込まれ始めた田んぼのあちこちから蛙の鳴く声が喧しく聞こえてくる。思いもかけず、カーステレオから『親父の一番長い日』が流れてきて、なんだか泣けてくる。そういえばこの曲は俺が息子の年くらいのときの歌だったなぁ、と思い至る。つまり、一回りしちゃったんだと。

2008/4/6(Sun)

 ウィンダムの純正オーディオが壊れた、と母親に聞いたのが去年の暮れだったか。ナビとテレビ、CDチェンジャー、カセットテープ、ラジオを情報ソースとする、割と盛り沢山な機能が搭載されたものだったのだが、壊れてしまえば単なる飾りである。
 飾りである、などとさもそれはそれで存在意義があるかのように書いてしまったが、実は、CDとカセットの挿入口を表出させるために手前にスライドするパネルがスライドし切った状態が常態というわけのわからない壊れ方をしたものだから始末に終えない。その状態で反応するスイッチは、スライドしたパネルを元に戻す機能だけなのだが、パネルが完全に戻りきる少し手前で再び手前側にスライドしてきてしまう。何度やっても、スライドしている途中でキーをオフにしてみても、用途不明な液晶パネルを底部とする棚が現れるのみで、症状はネガティブな方向で安定してしまう。どうせ地元しか走らないのでナビ機能は必要ないけど、せめてラジオくらいは聞けるようにしたいと母親が言うので処置を検討。

 まず最初に、原因が単純なものであれば機能を復活させることができるのじゃないかなどと思って先週、デッキを外してみたのだが、原因は特定できず。カヴァーを外してスライド部分に障害がないか確認してみると、パネルをスライドさせる軸を回すモータがやはり途中で逆回転してしまっていて、どうもセンサ部分の故障であるように思われた。
 機械的なトラブルであればなんとかなると甘く考えていたのだが、どうにもならない。と諦めて、パネルが元の位置に戻った時点で電源コネクタを引き抜き、元に戻した。



 とりあえず手元にはビーエムから外した1DINサイズのヘッドユニットがあるのでこれを取り付けることにして、空いたスペースを汎用ボックスで埋めようと考え、カー用品店へ出向くもこんなものが九百円もする。昔は六百円だったのになぁ。まぁ、二十年以上も昔の話だが。
 こんな時はリサイクルショップである。本当の事を言うと、リサイクルショップに向かう途中のカー用品店で値段を確認してみただけだったのだが。
 さて、あっけないほどあっさりとリサイクルショップで百円で入手し、今度は配線キットを探すもこれがなかなか見つからない。通常のトヨタ車の配線(10ピン/6ピン)キットであれば腐るほど出てくるのだが、ウィンダムについていた純正デッキがスーパーライブサウンドシステムと同様にアンプ別体となっているため、15ピン仕様のカプラとなっていて、これがどうしても見つからない。
 というか、以前に少しばかりスーパーライブサウンドシステムについて調査をしたことがあって、15ピン仕様の配線キットはそれ専用のアダプタ付きの高価なものしか存在しないことはわかっていた。なのであまり期待もせず、見つかればラッキーぐらいに考えていた。ただ、この時点で気付かなければいけない重大な事実に気付いていなかったのだが…。

 純正デッキを取り外す。が、エアコンの操作ユニットと同じステーで固定されているため、これがデカくて重い。足の上に落とせば指の一本や二本は確実に持っていかれるだろう。いや、それは大げさか。



 ネットで入手した配線図をもとに、純正の15ピンカプラに来ている配線をニッパでブチブチと切り、ギボシ端子を取り付けていく。開口部が大きめなので、この辺の作業は割とスムース。十分ほどで作業は完了。とりあえず電源を入れてみる。
 察しの良い方はすでにこの後の展開が容易に想像できているものと思われるが、その通りである。電源は入るものの、音は出ない。配線の接続に間違いがないことは確認した。ただ、心当たりはあった。純正デッキのアンプが別体になっているのだから、スピーカ出力はそのアンプに入力されている筈である。つまり、スピーカ出力だけを繋いだところでアンプに電源が入らなければ音が鳴らないのは自明の理である。という訳で、ヘッドユニットから出ているアンプコントロール電源を接続、再起動。
 すると、「ボッ」というスイッチング・ノイズと共に音が出た。だが、ボリューム・レベルを「1」にしてもかなり大きな音のままで、「3」になどしようものなら歪んでしまって聞くに堪えない。ここで漸く前述した失敗に気付くのだが、要するにヘッドユニットのメインアンプから出た出力が外部アンプの入力に入り、さらにそこから出力されている訳で、これはもう当然の帰結である。
 スーパーライブサウンドシステム用の配線キットでは、リプレイス・オーディオのメインアンプからの出力レベルを下げるために抵抗を噛ませている(と想像している)ため、この問題は発生しない(厳密に言うと全く発生しない訳ではないが)。また、メインアンプが二丁掛けになるためノイズは乗りやすくなるものと思われるが、これはハイカット・フィルターなどで対応しているのかも知れず、市場がそれほど大きくないのと相まって、ある程度の高価格となるのは仕方がないだろうとは思う(とはいえ、これと似たものを自作すれば筐体を含めて千円以下で作成できるとは思うが)。
 などと根拠の薄い薀蓄を語ったところで問題は解決しないので、作業を進める。
 「たまたま」このヘッドユニットにはプリ出力用の端子が装備されていて、つまりはここからスピーカ出力を取ってやれば問題は解決である。しかも、プリアンプ→メインアンプというごくごくアタリマエの接続形態な訳で、ノイズ問題も発生し難いハズ。
 という訳で、手元にあったビデオの接続コード(RCAピンコード)をぶった切り、皮膜を剥いてギボシ端子をつけ、メインアンプからの出力と代替に接続してみる。



 やはり「ボッ」というスイッチング・ノイズはするものの、今度は適正な音量で音が出た。各機能の動作にも問題はない。全てを元通りにし、時計を合わせて終了。
 ただ、純正デッキの前面パネルが2DINよりも大きめなため、外縁部に隙間ができるのはご愛嬌。気になるのはスイッチング・ノイズ。純正デッキでは気にならなかったので、アンプコントロールへの電源供給時に一時的にプリアンプの出力をカットする機能が搭載されていたのじゃないかと疑ってみたりするが、これはいかんともし難く。

 まぁまぁ、数百円でデッキを代替できてかつ、休日を愉しめたのでヨシとする。

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