ボクは殺してもいいのか?
─『寄生獣』のラストを巡って ─

『学校的日常を生き抜け』で、どうしても納得いかない点があったので少し書きます。

問題の個所は IV 章の対談で『寄生獣』岩明均(講談社 アフタヌーンKC)のラストで、放っておくと人類を滅ぼしかねない最強の寄生獣を主人公が倒すシーンについて述べた宮台の以下のような発言。

主人公が最後に手を下さなかったら、いったん死にかけてた彼は復活して人類を食らい尽くして滅ぼすだろうというときに、最初は放っとこうとするんです。彼が再生して人類を食らい尽くそうと俺の知ったこっちゃない、好きにすりゃいいんだ、と思ったんだけども、さしたる理由もなく戻って、さしたる理由もなく「やっぱり殺しておいたほうがいいか」と言って殺しちゃうんです。それ故に人類は救われるんですけれど、その偶然性に著者が解決できなかった問題が示されていると思う。[1]

これはひどすぎると思うんです。シンイチ(主人公)の選択を「さしたる理由もなく」としていますが、明らかに理由はあります。「偶然性」どころではありません。

元々シンイチが戦いを挑んだのは、自分のせいで周りの人たちが死んでいくのが辛かったからです。この最後の戦いの前に、寄生獣と人類の中間に立つ彼は、寄生獣撲滅作戦を手助けするのを拒みましたが、その結果(とは言い切れない状況なのですが、シンイチはそのように受けとめました)後藤(最後の寄生獣)が生き残り、多数の死者を出すことになったのです。

いわば社会に対して責任をとろうとしたシンイチは、しかし、瀕死の後藤の前で決心が鈍ります。同じ地球上に生きる人類の命と寄生獣の命の価値をどうして自分が決められるだろう? シンイチの心情は、より過激に言うならばあの広川市長の「人間どもこそ地球を蝕む寄生獣」というセリフになります[2]

「社会のために」寄生獣を倒そうとしたシンイチは、一転して「地球のために」寄生獣を生かそうとします。正確にはそこまで確信犯ではなく、どちらが生き残るかは天運に委ねる、という選択をします。

しかし「地球のために」という点についてミギー(シンイチに寄生した寄生獣)はそれとなく異議をとなえ、シンイチはそこで思い直します。そして「社会のため」でも「地球のため」でもなく「自分のために」最後の寄生獣を殺したのです。自分と自分の大切な人たちの命を(というよりはそれらの人たちとの関係を)守るために。

言ってしまえばエゴイズムなのですが、「社会のため」「地球のため」というのも、元はといえばシンイチのナルシズムなのです。命一般の価値なんて誰にも決められないけど、自分の幸せのために守らなくてはいけない命は確かにある。

シンイチの後藤との対決には確かに決着をつけたのです。

しかし、問題は残ります。自分の幸せのために誰かを殺すのだとすれば、シンイチは殺人鬼・浦上 ─ 彼もまた自分の楽しみのために人を殺す ─ と何が違うのか? ラストの中のラストと言える浦上との対決するシーンではそのあたりの決着がついていない気がします。

ここで村野(シンイチの恋人)が「どんな命も大切に思うのが人間なんだ」と言い、ミギーは「(命を大切に思えるのは)心がヒマだから」とも言います。しかし、村野の言葉に根拠はないし、ミギーの言葉は「心がヒマだとしても、そのヒマを命を慈しむことに費やすこともあれば、 (浦上のように)命を奪うことに費やすこともあるはず」と反論できます。

敢えてシンイチと浦上の差を挙げるならば、シンイチは関係(それも社会の中で承認された関係)を守るために殺しますが、浦上は自分と関係ない(利害の衝突も怨恨もない)人たちをただ殺したいから殺します。つまり関係の網の目の中にいるか外にいるかの違いです。[3]

『寄生獣』を引き合いに出すならば、ここに至ってはじめて、上の引用部に続く宮台の議論が生きてくると思うのです。すなわち、「人を殺してはいけない」に根拠はない、 と[4]


[1] p.231 より宮台の発言を引用。
[2] 余談ながら作中の寄生獣は単に「人類を滅ぼす怪物」ではなく、食物連鎖の頂点に立ち人類を含めた地球上の全ての生命に秩序をもたらしうる微妙な存在として描かれています。この点は引用部に続く発言で宮台も触れています。
[3] 宮台の言うような『寄生獣』に対する脱社会的共感というのは、この浦上に対するものでしょうか。人食いの怪物であるはずの寄生獣たちはむしろ利害の一致する部分で同盟を結んだり、人類との共生(但し 寄生獣:人類 = 人類:豚 という意味での共生だが)を考えていたりして、むしろ「社会的」な面も見せています。
[4] 殺人についての宮台の論考は『小説トリッパー』 1998年夏季号が論点が整理されていて、分かりやすい内容になっています。

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なんばりょうすけ
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