「美浜の会ニュース」No.49(1999.4.29)より


せっぱ詰まって無謀な原発の60年寿命説
―思いがけない危険がひそむ老朽炉―

 原発の寿命は30年のはずだったのに、その倍の60年まで動かしても大丈夫だと、通産省、原子力安全委員会、電力会社が突然声をそろえて叫びだした。1996年4月に通産省が寿命60年説を唱える報告を出し、それを安全委員会が昨年11月に承認した。さらに、美浜1号、福島I-1号、敦賀1号なる老朽御三炉を60年動かしても問題はないとの報告が、今年2月に通産省と各電力会社から安全委員会に提出された。しかし、安全性の具体的な根拠は何も示されず″安全″だけが踊っている。
 これに対し福井県当局は、「30年が運転期間というイメージをもたれていたのは事実」、「2000年過ぎには廃炉も検討を開始し、運転方針を明確に示さなければならない」(福井新聞99.2.9)、「運転を継続する場合、敦賀1号は今年8月、美浜1号は12月の定検までに運転計画を地元に提出すること」(目経3.4)との反応を示している。今年8月、12月段階を経て問題が焦点化するだろう。
 原発の寿命30年は、70年代の教科書にも書かれている。圧力容器の脆性をチェックするための試験片の数からしても、せいぜい40年程しか予定されていなかったのは確かである。今回の寿命延長は、全般的に老朽化が進んでいるのに、新規立地・増設が困難であるという、原発のせっぱ詰まった世紀末的様相を背景にして出されてきた。
 同時にこれは、1980年代の「軽水炉高度化計画」という、老朽炉にもむち打って効率を上げる方向の延長線上にあり、すでに事実として実行されている。例えば関電の場合、古い原発の蒸気発生器をすべて取り替えたが、これは明らかに事実上の延命策となっている。1基あたり数百億円もの金を注ぎ込んだ以上、それを取り戻すまでこき使うのは至上命令となる。BWRのシュラウド交換でも同じ論理が働く。
 蒸気発生器やシュラウドのような大規模で重要な機器の老劣化は、全体的な老劣化の典型的な表れとみなすべきである。現に、例えば蒸気発生器伝熱管と同じ材料の制御棒案内管でも腐食割れが進んでいるため、これも圧力容器の蓋ごと取り替えている。多くの配管類を取り替える必要性のあることも、その兆候がすでに頻繁に現れている。
 今回の寿命60年説はこのような方向を合理化するものであるが、かなりの修繕を前提にしているようでもある。そのため修繕費の軽減=安全規制の緩和という方向が必然となるに違いない。いずれにせよ、老朽炉に多額の修繕費を次々と注げば注ぐほど、延命地獄に引き込まれ、悲劇的な破綻を迎えることほ避けられない。
 このような無謀な計画はとんでもないことと、問答無用で頭から排除すべきである。予定どおり3O年で廃炉にすべきである。老朽炉も当初の予想よりずっと元気に働いているではないかとの楽観論が振りまかれているが、ここにとんでもない落とし穴が待ち受けている。次にこのことを、電気ケーブルを例にとって具体的に指摘しよう。
 部品を次々と取り替えてすむのであれば、寿命などという概念は不要になる。直接問題になるのは、取り替えがきわめて困難か不可能な機器類であろう。目本原子力研究所は、そのような機器として圧力容器、電気ケーブル、及びコンクリート構造物を挙げている(原子力工業、38巻、No2、1992)。
 格納容器内には電気ケーブルが縦横に走り、プラントの状態を把握して指令を出す制御信号の伝達を、あるいは機器を動かす動力エネルギーの運搬を担っている。これら電気ケーブルの絶縁体は熱と放射線のため次第に劣化していく。もし事故時に、電気ケーブルが破損したり絶縁抵抗が下がってショートしたりすると、プラントの状態が把握できず、各種の弁を動かすこともできなくなって、恐ろしい事態を迎えることになる。
 実際、アメリカの原子力規制委員会(NRC)との契約でサンディア国立研究所が行った試験によれば、60年相当に劣化した材料では、L0CA模擬環境下で、12種類中の7種類で絶縁低下が起こった(Infomation Notice 93-33,1993.4)。また接合部でも非常に高い確率で絶縁低下が起こっている(Infomation Notice 98-21,1998.6)。電気ケーブルは一般に高い信頼性があると思われており、また通常運転中には適切な試験ができないため劣化が把握できないのであるが、L0CA時のような厳しい環境下では突然老劣化が顕在化するのである。このことがNRCの文書で指摘されている(NUREG/CR-5461)。
 ところがこれに反して、通産省報告書(96.4.22)では次のように書かれている。「熱・放射線による絶縁劣化に関しては、(社)電気学会により長期使用に関する健全性試験方法が推奨されており、原子炉格納容器内安全系ケーブルは、これに適合するものを使用している。(中略)。その結果、60年間の通常運転後に設計想定事故が発生した場合でも絶縁機能を維持できると評価する」(下線は筆者)。関電の美浜1号評価報告(99.2)等の中でも、「長期間の運転を想定した電気学会推奨案に基づく試験を実施し、判定基準を満足していることを確認している」とある。
 それほどありがたい電気学会推奨試験とはどういうものかと通産省に問い合わせてみると、昭和57年(1982)11月に発行された電気学会技術報告(U部)第139号だとのこと。1982年といえば、美浜1号などが運転開始してから12年経過しているのに、「これに適合するものを使用している」とは奇妙である。
 それはともかく、NRC試験と比較すると試験材料の作り方が次の2点で違っている。
(1)老劣化の模擬材料をつくる際、目本ではまず熱で劣化させ、その後に放射線を当ててているが、NRCは熱と放射線を同時に当てて劣化させている。
(2)目本では熱は121℃で7日間、放射線量率は50万rad/hで劣化させているが、NRCでは100℃で線量率1万rad/hと低い条件で、しかしより長期間かけて劣化させている。とくに接合部の場合は60年相当の劣化状態をつくるのに6ケ月もかけている。
 このように、日本より後で行われたNRCの方がより現実に近い条件で丁寧に劣化状態をつくりだしたのは明らかである。NRCの試験結果をより重視すべきである。
 NRCの重大な試験結果が出ているのに、それを無視して安全性が確認されたなどとは、老劣化の危険性にわざと目をつぶる姿勢である。一事が万事。こうまでして老朽炉にむち打つのは何のためか、その動機がまず鋭く問われるべきであろう。