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PARK I LOVE 1
ベランダの落ち葉から
人は大地から生まれその土の感触と重力の中で育ってきました。
だから今も自分の重さを知っているので、鳥に羨望のまなざしを向けてしまいます。
大空に舞う鳶、頭をかすめて飛び去るツバメ、ひらひらと水面を舞い、エイヤット飛び込んで魚をくわえるアジサシ、、、
きっときっとマンモスをおっかけているころから、あるいはもっと前のお猿さんのころから鳥をそんな目で見ていたに違いないと思います。
ひとときの鳥になる楽しみを遊園地の回転ぶらんこなどで得ることもできますが、うっかりするとふくらはぎの筋肉が、見つからない大地をさがしてひきつってしまいます。
でもマンションではまるで鳥になったかのように空中に浮かんで暮らすことができます。
展望は鳥になったようですし、そのベランダは明るくやさしい光の噴泉です。
が、足りないものがあるような、、。
鳥なら好きなときに、ひょいと地面に降り立って、地面を踏みしめることができます。
人では足がにゅっと地面まで伸びるか、どすんと地面まで飛び降りるか?です。
もちろんどちらもうまくいきません。
でもベランダに吹き飛ばされて落ちてきた落ち葉にとっては大地とベランダも変わりません。
ベランダに飛ばされてきた木の葉を見つけると、周りを見渡して、樹木を見つけて文句を言ったりし
PARK I LOVE 1
ベランダの落ち葉から
人は大地から生まれその土の感触と重力の中で育ってきました。
だから今も自分の重さを知っているので、鳥に羨望のまなざしを向けてしまいます。
大空に舞う鳶、頭をかすめて飛び去るツバメ、ひらひらと水面を舞い、エイヤット飛び込んで魚をくわえるアジサシ、、、
きっときっとマンモスをおっかけているころから、あるいはもっと前のお猿さんのころから鳥をそんな目で見ていたに違いないと思います。
ひとときの鳥になる楽しみを遊園地の回転ぶらんこなどで得ることもできますが、うっかりするとふくらはぎの筋肉が、見つからない大地をさがしてひきつってしまいます。
でもマンションではまるで鳥になったかのように空中に浮かんで暮らすことができます。
展望は鳥になったようですし、そのベランダは明るくやさしい光の噴泉です。
が、足りないものがあるような、、。
鳥なら好きなときに、ひょいと地面に降り立って、地面を踏みしめることができます。
人では足がにゅっと地面まで伸びるか、どすんと地面まで飛び降りるか?です。
もちろんどちらもうまくいきません。
でもベランダに吹き飛ばされて落ちてきた落ち葉にとっては大地とベランダも変わりません。
ベランダに飛ばされてきた木の葉を見つけると、周りを見渡して、樹木を見つけて文句を言ったりしますが、なぜかほっとしてしまいます。
そう、ここだって大地の一部です。
樹が大地から空中へ生え伸びて落ち葉を周囲へ飛ばすのは困ったことかもしれませんが
ほっとする気持ちを運ぶいたずらっこのしわざと考えましょう。
そんなふうに、大地を意識するのは樹と触れあったときが一番多いようです。
そして樹はしっかりと大地に根を張った、お家のそばの公園の樹です。
街路樹や、塀のなかの人のお家の木ではなく、公園の樹が一番です。
そんな公園ですから、家と違って、人は他の人のことも考えたりする気になれます。
どんな人もみんな共通で持っている記憶が体の中の自然をよびさまし、大地を共有しあいます。
だから、町で住んでいる人が寂しくなったり、周囲に疎外感を感じ、防御的になって孤独になったりしたとき支えてくれるのは公園から見える夕日ですし、思い直して人の気持ちを思いやる勇気とゆとりをよびさましてくれるのは大地の感触を確かめられる公園の土です。
公園は人が集まって住むためのこれからの都会のオアシスです。
いろんな、"いいこと"と"いやなこと"のごった煮の中から命をすくいあげるスプーンです。
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風致計画室 岡本正司