PLAYBOY日本語版 1980年5月号より
第一回アムステルダム・マリファナ解禁国際会議報告
丸井英弘


だれがトリップしてはいけないなんて決めたんでしょうね

アルコールやタバコ、コーヒーよりも、もっと無害なマリファナをなぜ取締るのか?
 いま世界中で湧きあがる大麻解禁運動の波がアムステルダムに集まり大きな渦となって爆発した。世界初のマリファナ大会に日本代表として参加した法律家が、各国の代表者(医者、弁護士、学者、詩人、音楽家、ジャーナリスト)と接して得た貴重な体験をリポートする


<マリファナ裁判との出会いが私をアムスに向かわせた>

 ポール・マッカートニー逮捕事件の余韻もまだおさまらぬ2月初旬、私はアムステルダムへ飛んだ。 2月8日から行われる?大麻の合法化をめざす第1回世界会議に、日本代表として出席するためである。
 大麻が、煙草やアルコールなどに較べてはるかに無害なものである、ということは国際的にも周知の事実となってきた。しかし、大麻の一種として取扱い、厳しく規制する法律が世界各国で施行されていることもまた事実だ。
 多くの国々で大勢の人々が、こういった法律をなくし、大麻に市民権を与えるために活動している。これらの組織を国際化し、国連などの機関に働きかけよう、という目的で、1978年に大麻解禁のための国際会議(The International Cannabis Alliance for Reform 通称ICAR)が結成された。
 今回の大会は、このICARが主催するもので、構成団体として加入しているアメリカ、カナダ、ニュージーランド、イギリス、イタリアをはじめ、全世界から10数ヵ国が参加して開かれた、初の世界大会なのである。
 ところで、大会の内容をレポートする前に、なぜ私が日本代表として出席するにいたったか、その経緯を簡単に説明しておきたい。
 1974年に弁護士を開業して以来、私は少数者の人権を守ることを信条に、労働、公安、住民運動、公害問題などの事件を主として活動してきた。その私が初めて大麻とかかわりを持ったのは75年9月、大麻取締法違反で逮捕されたアメリカ青年の弁護を受け持ってからである。
 その後、幾つかのマリファナ事件を扱い、世界各国における大麻に関する研究などの情報も入手し、私は日本の大麻取締法が現実に即応していない<悪法>だと信ずるにいたった。
 そんな折に起きたのが、京都在住の芸術家、芥川耿氏のマリファナ裁判(77年)である。
 自宅で大麻を栽培、吸飲していた氏が、「大麻取締法は憲法違反である」と逆に当局に噛みついて裁判闘争を行っている経過は、PLAYBOY誌も再三にわたり報道しているが、私は毎日新聞編集委員・関元氏を通じて芥川氏と知りあい、2回目の公判から、この事件の弁護人に加わることになった。
 この法廷闘争を支援するために『クリアーライト』という団体が組織され、『毎麻新聞』を発行するなど活発な解禁運動を行っているが、ICAR事務局は、この『クリアーライト』に対して世界大会への招待状を送ってきたのだ。だから、本来は芥川氏らねツアーを組んで来るはずだったのだが、このような大会にツアーを組んで参加するなどもってのほか、さ外務省が旅券発給を拒否、旅行業者などにも圧力をかけ、『大麻解禁ツアー』は中止になってしまった。
 結局、世界19ヵ国、300人以上が参集した大会に、日本から正式参加できたのが私とカメラマンのふたりきりだった。ということは、やはり日本の『後進性』を証明したことになるだろう。
 ともあれ、こういった日本の実情を訴えるためにアルステルダムへ赴いた私は、さっそく大会会場となる『コスモス』という名の建物に向かった。
 『コスモス』=『宇宙』という名称がつけられた古びた石造りの建物は、市の中心街にある。本来はヨガや禅などの瞑想センターとして使われているが、この大会のために3日間、ICARが借り切ったのだ。
 地下1階、地上3階の建物内部は天井が高く、分厚いじゅうたんが敷きつめられ、瞑想の場にふさわしい重厚で落ちついた雰囲気をかもし出していた。
 1階は談話室、工作室、展示スペースなどがあり、大会の記者会見などはここで行われた。2階には、ヨガや禅などが行われる大集会場があり、総会に用いられた。3階は小さな集会場があり、医学、法律問題などの分科会に使われた。地下には自然食中心の食道(日本のミソ、ハシなども使われていた)やコーヒー・ショップ、売店、さらに男女混浴のサウナ室まで備えつけられている。
 ちなみに、この『コスモス』はアムステルダム市内にあるマリファナのフリー・スペース3ヶ所のうちの1ヵ所である。
 オランダは大麻先進国の中でも最も規制の緩い国であり、29グラム以下のマリファナを所持していても罰せられない。しかし、まったく野放しというわけではなく、『コスモス』のような?マリファナ解放区を当局が黙認した形になっているのだ。
 だから、当然ながら建物の中にはマリファナの煙がただよって、大会の議事進行も、思い思いにマリファナを吸いながらやる、といた具合だ。その雰囲気はゆったりと落ち着き、きわめて友好的な連帯感をかもしだしていた。こうような大会を行うには、まさにぴったりの場所と言ってよいだろう。
 私は特定のフリー・スペースを設定して、そこをマリファナ愛好者たちに使用させる、というアムステルダム方式を知り、日本でも全面的解禁はすぐにできないとしても、若者たちが集まる場所でとりあえず使用を認めてみたらどうだろうかと思う。

<ポール・マッカートニー事件でジャーナリストから質問攻め>

 大会は2月8日正午より、2階集会場で始められた。
 基調報告を行ったICAR事務局の発表によると、参加したのは、アメリカ、イギリス、カナダ、イタリア、西ドイツ、ベルギー、オランダ、アイスランド、デンマーク、ニュージーランド、オーストラリア、フランス、スイス、スウェーデン、スペイン、ポーランド、ジャマイカ、コロンビア、それに日本の19ヵ国だ。総数では300名をこえる。
 もちろん、1ヵ国から幾つもの団体が参加している国もある。アメリカなどは、大会事務を担当したNORML(大麻解禁全国組織)の他に、大麻使用を認めさせる直接行動団体CAMPやアメリカン・ハーヴェスト・コミッティー、アメリカン・カンナビス・ソサエティなどからも代表がやってきていた。出席者の職業もさまざまで、医者、弁護士、学者、ジャーナリスト、音楽家から詩人までいるという多彩さ。女性も多く、ほぼ4割を占めていた。
 私は2日目の国際弁護セミナー、3日目の総会で発言することになっていたので、1日目はわりとフリーな時間が多く、大会と併行して行われる各種分科会や、あちこちのスペースで行われている雑談的な集まりに顔を出して、積極的に各国の実情を知ろうと務めた。
 私と同様、他の人々も自由に各会場に出入りしたり、各国の出版物や資料を展示即売しているスペースをのぞいたり、食堂やコーヒーショップなどでダべっている。国際会議につきものの、あらたまった堅苦しい雰囲気などどこにもない。集まっている人間が、みんな大麻解禁という共通の目的があり、マリファナを愛している人々だから、ふたことみこと言葉を交わしただけで、もう10年来の友人のように親しくなってしまう。「マリファナとはまさに人と人とをジョイント(結合)させるものなんだなあ」と、つくづく感心したものだった。
 私はアジア地域でただひとつの参加国、日本から来ているということと、例のポール・マッカートニー事件が世界を騒がせた直後だったことから、各国の参加者、特にジャーナリストたちからインタビューを求められた。
「日本の当局は、なぜポールを起訴しなかったのだろう?」
 と聞いてきたのは、イギリスの音楽雑誌『ニュー・ミュージカル・エクスプレス』の20代の男性記者だ。
「通常の場合、持ち込んだマリファナの量からして起訴されて当然の事件だ。しかし、日本の当局もマリファナ有害論について自信を持っていない。起訴して問題を大きくするより、見せしめの効果を残して不起訴にしたのだろう」
 と私は答えた。同様の質問がイギリスの新聞『ガーディアン』紙の記者、フランスの『ル・マタン』紙記者などから浴びせられた。
「要するに、日本は工業的に先進国かもしれないけど、文化の面ではまだまだ後進性が残っているということだね」
 と言うと、イギリスのジャーナリストたちは
「日本の政府も判らず屋だけど、われわれの政府もひどいもんさ」
 と、自国の実情を教えてくれた。
 それによると、イギリスでは1年間に1万人以上もの人が大麻所持の罪で逮捕されているという。(日本の逮捕者は年に千人程度)イギリス全体で約5パーセント、約200万〜300万人が週1回程度吸っている、といわれ、逮捕者も非常に多い。だからいまや、大麻で逮捕されるなんて日常茶飯事のことになってしまったらしい。
 もちろん「これは国家の暴力だ」という声がわか者たちの間からわき起こり、1978年に発足したLCC(大麻合法化運動「リーガライズ・カンナビス・キャンペーン」)は、当初数十人の会員しかいなかったのに、いまは数千人の組織にふくれあがっている。
 フランスの『ル・マタン』紙記者、ジャン・イブ・ウーシェ氏もこうボヤいていた。
「わが国は19世紀には大麻クラブなどがあって、ランボーなどもけっこう吸っていたのに、いまは法律が厳しくて、アンダーグラウンドでしかやれない。解禁運動の組織化さえ進まない状態なんだ」
 中には、日本について間違った情報を信じている人もいる。国際的交流の場で正確な事実を知らせあうことが大切だということを、痛切に思った。たとえばスウェーデンのフリー・ジャーナリスト、クラス・ハイベル氏の質問。
「日本では覚醒剤に関する社会問題がなくなった、とスウェーデンではいわれているが、本当かい?」
「とんでもない。日本では覚醒剤の方が重大な社会問題になってきている。逮捕者も大麻の10倍は多い」
 と、厚生省資料を見せてやったら納得した顔をして写真に撮っていった。
「そうだろうなあ。北欧でも最近は覚醒剤が問題になってきている。そのとばっちりを受けて大麻の取締まりも厳しくなってきたので弱っているよ。今までは個人的に吸うぶんはなんでもなかったのだが……」
 ベルギーでは、大麻を使用していると、他の覚醒剤などのドラッグを使用しているとみなされ、かなり重い判決を受けるという。実際、20グラムを所持していた男が、初犯で実刑判決を受けたという例がある。
 本来、大麻は覚醒剤のようなドラッグとは対照的なものだ。それなのに覚醒剤と一緒にされるなどというのは、当局がいかに無知であり偏見にみちているか、ということだろう。
 いみじくも、あるスイス人のアルチューロ・ネイル氏は私にこう語ってくれた。
「スイスでは、300年前はコーヒーを飲むと逮捕されていました。昔のコーヒーが今のマリファナですよ」
 アメリカではすでに解禁後の利益還元措置が討議されている
 かつて芥川耿氏は、自らが裁かれる法廷でこう述べたものだ。
「そもそも大麻と麻薬というものが、世間一般ではゴッチャにされている傾向がありますが、大麻の麻『ま』と麻薬の麻『ま』が、たまたま同じ字なので、ほな、まあまあこのへんでいこか、ということでは困ります。(傍聴席爆笑)大麻の麻は純然たるアサで、麻薬のマは麻酔とか麻痺のマです。そこをはっきりさしてほしいおすな」
 そうなのだ。大麻にとって最大の悲劇は、それが麻薬の一種なのだと誤解されたところにある。麻薬とは人間にとって有害なものである。したがって、必然的に大麻も有害なものである、という神話が生じた。
 その具体的な根拠とは、

  1. 身体的依存性(中毒性)がある。
  2. 精神的依存性がある。耐性上昇がある。
  3. (使用量がふえる)。
  4. より有害な薬物への踏み石になる。
  5. 精神異常をきたす。兇暴になる。
  6. 奇形児が生まれる。
  7. 慢性の使用者はやる気をなくす……

 などである。

 その結果、1961年に作られた国際条約「麻薬に関する単一条約」(SVND)では、大麻はあへんやヘロインと同等に扱われてしまった(ICARが創設された目的のひとつは、単一条約から大麻を除外させようということである)。おかげで、いまだに世界各国で大麻は目の敵にされているのだ。
 近年、多くの研究機関による大麻の研究は、次々にこれらの「有害神話」を打ち砕いていった。
 今回の世界大会でも、ジャマイカの精神科医師フレッド・ヒックリン博士が、「ジャマイカでは何百年も前から住民がマリファナを吸っているが、顕著な害は認められない」と報告したし、薬物学者で『マリファナの医学的研究』という著書を書いたトッド・H・ミクリア博士(日系2世)が、過去から現在にいたるマリファナの医学的研究成果をまとめ、「大麻にはアルコールやニコチンのような身体的依存性がなく、公共の安全や健康をおびやかすような有害性もない。これはすでに科学的な常識なのだ」と断言している。
 また、私たちが闘っている芥川氏の裁判でも、昨年、マリファナ研究の第一人者として知られるアンドルー・T・ワイル氏(ハーバード大学研究員、アリゾナ大学助教授)が弁護側の証人として出廷、「マリファナが無害であるということは、アメリカ政府の研究でも判明している。法律的に許されているアルコール、コーヒー、煙草などよりも、マリファナの方がずっと安全なのです」と証言してくれて、検察側の有害説を粉砕してしまった。
 こういう医学的成果をふまえ、いち早くマリファナの解禁、非犯罪化に踏みきったのはアメリカであろう。カーター大統領は1977年の連邦議会に対する大統領教書の中で大麻規制についての非犯罪化を提唱し、「薬物の所持、使用に対する処罰は、その薬物が使用する個人に与えるより大きな害を与えてはならない」と、大麻規制のゆき過ぎを改める姿勢を打ち出した。
 現在、アメリカではカリフォルニア、オレゴン、アラスカ、メイン、コロラド、オハイオ、ミネソタ、ミシシッピ、ニューヨーク、ノースカロライナ、ネブラスカの各州が非犯罪化を推進し、少量の大麻所持については交通反則金程度の過料ですませ、刑事罰を問わないことにしている。
 特にアラスカでは、75年に州の最高裁が、「成人は自宅で大麻を所持したり使用したりする権利を憲法で保障されている」と判断したため、ここでは栽培することも許されている。また、ワシントン、イリノイ、ミシガンの最高裁も、「大麻を他の危険な麻薬と同等なものとみなして罪を与えるのは憲法違反である」という判決をくだしている。
 70年代の10年間に、なんと300万人もの逮捕者を出したマリファナ問題も、いまや上流階級、支配階級の子弟が常用し、取締まる側にさえ浸透している状態では、ほとんど規制できないという状態なのだ。だから、大会に出席したアメリカ代表の関心は、もっぱらマリファナ解禁後の事態に向けられていた。
「アメリカの煙草会社は、すでにメキシコに土地を買い、解禁後の市場独占を考えている。大麻解禁によって上がる利益は、供給国である第三世界のために使われるべきではないか」
 というのだ。

<「所持、使用は5年以下、栽培は7年以下の懲役」の非現実性>

 アメリカと並んで解禁が進んでいる国といえばイタリアだ。イタリアから参加してきたのはイタリアの急進党「ラディカル・パーティ」という、国民に3.5%の支持を得ている、日本でいえば平連のような政治団体の代表であった。
 彼らのスローガンは簡単にして明瞭。ただ一語「自由」というのだ。このスローガンのもと、兵役を拒否し、核開発に反対し、環境保護を叫び、離婚法制定をめざしているのだが、党首のジャン・ファーブル氏は自分の事務所で、自分が栽培したマリファナをスパスパやりながら記者会見をやる剛の者(?)で、これまで何回か逮捕されている。
 その代表は平然としてこう語ってくれた。
「イタリアは昔から貴族の中にマリファナ吸飲の習慣があったくらいで、心理的な抵抗は少なかったのです。最近になって若い人たちの間に急激に広まったので問題になりましたが、現在では少量の個人使用はまったく自由です。特にTHC(テトラ・ヒドロ・カンナビノール、マリファナに含まれている向精神作用をもたらす成分)が0.2パーセント以下のものは自由に栽培してもいいのですよ」
 いまや、イタリアの街ではマリファナの喫煙具が公然と売られている状態で、マリファナが全面解禁になる国があるとすれば、一番乗りはイタリアだとまで言われている。
 西ドイツから来たフリー・ジャーナリスト、ピーター・コウ氏は自宅から自分で栽培したマリファナ持参でやって来た。マリファナ歴12年。毎日やっている愛用者だ。
「西ドイツでは数百万人がマリファナを吸っている。法律はちゃんとあるが、量が少なく、個人使用が目的なら当局はいちいち調べないんだ」
 話をした感じでは、西ドイツの解禁度は日本より10年進んでいるようだ。
 こうやって各国の代表の話を総合してみると、解禁度が最もすすんでいるのはオランダ、デンマーク、イタリア、アメリカ、カナダ、ジャマイカなどで、イギリスなどがそれに次ぎ、オーストラリア、ニュージーランド、日本などは解禁がすすんでいない国になる。もっとも、フランス、スペイン、ベルギーなどは日本と同様に厳しい国に入るだろう。
 そこで、いよいよ日本の事情を説明する番だ。私は2月9日の法律セミナーと、10日の大会で「日本における大麻規制の歴史と問題点」と題して、次のように報告した。(以下はその要旨である)

「日本で大麻規制が初めてなされたのは、1930年、第二アヘン条約の批准に伴い、『麻薬取締規制』が制定された時で『印度大麻草、その樹脂、およびそれらを含有するもの』が対象とされた。その規制も輸出入が許可制とされただけで、製造は届け出制、販売はまったく自由だった」
「それまでは繊維をとったり油を得るために広く栽培されていた国産大麻までが規制されるようになったのは第二次大戦後である。連合軍司令部(GHQ)は1945年10月、大麻草を麻薬と定義した上で、その栽培、製造、販売、輸出入を全面的に禁止したのだ。政府は繊維や種子を目的とした栽培者らを免許制にしたうえで、全面的禁止をうたった『大麻取締法』を1948年に制定したのである」
「この法律では、精神的な作用をもつといわれるTHCを含まない大麻草まで規制しており、不備かつ立法目的の不明確な法律である。さらに驚くべきことに、この法律に違反した場合、罰金刑の選択はなく、使用、譲渡、所持については5年以下の懲役、輸出入、栽培については7年以下の懲役、という極めて過酷な刑罰が課せられる。かりに情状によって刑の執行猶予が言い渡されても、公務員などのように身分上の欠格条項がある場合には自動的に失職してしまうのだ」
 では、なぜこのような法律が制定されたのであろうか。
 前述したように、第二次大戦前は印度大麻草の輸出入のみが許可制にされていたが、国産大麻については栽培も含め、なんら規制がなかったばかりか、逆に戦争中などはパラシュートなどの軍事物資に用いるため、麻の栽培が奨励されたほどであった。ところが、占領米軍は政府に圧力をかけ、大麻栽培の規制を含む大麻取締法の制定をせまったのである。
「占領米軍の立法意図は、黒人兵などの大麻吸飲を防ぐということにあったようだが、最も肝心な大麻吸飲の有害性について科学的な検討はなされなかった。そのため政府当局者も疑問を抱いていたし、現実に大麻栽培をしていた農民は猛反対をしたものだ。現に、元内閣法制局長官の林修三氏は、制定の際の事情を次のように述べている」
「大麻草といえば、わが国では戦前から麻繊維をとるため栽培されていたもので、これが麻薬の原料になるなどということは少なくとも一般には知られていなかったようである。したがって、終戦後、占領軍当局の指示で大麻の栽培を制限するための法律を作れといわれた時は、私どもは正直なところ異様な感じを受けたのである。先方は、黒人の兵隊などが大麻から作った麻薬を好むのでということであったが、私どもは、なにかの間違いではないかとすら思ったものである。大麻の「麻」と麻薬の「麻」がたまたま同じ字なので間違えられたのかも知れない、などという冗談までとばしていたのである。厚生省の当局者も、わが国の大麻は、従来から国際的に麻薬植物扱いされていたインド大麻とは毒性が違う、と言ってその必要性にやや首をかしげていたようである。……しかし、占領中のことであるから、そういう疑問や反対がとおるわけでもなく、まずポツダム命令として『大麻取締規制』(昭和22年厚生省・農林省令第1号)が制定され、次で昭和23年に、国会の議決を経た法律として大麻取締法が制定公布された」(『時の法令』65年4月号より)
「この時の国会審議でも、『このような法律を作ると、国民が必要としている麻を栽培する農民がいなくなるのではないか』と反対の声もあがっていた。したがって、1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約が成立した後、占領法制の再検討がなされた際に大麻取締法の廃止が政府当局者によって考えられたほどである」
「しかしながら、大麻取締法は廃止されるどころか、1963年になって、大麻吸飲の有毒性についての研究が不充分のままに、罰則が強化され、従来あった罰金刑の選択が認められなくなった結果、現行法のように懲役刑のみという極めて硬直した法律になったのである。罰金刑の選択廃止というのは極めて重要な問題であり、慎重にしなければならないのに、理由はまったく不明確なままであった。1963年当時はヘロインの濫用が社会的に問題になっており、その対策のために麻薬取締法の罰金強化がなされたのであるが、この措置に便乗して、何ら合理的理由も必要性もないままに大麻取締法の罰則も強化されてしまったのである」
「いずれにせよ、立法の目的および根拠が不明確で、しかも罰則のみが厳しいこのような法律は憲法に違反しており、当然廃止されなければならない」
 このように結んで、私は日本の大麻規制の実情を世界に訴えたのである。


<大麻=陶酔=平和というパッピーな図式が欧米には定着している>

 アムステルダムの夜は長い。この季節、本当に明るくなるのは朝の9時ごろで、夕方は4時半ごろから暗くなる。しかし、『コスモス』では真夜中まで煌々と照明がついていた。会議が終った後も参加者は帰らずに、あちこちでフリートーキングの花を咲かせているからだ。その後はホテルのバーなどに場所を移して、各国の若者たちとの交流が行われた。私も、こういう自由な語り合いに参加し、何人もの友人ができた。
 芸術家たちも自分の信念を作品に託して発表した。オランダの詩人シモン・ビンケヌーグさんは、『コスモス』のホールで、「我々は何でも自由にやるべきだ」という内容の詩を朗読して喝采を浴びていた。
 2月9日の夜10時からは、この世界大会を記念したコンサートが開かれた。
 会場は、やはりマリファナのフリー・スペースである『パラディソ』という建物。2千人ほども収容できるような客席は満員になった。ここではマリファナも販売されていて、聴衆はゆったりとマリファナを吸いながら音楽を楽しんでいる。
 朝の4時まで続けられたこのコンサートには、ロックなど数グループが出演したが、ハイライトはイギリスからやってきたアレクシス・コーナーのグループであった。
 日本でこそあまり馴染みはないものの、イギリスにおけるロックの草分け的存在で、ビートルズやローリング・ストーンズらも彼の影響を受けていると言われる。ヨーロッパ音楽界の大立物である。マリファナ歴も古く、もう何十年もやっているという50年配のミュージシャンは会議にも出席していたが、静かな雰囲気とノーブルな気品を漂わせる人物であった。彼はこの夜、1時間ほども熱気のこもった演奏をくり広げ、若者たちの支持を受けていた。
 こういった芸術家たちの積極的な文化活動が、西欧諸国における大麻解禁を推しすすめる重要な核になっていることを、私は今度の大会に参加して痛感させられた。
 若者たちに多大な影響を与える芸術家たちが堂々とマリファナの素晴らしさを訴えるならば、そこには「犯罪」や「堕落」という概念がつけ入る余地はない。そういう勇気ある芸術家が少ない日本では、井上陽水事件に代表されるような「大麻=麻薬=頽廃」という暗い図式でしか捉えられない。大麻=陶酔=平和という、ハッピーな図式が根付いていないのは、悲しいことである。

 2月10日、大会終了日には全体会議がもたれた。ICARから招待状をもらった各国の代表が出席し、この大会の目的と意義を確認して次のような議決を採択した。

    1. 各国の大麻規制の元兇となっている1961年の国際麻薬単一条約から大麻を除外させよう。
    2. 各国の大麻解禁運動の国際的な交流を図ろう。
    3. 大麻の自由な使用をめざし、国籍、団体を問わず参加して、国連に働きかけよう。
    4. 大麻を使用したために拘束されている人々の自由を回復するとともに、受刑者の国際的移動の自由、外国で逮捕されている人の本国送還をすすめよう。


 同時に「世界の大麻刑事被告人に自由を!」というスローガンを採択した。
 また、今回の第1回世界大会が盛況だったことから、来年にも第2回大会を開くことが合意された。場所は未定だが、大麻解禁が最も進んでいる国として、イタリアあたりになりそうな気配である。


 こうして、有意義な討論、意見を交流させた3日間の世界大会は幕を閉じたわけだが、私にとって嬉しかったのは、本来、私と共にクリアーライトを代表して出席するはずの芥川耿さんが政府から旅券の発給を拒否されてしまったほか、参加者のツアーを企画した旅行業者に圧力をかけるなど、日本政府当局の不正な権力行使にね各国の参加者が非常に高い関心を払ってくれたことである。
「大会参加者の旅券発行を拒否するなどもってのほかだ。各国で日本政府に抗議しよう!」
 という声が高まり、それぞれの団体が個別に自国の日本大使館などに抗議行動をしてくれたり、マスコミに訴えることを約束してくれた。

<意識の変化・拡大欲求をなぜ「お上」は嫌うのか>

 さらに、法律家として日本での法廷闘争にたずさわっている私は、今回の大会に参加したことがきっかけで、これから闘ってゆくうえできわめて重要な発見をすることができた。
 それはアメリカにおける大麻事件の判決を検討している時、まるで啓示のように、私の心の中にとびこんできた。
 まず現行の大麻取締法をよく読んでほしい。
 第1条〔大麻の定義〕には、はっきりと、『この法律で「大麻」とは、大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう』と明記されている。
 ところで、麻は植物学上の分類によれば、属(genus)がカンナビスと呼ばれ、種『しゅ』(species)として、少なくともカンナビス・サティバ・エルカンナビス・インディカ、カンナビス・ルーディラリスの3種が存在することが明らかになっている。
 このうち、大麻取締法に規定されているカンナビス・サティバ・エルは、1753年にリンネによって命名された。
 リンネが命名したこの植物は、北ヨーロッパに生育する麻で、茎の高さは5〜18フィートに伸び、枝は多くなく、葉は向いあってつく傾向があり、その形は狭い。タネは他の2種に較べ最も大きく、5ミリ以上の長さをもったものもある。
 現在、捜査当局や裁判所は、ある物質が向精神作用を持っているTHCを含んでいるものを大麻として規制している。しかし現行の法に従えば、捜査当局はこの大麻がカンナビス・サティバ・エルと呼ばれる種『しゅ』でありTHCを含む物質も、カンナビス・サティバ・エルから抽出されたものであることを立証しなければならない。つまり、マリファナを持っていたからといって、そのマリファナがカンナビス・インディカやカンナビス・ルーディラリスならば法の規制はできないことになるのだ。
「同じマリファナなら名前が少し違ってもいいじゃないか」
 という議論は通用しない。なぜなら大麻取締法は市民に刑罰を与える刑事法規であるから、憲法31条の適正手続が罪刑法定主義の原則を持ち出すまでもなく、厳格に行われなければならず、類推解釈、拡張解釈が許されないものであるからだ。もちろん、カンナビス属の3つの種が発見、命名されたのは、大麻取締法が制定された1948年以前のことである。
 実は、この分類学上の問題はアメリカではすでにとりあげられている。そのひとつが、1974年3月19日、コロンビア州最高裁で判決が出された『コリアー事件』である。
 裁判所は「刑事制裁における立法の不備は立法府によってのみ修正されなければならず、裁判所は拡張解釈をしてはいけない。マリファナ所持を規制したコロンビア州の法律は、カンナビス・サティバ・エルのみに適用されるのであるから、国は押収したマリファナの種が合理的な疑いを越えて、カンナビス・サティバ・エルであることを立証しなければならない」として、無罪判決を言い渡しているのだ。
 また、1974年11月には、ウィスコンシン州西部地区裁判所も、同様の判決を出している。つまり「国はそのマリファナがカンナビス・サティバ・エル以外のものでないということが立証できないかぎり、裁判所は被告人に制裁を課せない」というものである。
 日本の場合も、これとまったく同じケースなのだ。もしTHCが人工合成された場合も、この大麻取締法ではまったく規制できないという不備は以前から指摘されていたが、大麻草をカンナビス・サティバ・エルとのみ規定している致命的な弱点が、とうとう暴露されてしまったのだ。
 私は芥川氏の公判で、この事実を検察側につきつめていくつもりだ。検察側は芥川氏が栽培していたマリファナがカンナビス・サティバ・エルという植物であることが立証できるか?
 もし検察側が立証できなければ、芥川氏はこの法律で裁かれる必要などまったくないということになる。検察側はこの難問をどうやって解決するだろうか。
 思えば、この法律があるために、今までどれほど多くの人々が泣いてきたことであろうか。
 『大麻=麻薬=暴力団=覚醒剤=犯罪』という偏見が培われたのも、この法律のせいである。実際には、酒やタバコやコーヒーなどよりも害がないのに、逮捕されると「麻薬を使っていたひどい奴だ」と社会的糾弾を受けるのだ。職を失うのはもとより、一家離散や自殺にまで追いこまれることも珍しくない。
 マリファナ研究の第一人者、アンドルー・T・ワイル氏が言っているように、そもそも人間とは、意識を変化させたり拡大させたがる生き物である。芸術にいろ宗教にしろ、人間の文化的な創造活動は、すべてこの欲求に端を発している。
 この欲求を押えこむというのは、人間らしく生きるな、ということである。
 酒を飲み続ければアル中になり、体をこわす。タバコを大量に吸えばガンになる。コーヒーは胃をこわすだろう。それよりももっと無害で、精神に対して有益な作用をもたらす大麻を、国家はなぜ取締まる必要があるのか。
 こんな法律はやめさせようではないか。



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