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阪神大震災は演劇を変えるか・あとがき
 
                 瀬戸宏
 
 
 
 
国際演劇評論家協会(AICT)日本センター関西支部
内田洋一・九鬼葉子・瀬戸宏 編集
 
阪神大震災は演劇を変えるか
 
 
晩成書房 1995年12月25日第一刷印刷
       1995年12月30日第一刷発行
 
ISBN4-89380-188-0
定価 1945円(1500円+税45円) 
  一九五年一月十七日未明の阪神・淡路大震災は、大阪府高槻市の私の自宅をも襲った。本棚がいくつも倒れ、そのうちの一つは窓ガラスを突き破り庭にまで本が散乱し、食器の相当数が割れて買い換えを余儀なくされた。当日は夕方まで断水もした。
 しかし、これまでなら相当な程度といえるこの被害も、阪神・淡路地区の人たちが被った損害に比べれば、損害ともいえぬものである。大阪地区は一日で都市機能が回復し、私は一月二十日から開かれる日中演劇フォ上フム参加のため、まもなく一週間ほど上京した。
 フォーラムが終了して帰宅しても、地震に対して何をしたらよいか考えが出てこなかった。ボランティアに応じようとしても、被災地ですぐに立つような技術はないし、私に直接参加を呼びかける団体もなかった。外部の人間の「被災地見学」には、震災の直後から強い批判が出ており、私自身もそのような気にはならなかった。学年末の大学はそれなりに忙しく、時間が流れていった。結局、私が二月中旬までにしたことといえば、兵庫地区在住AICT会員の安否を調べて会報で流したことと、別の団体(話劇人社)の関係で道化座・須永克彦氏等へのカンパを呼びかけたことぐらいであった。
 
 関西演劇人会議・震災ミーティングの通知を受け取ったのは、そんな時であった。ここに参加すれば、何か指針がみっかるかもしれない。そう考えて会議に出席し、ほとんど発言せず、ひたすらメモをとった。そこから、しだいに私の震災との関わりが開けていったのである。被災地に足を踏み入れたのも震災ミーティングがきっかけであった。
 震災直後はあれほど強かった被災地への関心も、時間の経過と共にしだいに薄れていった。関西演劇人会議・震災ミーティングも自然消滅のようなかたちで終わった。被災者でもあるAICT会員、内田洋一氏より震災資料集刊行の提案を受けたのは、そのような時である。これでいいのか、と思っていた私はすぐに賛成し、五月のAICT関西支部創立総会に提案して支部の事業としておこなう了承を取り付けた。やはり会員で被災者である九鬼葉子氏も編集に参加することになり、三人で編集委員会が構成された。
 その後、数回の編集委員会で本書の内容、編集委員の役割分担が検討され、しだいにこの『阪神大震災は演劇を変えるか』の骨格が出来上がっていった。出版社も、AICT日本センター編集の演劇批評誌『シアターアーツ』の発行元である晩成書房が快く引き受けてくれた。九月下旬には基本的な原稿が出来上がり、編集委員の間で回し読みして定稿とした。本書はAICT関西支部の事業であるので、支部所属会員にも寄稿を呼びかけたところ、五名の方から原稿が寄せられた。こうして、本書は読者の前に姿を見せることになったのである。
 
 本書の第一部は、震災という事態を前に演劇人がどう考え、どう行動したかを編集委員三名によるインタビューというかたちで明らかにしたものである。各原稿は定稿にする段階または初校で対象者の方たちの確認を経ていることを、記しておきたい。執筆者により、詳しい論評をつけたもの、簡単なコメントに留めたもの、ほとんどコメントをつけずインタビューの記録に徹したもの等形式に違いがあるが、強いて統一はしなかった。また、インタビュー内容と深い関係がある内藤裕敬、久次米健太郎、須永克彦各氏の文章を付録として収録した。快く転載を許可してくださった各氏にお礼申し上げたい。
 第二部は編集委員三名およびAIcT関西支部所属会員の評論である。執筆者によって論点に多少の違いはあるが、もちろん一致は求めていない。それぞれの執筆者の震災と演劇についての思いを読みとっていただければ、幸いである。
 第三部は、演劇と震災についての資料である。この資料を編集していて痛感したのは、各劇団・団体の機関紙誌の収集・閲覧が非常に難しいことである。市販されているのはごく一部で、機関紙誌を収集する機関もない。特に関西の劇団のものがそうである。結局、市販(公開)されていないものはほとんど収録を見送らざるを得なかった。資料の収集には精いっぱい努力したつもりであるが、なお遺漏も多いと思われる。この資料は今後も適当な機会に補充していく予定であるので、遺漏に気づかれた方はAIcT関西支部までお知らせいただきたい。
 また、事実経過の概述と論点整理のために、内田洋一氏に「はじめに」の執筆をお願いした。内田氏も述べているように、震災と演劇の関係が決して関西という一地方だけの問題ではないことは、読者も理解していただけるであろう。
 
 本書編集委員会の母体であるAICTについて、記しておきたい。AICT(Association International  des  Critiaues  de Theatre 英語名はInternational  Association  of Theatre Critics国際演劇評論家協会)は、パリに本部を置く演劇評論家の国際組織である。日本センターは 一九八〇年に創立され、現在のところ日本で唯一の演劇評論家の全国組織である。一九九五年現在、日本センター会長は石沢秀二氏、事務局長は田之倉稔氏、会員数は約八十名である。九四年より演劇評論誌『シアクーアーツ』(鴻英良編集長)を編集し晩成書房より発行している。関西支部は、日本センター最初の地方支部として、九五年五月に創立された。主な役員は、支部長、大川達雄氏、事務局長、瀬戸宏、会計、九鬼葉子氏である。関西支部の連絡先は、大阪の小劇場、ウィングフィールドに置かれている。
 本書の刊行後ほどなく、再び一月十七日が巡ってくる。六千人を越える震災での死者の方々のご冥福を心からお祈りして、本書の結びとしたい。
 
附:『阪神大震災は演劇を変えるか』目次
はじめに−阪神大震災が突きっけたもの−内田洋一 
一、演劇人は阪神大震災をどう捉えたか−インタビューと論評
極限状況の中でこそ守り、闘う−山崎正和
廃墟に立つ人間の力−北村想 
震災と“父の不在”−内藤裕敬 
  付−内藤裕敬「ボランティアつて何だ?」 
被災者による震災劇−深津篤史 
演劇の公共性−衛紀生 
関西演劇人会議の活動−江本雅朗 
  付一須永克彦「震災劇団、めげんと幕開け」 
被災地激励行動の意義−ピッコロシアターの場合−秋浜悟史十久次米健太郎 
  付一久次米健太郎「励ます劇、震災の子が“主役”
兵庫子ども劇場おやこ劇場協議会と被災地巡回公演−米川綾子 
フラワーテントとボランティア無料公演−浅岡輝喜 
二、演劇と震災−評論
リアリティの震災後−内田洋一 
日常と非日常のはざまの身体感覚−九鬼葉子 
演劇は現実とどう関わるのか−神戸とサラエボの距離−瀬戸宏
演劇評論家がみた阪神大震災 
市川明/大川達雄/荻野達也/菊川徳之助/宮辻政夫
三、演劇と震災関係資料
  雑誌新聞資料目録 
  劇団・劇場被災状況 
  演劇震災日誌 
 
編集委員・執筆者紹介 
あとがき−瀬戸宏