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2000/ 12




●2000/12/31 2000年

 今年一年。
 マッタリしすぎというかむしろ涸れすぎたので来年は悔しい思いをしないように。


●2000/12/29 冬コミ

 夏に引き続き、コミケのお手伝いに行ってきた。
 企業ブースの間をうろうろしてたら、僕に最初に仕事を教えてくれた恩人のヨウちゃんにバッタリ遭遇。ヨウちゃんの会社も参加していて大阪から来ていたのだった。
 全然変わってない、元気そうだった。突然の大阪行きの経緯も聞きたかったが、残念ながら聞きそびれてしまった。

 休憩したときには、夏と同じく、世界の同人誌展(国際交流と同人誌展)を見てきた。海外の同人誌やアニメ雑誌もなかなかに興味深い。
 外人さんの、メード・イン・ジャパンの萌えに対するメロメロぶりはもう微笑ましいほどだ。
 21世紀、世界的に主要な産業となるだろうオタク産業では、やはり当分の間、日本がリードし続けるだろう。
 ニッポンの未来は明るい


●2000/12/23 31世紀

 21世紀はもう来ちゃうので31世紀の予想。

 なぜ、遺伝子操作やクローン技術の利用は慎重でなければならないのか?

 神への冒涜とか、クローンの人権,遺伝子差別がウンヌンされるが、究極的には異性が不要になることへの恐れだろう。

 このまま遺伝子操作、クローニング、生体培養の技術が進めば、子供を作るのに相手が必要なくなってしまう。(現在の技術でも女性はすでに?)
 男は男、女は女ひとりで生殖する未来もそう遠くない。
 そうなれば、人類がこれまで培ってきた文明文化、その価値観は根底から覆され、大混乱に陥る。

 その時に男女間の戦争は避けられない。

 ホンダかトヨタか、MacかWinか、宇多田か倉木か――。人間とは愚かなもので、どんなに馬鹿な問題でも飽きずに論争してしまう。
 人種や、宗教や、イデオロギーよりも、男と女という決定的な違いが争いの元にならないわけがない。

 他者(男)とは無関係なところで自分磨きに精を出す女たち、子を殺す親、エロゲに没入するオタク層、AIBOを含めたペットへの過剰な愛情、3DグラフィックスやVR技術の劇的な進化、そしてなにより「男女同権」における男女間の意識のズレ――。

 異性の必要性が無くなってもなお、男女間で友好関係が保てるとはとても思えない。
 男女間の最終戦争勃発
 でも僕は、そうなっても面白いんじゃん? とか思う。どっちが勝つんでしょ?
 (今現在、世界中の男が完全に消滅したとしても、たぶん女だけでも存続できるわけで、圧倒的に男不利だが...)

 ――と、こういうネタのエロゲはどうかなあ、とか考えたんだけど、てゆうか萌えんだろ? と正気づいた。
 しかし、
ヒロインの変遷で書いたように、トレンドのエロゲが描くヒロインはすでに女の子ではないわけで、エロゲの世界は人類の未来を先取りしていると言えるかもしれない。


●2000/12/19 バトルロワイアル

 映画バトルロワイアル騒動。

 民主党の議員が噛みついて→映画のいい宣伝になって→結局自分と党の評判を落とした……ってことなんだけど、民主党議員の目的は、結果的に達したと思う。

 あの議員の口調がいかにも尊大で、顔もいかにも頭の固そうなオヤジ顔だったおかげで、その批判に対して反対することが、リベラルで、クレバーで、モダーン、ってな雰囲気になった。
 オバサン方や高校生の「いい映画」「感動した」「15歳以下にも見せたい」てな感想は集団ヒステリー的錯覚がかなりあるだろう。
 でも、結果的に過激な映像による悪影響は充分に小さくなって、メデタシメデタシなのではないか。(そもそも、今回のような騒動がないまま、先入観なく若者がこの映画を見た場合に、悪影響があったかどうかは大いに議論の余地ありだが...)

 しかし「いい映画」とか「15歳以下にも見せたい」っていうオバサンのリベラルな意見――というか、そんな意見を編集したテレビ屋のスタンスには、かつて映画を学んだ僕には違和感がある。てゆうか冗談じゃないぜと思う。

 お前ら無法松の一生見たのか?

 「台風クラブ」は? 森田芳光の「の・ようなもの」は? 今村昌平の「豚と軍艦」は?
 洋画なら天国から来たチャンピオンは? これぞ「いい映画」ではないのか。ルイ・マル「地下鉄のザジ」は?
 アニメならど根性ガエル(もちろん旧シリーズ)は?

 15歳未満の子供にもぜひ見せたい傑作ならいくらでもある。

 まあ、バトルロワイアル見てないので内容について云々するのはフェアじゃないけど(て優香反則)、70にして、ああいうものを撮る深作欣二は立派だとは思う。健全だ。
 でも、現代の世間は、昔ほど健全じゃないから直球勝負でいってもどうなんだろ...


●2000/12/18 隣人

 珍しく、同じマンションに越してきた人が挨拶にきた。しかも隣じゃなくて、わざわざ下の階の人が。

 僕自身は引っ越せば必ず両隣に挨拶していたはずだが(面倒だけど、気が弱い上に、案外と常識人なもので)、学生時代から10年以上、隣に越してきた人間が挨拶に来たのは、最初に住んでいたアパートで1回だけ。あとは全員一切挨拶なし。

 どちらかと言えば不作法だし、SF読みだし、そもそもエロゲ屋だし、僕の方は別にどうでもいいんだが、挨拶してないと、なにかと気にならんかなあ? 夜中に風呂入る時とか。
 作法には興味ないが、挨拶しない若者(たぶんほとんど学生)の心理には興味がある。
 単に、隣人に興味がないのか、それとも何らかの恐怖心なのか。コンビニでの金のやり取りで手が触れ合わないように気をつける類の。

 京阪神や名古屋、札仙広福あたりはどうなんだろう。


●2000/12/17 ケータイ

 仕事帰りの電車で携帯電話使ってる人間がいると、ちょとムカつくー。なんでか。

 以前はよく、携帯の使用は控えるようにと、ポスターや車内放送で注意していた。
 その理由はペースメーカーに影響があるから、ということだったが...
 違うだろ

 それは事実だが、ほとんどの人間にとっては携帯がうるさいからでしょ。
 こういう場合に、ペースメーカーの使用者をダシにするのは不潔だ。ソフ倫(を作った人間)と同レベル。(最近聞いた車内放送ではちゃんと『うるさいから』といっていたが)

 ただ、うるさいのが理由であれば、静かに携帯メールしている分には問題ないはずだが、やっぱり僕は不愉快に思うのだった。
 それでわかった。うるさいからじゃなくて、寂しいからだったんだ。

 終電の中で周囲のどいつもこいつもケータイのぞき込んでメールしてたりすると、なんか寂しいんだよねー。

 あとマジメな話、ITへの反感もあるだろうか。
 ITつのは要するに新しい金儲けの方法ってだけで、バブル弾けて不動産の代わりに文系の人間がもて囃しているだけであって、少しもテクノロジーなんかじゃない。しつこいけど、ソフ倫(=エロゲ屋,雑誌屋,問屋)の倫理と同レベル。

 小学校でパソコンを教えるなんて愚の骨頂。
 もっと真の科学者を育てなくちゃ、オレが生きてる間にスペースコロニーで生活できないぜー! と、これが携帯使ってる人間への反感の理由でした。
 IT音痴の森首相は正しい


●2000/12/08 イマジン

 ジョン・レノンが死んでちょうど20年。

 で、ジョン・レノンといえばBGMはほぼ必ずイマジンだ。
 イマジンはジョン・レノンの曲の中ではあまり出来が良くないので、テレビで見るたんび、ジョン・レノンも気の毒になあと思う。営業妨害っていうか、冒涜っていうか、人権蹂躙だよねー。

 僕ならBGMにはオー・ヨーコやディア・ヨーコを使うな。
 てゆうか、そんなにイマジン的曲が好きならウーマンの方が分かりやすいだろうになあ。


●2000/12/07 ライセンス

 このページはバナー等を除き、すべてのデータが著作権フリーだ。
 理由はすでに書いたように、罪滅ぼしだ。

 ソフトウェアのライセンスに関してカッコイー、と思ったことが2回ある。

 最初はボーランドCのライセンス。
 1994年とだいぶ前のことで現在(インプライズ、からさらにボーランドの名前復活)の条件は知らないが、当時のライセンスには「一冊の本のようにお考えください」とあった。

 このソフトウェアは何台のマシンにインストールしても構いません。
 何人で使っても構いません。
 常に一人だけが一台のマシンで使う限りにおいては。

 内容としてはこんな感じだ。
 けちくさいライセンスを強要するソフトが多いなか、かっちょえー! と僕は感動した。

 2回目はネットスケープのオープンソース宣言だ。
 エロゲ屋風情とはいえ、僕もソフトウェア開発の末席を汚す身。これにはとてつもないショックを受けた。ソース公開って、そんなことが出来たのか...
 スゲエ! カッコイイぜー! ネスケのオープンソース宣言に刺激を受けて、僕は自分も(経済的、状況的、立場的に可能ならば)放棄できる権利はすべて放棄しようと決めた。(大したページじゃないが、そのうち有用なデータを用意できればなと思う)

 ボーランド萌え! ネスケ萌え!(使ってないけど...)




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