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まどさん

(みやこうせい)

 まどさんといったら、日本中の誰でも知っている、童謡「ぞうさん」の作詞者である。ということは今さらいうまでもない。
 まどさんの詩について知ったのは、フアンにくらべたら、ずい分遅い方である。しかし、“ぞうさん”とか“一年生になったら”は、それと知らずに、折りある毎に口ずさんでいて、作詞者については顧慮しなかった。そんなものである。
 ぼくの胸の中に、まどさんの詩が入り込んで来て、得もいわれぬ感動をおぼえたのは、理論社発行の、現代少年詩プレゼントの中の一冊「まめつぶうた」によってである。
「まめつぶうた」の刊行は、1973年のこと。ぼくは、この本を親しく付き合って、一緒にルーマニアへ行って、本を作った、赤坂三好、ミヨシさんから贈られた。ミヨシさんは、この、まどさんの本を装幀し、卓抜なさし絵をつけたのである。ミヨシさんは、天才肌の人で、子供心を失わず、実に無邪気でシャープ、そしてウイットとエスプリの持ち主だった(と過去形で書くことが大へんかなしく思われる。彼が、ぼくにとっては、まだ、その辺にいるような気がしてならない。思い出すと、声さえ聞こえてくる)。
 この、まどさんの詩集をよんで、一驚した。とてもやさしい語り口の中に、深い思いがひそんでいて、むずかしくいうと、宗教か思想あるいは哲学のように思われて、一度、通読して、次に、一行一行よんでは、思いにふけった。何という詩人だろう。平易なことばが軽そうで、重い。また、読んで得られる快感、また、解放感。ミヨシさんの絵は、まどさんのことばのつらなり、ごく考え抜かれて、一字一字書かれた言葉にぴったりで、ことばと絵が競い合っているような気がした。
 この本は、ぼくにとって宝物のようになった。ことある毎に、ぼくは「まめつぶうた」を開くようになった。自身、ことばを使っての仕事についている者であるが、到底、足もとにも及ばない。

ワサビ      もやし      はがき      ノミ

ふくが        うえを       もじが      あらわれる
ちぢんで      したへの     こぼれて     ゆくえふめいに
ふとれません   おおさわざ    おっこちそう   なるために

 これはアフォリズムであろうか。まどさんは小さなものに、生物、非生物に目を向けてそれもやさしいまなざしで、うたい上げる。根底にあるのは、いわずもがな、慈しみであり、愛情である。
 まどさんの詩について、語りはじめたら、とどまる所を知らない。語るよりは読んだ方がいい。よんで、日本語のうつくしさ、自在なことばのうごき、ことばの力、うたわれる対象のかわいらしさ、おもしろさを味った方がいい。年令には関係がない。まどさんの詩の読者には年令など関係がない。
 ある日、それも最近のことである。思い切って、まどさんに、ぼくのつたない本と手紙を送った。何日もへずに、ご返事をいただいた。ハガキや手紙を、本を送るたびにいただいた。ルーマニアの写真集を送った時も、過分のおほめをいただき、恐縮した、と同時に無上のよろこびを味った。ある時、まどさんの全著作が署名入りで送られて来た。まどさんの、常なるつつましさに心からうたれてしまった。いつも控え目で、ていねいである。時々周囲に威丈高で高慢で自己顕示欲の強い人間を、自称芸術家を見るのであるが、まどさんは語弊を畏れずいうならば、卑下するかのご様子である。
 いつか、何とはしたないことか、何と増上慢なことか、まどさんのような方と仕事ができたらいいな、と思うようになった。一体、何ができるのだろう。
 と思っていた、ある日。いただいたハガキに目が点になった。よく、編集者から写真つきの詩集を勧められるが、すべて断っています。でも、みやこうせいさんとならやってもいい、といっています、とある。
 しかし、断わる口実なわけであって、みやこうせいの写真なんて誰も知るわけがない。そのハガキを大事にしまい、数年後、まどさんに手紙を出し、ぼくの写真と一しょに詩集をお出しになりませんか、と書いた。すぐ返事があって、おそれ多いけど、よろこんでいたしましょう、とある。おそれおおいのはこちらである。それから、本ができるまで、3年かかったか。
 まどさんからは、とても書けない、書けるとは思えない、という、悲鳴にも似た手紙をその後いただき、こちらも、あきらめかけたが、ある日、速達で生原稿が、送られて来た。うれしくて、天にも上りたいような気持ちであった。未知谷代表のベテラン飯島徹さんと相談して、何がテーマの詩集にしようかと相談した。写真はどういうものがいいかという話である。
 生命の根源である水がテーマというのはどうか、と。決った。これまで、とりためた写真の中から、水にまつわる、数百点を選び出し、それから、また、ふるい分けて、本を作ることにした。
 まどさんに、その時はじめてお会いして、原稿をいただき、二度めは、ケアセンターへ出向いてインタビューを試みた。かくして、写真プラス詩の、このまれなる本ができ上った。
 ここに、つつしんで、まどさんのポートレートと、色紙、たんざく、また、生原稿をかかげて、詩と写真の展示をさせていただくことにした。
 日本を代表し、世界にも知られる、まどさんの筆蹟をごらんいただいて、詩精神、エスプリ、生命への深い愛情を感じとっていただけたら、無上の幸いである。

まど・みちお+みやこうせい 詩と写真展 案内状によせた文章


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