マリンブルーの水彩絵の具を 零したような 空に








どこからか迷い込んできてしまった 真っ白な雲が ひとつ












そこから伸びる












一筋の 飛行機雲―――――






























命の価値は


外伝 弐


True of Love






























ひとりの青年が、ベルリン郊外の空港に降り立った。

背は180cmをやや超えるくらい、均整の取れたすらりとしたスタイル。

黒い髪は、眉にかかるくらいの長さにラフに整えられ。

肌の色は、彼が東洋人であることを示している。



優しげな中にも、ひとつの芯が通ったような表情を持ち。

穏やかな黒い瞳の奥には、揺るぎのない信念が見え隠れする。







彼は、ジーンズのベルトに括り付けておいたベースボールキャップを目深に被り、

足元に置いたボストンバッグを肩に担ぐと、

降り注ぐ真夏の太陽の下へと、足を踏み出した。













濃く短い影が、日差しの強さを物語っている。























彼は数歩、足を進めると。






その場に立ち止まり、ゆっくりと、空を、見上げた。





     「暑い、な」





しかしその暑さは、彼にとって、決して嫌なものではなかった。
















彼はひとつ、大きく息を吸い込むと。





また、歩き始めた。





力強く、一歩、また、一歩。

























その頃。



金色の滑らかな髪に、蒼天の瞳の彼女は。



白塗りのベランダから、雲を見ていた。






たったひとつだけ浮かぶその白い雲に、想いを馳せながら。













   「もしかしたら、アイツもこの雲を見てたりして」





   「ははは、そんなわけ、ないわよね」










彼女はそうやって軽く笑うと、壁に掛けられた写真を眺める。










   「もう一年以上になるのね」





   「早かったような・・・  そうでないような・・・」








     「元気・・・ よね、きっと」











        「ね、シンジ」




























彼女は部屋に戻るとまたキーボードに向かい、昨日から続けている論文の仕上げにかかった。

























流暢なドイツ語で道を尋ねていた青年は、相手の女性に頭を下げ、

彼女の指し示した方角へと歩き出した。













歩きながら青年は、一年前のことを思い出していた。
















  一年前。





彼女は、彼の元から離れていった。


しかしそれは別れを意味するのではなく。


ふたりが、ふたりのことを、真剣に考えた結果であった。






  この一年間。





ふたりが逢うことは、なかった。


あえて、電話やメールの交換も、避けていた。




淋しくない訳は、なかった。


14歳からずっと、彼と彼女は一緒にいたのだから。


心にぽっかりと穴が空いた感触。


それをふたりは、味わっていた。





しかし、それでもかまわなかった。





離れて初めてわかることも、確かに、あったから。







そして。




彼も、彼女も。






お互いを常に――― 確かに、感じていたから。























暫くの間、煉瓦の敷き詰めてある歩道を歩くと、その先に白いマンションが見えて来た。



彼はそのマンションの入り口に立ち、懐から一枚のカードキーを取り出す。


そのカードを見ながら、彼は頬を緩めずにいられなかった。
















そのカードはちょうど一ヶ月前、彼の元へと送られてきた。


たった一言の、メッセージ付きで。










   『使うんじゃないわよ!』










  使っちゃいけないものを・・ どうして送ってくるんだよ?







相変わらずの彼女の様子に、彼は思わず笑みを零したのであった。

















彼はそのカードを、ゆっくりと、確かめるようにリーダーにかける。

ピッと言う電子音とともに,分厚いガラスの扉が開かれる。


中から流れてくる空調の効いた空気が、汗の滲んだ彼の額を、さらりと撫でた。




ロビーの紅い絨毯を頑丈なワークブーツで踏みしめ、エレベーターを一瞥すると、彼は隅にある階段を二階まで登る。

一歩一歩を確認するように、ゆっくりと、ゆっくりと、彼は階段を登る。



階段を登り終えた彼は、そこを右に折れ、

目指す部屋へと、足を、向けた。




          202



部屋番号を改めて確認すると、彼は、インターホンの呼び出しベルを鳴らす。





万感の想いを込めて、ベルを鳴らす。

























学会発表用の資料作りが一段落した彼女は、ソファーにゆったりと、体を沈めていた。



ブルーマウンテンの豊潤な香りが、軟らかに漂う。



コンポからは、クラシックが静かに、流れていた。






   〜J.S.BACH  Cello suite No.1 in G Major,BWV1007〜






そうして彼女は、いつしか、眠りのほとりを訪れていた。





























      ピンポーン









   「なによ〜、人がせっかくいい気持ちだったのにぃ」





遠慮のないベルの音に、目を擦りながら愚痴を零し、彼女はインターホンのモニターを覗き込む。






   しかし。






そこに写る青年の姿を見た、瞬間。



彼女の表情は、一気に変わる。








彼女は、手櫛で髪をざっと整えながら。



勢い良く、玄関へと駆け出していった。








もどかしそうに、ドアのオープナースイッチを押す。












微かなモーター音とともに開かれたドアの向こうには。



彼女が一刻たりとも忘れることのなかった人物が。



恥ずかしそうに。



照れ笑いを浮かべながら。



彼女の好きな笑顔で。





  確かに、そこにいた。
















     「シンジ!!」
















彼女はそう彼の名を呼ぶと、そのまま凍り付いたように立ち尽くしてしまう。



そんな彼女に笑い掛けながら、彼は後ろ手に持っていた赤いカーネーションの花束を差し出す。



















   「アスカ、誕生日、おめでとう」




















   「あ、ありがとう・・・












      ・・・って、あんた、なんでここに居るのよ!」















   「アスカの誕生日だから・・・



         理由になってない?」












彼は彼女の瞳をまっすぐに見て、また、笑う。














   「あ、あんた、今の時期はずっと日本に居るんじゃなかったの?



         ドイツに居るなんて、聞いてないわよ」
















   「うん。  だって、このために今日、こっちに来たんだもん」














   「あ、アンタばかぁ?!



      そのためにわざわざ来たっての!?






    だいたい連絡の一つもしないで、もしあたしが居なかったりしたらどうするつもりだったのよ」




















彼女は、目の前の現実が未だ、信じられなかった。











   なぜシンジがここにいるの?



   そんな暇はないはずなのに?





   こんな事、全然期待してなかったのに。

























   「そのときはそのときかなって」












彼はそう言うと、照れくさそうに頭を掻きながら、また笑った。






















   「それに・・・  なんとなく、逢えそうな気がしてたし」












































彼女は大きな溜息をひとつ吐くと。















   「あんたって・・・  昔っから思ってたけど・・・・」
















今度は満面の笑みを湛え。



















      「ホントに、ばかね」





























そうして。









彼の顔を、瞳を、その蒼い瞳で、体中で、見詰め。
















      「シンジ・・・・」



















   素足のまま、一歩、踏み出し。














   彼の首に、彼女の細い腕を、すらりと絡めた。






























   彼女のふわりとした匂いが、彼を包む。










   彼女の長い髪が、彼の頬をくすぐる。











   彼女の蒼い瞳が、彼の黒い瞳が、お互いを映し出す。






















      「シンジ」























      「なに?」























   ふたりは、至福の笑顔になると。



























      「ありがとっ」



























      ふたりの間には空気さえなくなり。




















        一年ぶりに、ふたりは、




















          吐息を交えた。





















































時に、西暦2023年12月4日







   惣流アスカラングレー   22歳
   碇シンジ   22歳











        ふたりはまだまだ成長中






























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