数列に渡って並ぶ、数多の提灯。

 軒を並べる、赤、白、青、黄、色とりどりの屋台。

 鳴り響く、盆踊りの音。





 その夜は、少しばかり柔らかい風が月夜に吹いていた。





































命の価値は


外伝 四


火の花に紡ぐもの




































「…なんでファーストがいるのよ。」

 後ろを歩く水色の少女をちらりと見遣った後に、青い瞳の少女は傍らを歩く

少年に耳打ちする。



「だって、せっかくのお祭りなんだから…。」

 少年もまた、側を歩く少女に顔を近づけるようにして小さな声で応える。



「綾波だって自分が誘われなかったって知ったら、淋しいと思うよ。」

「あの女にそんな感情があるのかしら。」

 やや顔を背けて、疑問符と嫉妬を乗せながら少女は呟いた。



「アスカ!」

「ハイハイ、解ってるわよ。私が悪うございました。まったく、ファーストの

ことになると見境ないんだから。」

 顔を背けたままに横目で少年を見る、その少女。



「そ、そんなのじゃないよっ!」

 頬を赤らめながら少年は言う。



 コトリ。



 その少年の姿に金色の少女の胸の奥で何かが動いた。僅かな痛みを伴って。



 少女は再び、紅い瞳の少女の様子を盗み見る。二人の後ろを、付かれず離れ

ずの距離を保ったまま歩く、少女の姿を。



 少女は変わらず、その少女だった。













「あ、金魚掬いだっ。これやろっと。」



 その少女は数歩駆け出して、近くの屋台の軒をくぐる。

 傍らの少年に告げるように、そして自分に言い訳をするように。



「おじさん、一回分ね。」



 薄いピンクのプリーツスカートを気にしながらかがみ込んだ少女は、手渡さ

れた網を片手に、目の前を泳ぐ一匹の出目金に狙いを付けた。



「…よし。」





 パシャンッ。



 一時は少女の網に掬われた黒い出目金は、一回大きく跳ねるとその紙の網を

破って、再び元の水槽に戻ってしまう。



「あー………。」



 溜息を吐く少女。

 その頭上から降りかかったのは、かの少年の声。



「アスカ、それじゃダメだよ。」



 少女が振り返るとそこには、二人の姿があった。

 少年は苦笑を浮かべて。少女は変わらず無表情で。



 「ちょっといい?」



 屋台の主から網を受け取った少年は少女の隣にしゃがみ込んで、真剣な眼差

しを水槽に向ける。



 「網で受けちゃダメなんだ。この縁の針金の部分で掬わないと…。」



 視線を一匹の出目金に注いだまま、少年は呟くように言う。



 パシャ。



 少年の右手が水の中にスッと入ったかと思うと、次の瞬間には黒い出目金は

少年の左手のお椀の中にいた。



「…こんな感じかな。」



 少しばかり誇らしげに、少年は頬を緩める。

 その見慣れぬ横顔は、少女の胸をコツンと鳴らした。



「へぇ〜、あんたにも取り柄ってあったんだぁ。」



 何かを振り払うようにおどけるその少女に、もう一人の少女は訊く。



「あなた、そう思っているの?」



 すべてを見通すかのような紅い瞳に見詰められ、蒼の瞳は余所を向く。



「……しらない。」



「そう。」









 降り積もる沈黙。











 それを破るは、網を手にした少年。









「ほら、これ、アスカに。」



 その言葉と共に小さなビニール袋が、白いキャミソールを着た少女の目の前

に差し出された。



「…なによ、これ。」



「え、アスカ、欲しかったんじゃないの?」



「あたしが…?」



 透き通ったビニール袋の中で泳ぐ黒い出目金を驚き混じりの眼で見詰めなが

ら、少女は無言でそれを受け取った。



 彼女の胸に沸き上がるもの。



 その複雑に絡み合ったものを理解出来るほどに、少女は大人ではなかった。









「それから、これは綾波に。」



 少年は振り返り、もう一つのビニール袋を背後にいた少女に手渡す。

 その中では紅白斑の琉金が一匹、くるりくるりと回っていた。



 素っ気ない仕草でそれを受け取ったその少女の瞳に、常日頃と違った色が浮

かんでいたことに、少年と少女は気付いていただろうか。

 ただ紅い瞳のその少女が、僅かばかり触れあった少年の指の温もりにその体

温以上の暖かさを感じたことは、確かであったようだ。

 だがその少女の唇から言葉が漏れることは、やはりなかった。









「僕はこれ。」



 少年は残ったビニール袋を二人に小さく掲げる。

 照れくさそうに笑う少年の右手には、名も無い赤い金魚が、じっと佇んでいた。













 ひゅるるるるる〜〜〜〜



 どーーーーーーーん







 月夜に開く火の花を、眺める影は三人の少年少女。

 蒼い瞳の少女を真ん中に、右手に無口な彼女。左手に金魚掬いが得意な彼。

 三人は草むらに座り、静かに夜空を見上げていた。







「ねぇ。」

 それは常に勝ち気な少女の声。



「なに?」

 それは常に内気な少年の応え。



「浴衣っていいと思わない?」



「浴衣?」



「…うん、浴衣。」





 僅かばかりの間の後に、少年は笑みを乗せた言葉で応える。





「そうだね、ミサトさんに今度、頼んでみようよ。」



「そうね…。」








 そうしてまた、暫しの沈黙。








「ファースト、あんたもいつも制服なんか着てないで、今度は浴衣を着てくる

のよ。」



 楽しげな、それでいて落ち着いた少女の声。

 それに応えるは、無口な少女の声。




「今度って、いつ?」



「今度は今度よ。来週か来年かなんてわからないわ。そんなの、別にいいじゃ

ない。今度は今度。そういうこと。」





「……そう。」











『今度、ね……。』
















 言葉に出来ないその事実を、知り得る者は、そこにはなかった。



 運命の少女の想いの内を、解する者は、そこにはなかった。























 それは、ある夜のこと。



 それは、厄災の中にも平穏があった頃の、ある夜のこと。



 それは、チルドレンがまだ少年少女だった頃の、ある夜のこと。






























- 了 -






















































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