三月の何事もない日、碇シンジはリビングで静かに本を読んでいた。彼は先ほどまで
夕食の後片付けをしていた。彼の仕事場とも言うべき台所は、きれいに掃除され、いま
は電磁コンロの上のポットだけが湯を沸かす仕事をしている。この家の主人は仕事が忙
しいのかまだ帰ってこない。

  『平和な世の中になったな。』

  ふと、本から目を外した彼は思った。使徒との生死を賭けた戦い、あれからもう
四年がたっていた。彼も高校の卒業を間近に控え、四月には大学に入学する。変化の
ありすぎた中学のときとは違い、高校はごく普通の生活を送っていた。一見つまらない
ように見えるが、シンジにとって平和な世の中こそ、自分が安心して過ごせる生活こそ、
これ以上にない充実した喜びがあった。
  テーブルの上に置いてある一枚のカード。それを手に取ると静かに微笑みを浮かべ、
何度も書かれているメッセージを読み返した。このカードも、平和が形となったものの
一つだった。
  ポットの音が感慨にふけっていた彼を現実に戻す。シンジはいそいでポットをコンロ
からはずし、あらかじめ用意していたカップにティーパックを入れ、その上からお湯を
そそいだ。
  二つあるカップの内の一つにそそぐと、輪切りにしたレモンを一枚入れ、トレーに載せ、
もう一人の住人に持っていった。



「アスカ、紅茶持ってきたよ。」

  もう一人の住人、惣流・アスカ・ラングレーは学校から帰るなりずっと自分の部屋に
こもりきりだった。彼女が自分の部屋から出たのは夕食とトイレのときだけで、ほとんど
部屋からでていない。

「うん、入っていいわよー」

 アスカの合図でシンジが扉を開け、中に入ると足の裏に異様な感触がした。

「?」

  そっと足を上げるとそれはクシャクシャに丸められた紙だった。よく見るといくつか
同じような紙切れが部屋全体にちりばめられている。そしてまた一つ、シンジの頭に
命中した。飛んできた方向に彼が振り向くと、金髪、紺碧の眼をもつ少女がいじめっ子の
見せる微笑みで、紅茶を持ってきた少年を見ていた。

「ごくろう、ついでに掃除しといてね。」

  ご主人様のように召し使いであるシンジに命令を与える。シンジはあきれた表情で
アスカに言い返した。

「アスカが散らかしたんだろ、自分でしなよ。」

「アタシは忙しいの。アンタ暇なんだから、助けると思ってさ。」

  満面の笑みで、シンジに魔法をかける。シンジもその魔法には弱いのか、ため息を
吐きながらもせっせと掃除を始めていた。掃除しているとき、アスカはカードを見つ
めていた。シンジが持っていたのと同じカードを。シンジもそれを見ると掃除していた
手を止め、アスカを見ていた。

「もうすぐなんだね。」

  穏やかな表情でカードに見入っていたアスカは、視線をそのままにしてシンジに
問い掛ける。

「うん、もうすぐだ。」

  シンジもまた、微笑みを浮かべてアスカを見ていた。
  そのカードは招待状だった。この家の主である葛城ミサトと、彼女の大学時代の友人
であり、恋人でもあった加持リョウジとの結婚式への招待状だった。




"No Fear!" 1周年記念SS 「最高のスピーチ」 作:ゆきうら
一週間前 「え〜〜〜、アタシがスピーチするの〜〜!!」 「そっ、同居人代表としてね。」 シンジとアスカが二人の結婚を聞いたのは結婚式を十日後に控えた夜のことだった。 そしてアスカがその式でスピーチを披露することを聞いたのもその日だった。 「何でそんなこといきなり決めちゃうのよ!」 本人に相談なく決められていた段取りに、当然のごとく怒るアスカ。 「じつはね〜、アタシもあいつもネルフ以外であまり親しい人間がいなくてさ。 どうせならネルフ内であげちゃおうってことにして、ちょうど暇な時期だから 今の内にやってしまおうってことなのよ。」 ことの経過を悪気も無くしゃべるミサト、アスカは相変わらず怒っていた。 「そうだったんですか、おめでとうございますミサトさん!」 シンジは嬉しさを隠しきれずにミサトの腕を取り上下に振る。 「なに喜んでるのよ!だったらシンジがスピーチすればいいじゃない。」 「シンちゃんには、会場の設営を手伝ってもらうつもりなのよ。」 「えっ?」 その言葉にシンジも手が止まった。 「聞いてませんよそんなこと〜!」 ともすればスピーチよりも大変かもしれない仕事を背負わされ、同様に怒るシンジ。 「まあまあ二人とも怒らないで、あっそのお礼に御祝儀は包まなくていいからさ。」 「「当然(よ)です!」」 内輪で祝うわりに御祝儀はいただこうとしているミサトにあきれ果てる二人、 そういうしっかりしたところはさすが元作戦課長といったところか。 「まっ、そういうわけだから二人ともよろしく、いいスピーチ期待してるわよアスカ。」 「ベーーだ!!」 思いっきり舌を出して拒絶反応を示すアスカ。シンジはすでにもういいかと思っている。 「あたしこれから用事あるから、先寝てていいわよ。」 そう言って、出かける準備をするミサト。 「どこにいくんですか?仕事は終わったんじゃ・・・」 「そうなんだけど実はねー、あいつと住む家を見にいくのよ。」 「えっ?」 怒っていた顔が一転して呆けた顔になるアスカ。 「ミサトさん、この家出て行くんですか?」 シンジも驚きを隠せないでいた。 「まあ、あなたたちももう大人だから、保護者の役目も必要ないかなってね。」 ミサトも言いにくそうなのか二人から視線をそらし、独り言のようにつぶやく。 「そ、そう・・・・。」 アスカも少しさみしそうな顔になり、怒る気などもうどこかにいってしまった。 「まあ、一生会えないってわけじゃないんだからさ、たまには遊びにくるから。」 暗くなってしまった二人を必死で盛り上げようとするミサトだったが、 突然のお別れの言葉に、二人の心はなかなか晴れなかった。 「私たちが高校を卒業するまで、結婚を待ってた話知ってた?」 椅子を横向きに、背もたれに腕を乗せて座るアスカは、ようやく掃除の終わった シンジに聞いた。 「うん、少し前に加持さんから聞いた。頼りない保護者だけど、最後まで責任もって 僕たちを守るんだっていってたんだって。」 「まっ、ほんとに頼りなかったけどねー、変に厳しくなったのはわかるけど。」 「そんなこというものじゃないよ、それよりもアスカはいいの?」 「なにが?」 「いや・・・アスカ、加持さんのこと好きだったから。」 シンジは言いにくそうに、アスカに目を背けて言った。 「まあね残念だけどさ、ミサトをもらってくれる人なんて加持さんぐらいしかいないから、 しょうがないから譲ってあげたのよ。」 そっけなく答えるアスカ、そんなしぐさがおかしかったのか思わず笑ってしまうシンジ。 「あっ、なに笑ってるのよー、そういうシンジだってミサトがいなくなってさみしく なるんじゃない?このあいだだってシンジ泣きそうな顔してたじゃない。」 ミサトに引っ越すといわれたあの日、シンジはさみしさで一人部屋に閉じこもって しまった。第三新東京市に来て無理矢理住まわされたミサトのマンション。はじめは ミサトのガサツさにあきれていたシンジもミサトという同居人がいたことで、昔のような さみしさもなく、密かに感謝していたのだった。アスカに痛いところをつかれ、とたんに 顔を赤くするシンジ。 「アハハハハ、真っ赤になっちゃって、バカシンジ!」 「う、うるさい!」 シンジも真っ赤になって抵抗するが、ただの照れ隠しにしか見えない。 笑いの止まらないアスカに怒っていたシンジも、いつのまにかそんな気もうせ、 いっしょに笑い出していた。 「アハハハハ」「アハハハハ」 こんな二人の笑い声も数年前には見られなかった、使徒との戦いで傷付いた二人の心も 次第に癒えていったのだろう。 「気持ちよくさ、祝福しようよ。」 ようやく笑い終えたシンジが、アスカに言った。 「そうね、そのためにもいいスピーチしないといけないんだけどなー。」 アスカは机に向き直ると頭を抱えながら、真っ白な紙を睨み付ける。 「なに言ったらいいのかわかんないのよねー。どうしたら良い、シンジ?」 「僕に言われてもわかんないよ。」 シンジもアスカもスピーチなどやったことがない。いつも一緒にいた人物にいまさら スピーチするというのも、どこかむずがゆい気がして、アスカもこれといった言葉が 思い浮かばなかった. しばし沈黙の後,やっとシンジが口を開いた. 「あのさ、やっぱりこれからはいつでも会える訳じゃないからさ、なにか言っておきた かったことなど言うのはどうかな。」 「結構私ミサトにいろいろ言ってるわよ、今更そんなの無いわ。」 あっさり却下されたシンジの言葉、シンジもそれ以上はないのか、再び沈黙に帰る。 「シンジは、何かするの?」 アスカがシンジに聞く。 「うん、やっぱりチェロ弾こうかなって思うんだ。できるものっていったら これしかないしね。」 「へーいいじゃない、ミサトたち喜ぶわよ。」 アスカは一度シンジのチェロを聞いたことがあった。さすがに小さいころから やっていたというだけあってうまく、アスカがシンジを少し見直すことができたものの 一つだった。 「だといいんだけどね。」 照れ隠しにシンジがつぶやく、しかし彼の心の中では必ずミサトたちを 喜ばせようという気持ちが、密かに隠れていた。 「練習してるの?最近チェロの音なんて聞いてないけど。」 「うん、公園でやったり、音楽室使わせてもらったりしてて、 夜は練習してないんだ。だってうるさいとアスカ集中できないでしょ。」 その理由も確かにあったが、やはりまだ、人前で弾くのは少し恥ずかしいので こっそりやっていたのも事実だった。 「いいのにー、別にシンジのチェロ迷惑じゃないわよ。シンジの部屋で堂々と 弾きなさいよ、遠慮すること無いわ。」 シンジのチェロが聞けなかったことに少し残念がるアスカ、と同時にこういう ところがシンジらしいなと思った。 「じゃあきょうは部屋でも練習するよ。」 「そうしなさいよ、そうと決まったら今すぐ練習!さっさと自分の部屋いきなさいよ。 あたしもこれ書かなきゃならないんだからさ。」 そういうとアスカはシンジを部屋からおいだした、シンジもしぶしぶ自分の部屋に 入っていった。 アスカは机に戻ると、少しさめた紅茶を口に運び、またペンと格闘し始めた。 しばらくしてシンジの部屋から、チェロの音が聞こえてきた。アスカは静かに 耳を傾ける。けっして楽しい音楽ではないが、チェロは落ち着きのある低い音を 出し、心が癒されるような感じを聞くものに与えた。アスカも、たまにはこんな 曲も良いかな、などと思いながら、スピーチを考えていく。 「言っておきたかったことか・・・・」 先ほどのシンジの言葉を思い出す。頭の中でその言葉が繰り返し現れると、 アスカは少し真剣な顔になり、ゆっくりとペンを動かし始めた。 深夜。シンジはトイレにいくため起きて部屋を出た。途中アスカの部屋の 前を通ると、すきまから光がもれていた。アスカがまだおきているのかと そっと部屋を覗くと、アスカは机にうつ伏せに寝ていた。シンジは部屋に入ると アスカを起こそうかと思ったが、気持ちよさそうに寝ているのを起こすのも 悪いと思い、ベッドのシーツを持ってきてそっとアスカにかけてあげた。 寝ているアスカの側にスピーチの原稿らしきものが置いてあったが、 ドイツ語で書かれていたためシンジは読むのをあきらめる。 「おやすみ、アスカ。」 部屋のあかりを消し、そう言ってシンジはアスカをおこさないようにそっと ふすまを閉めた。 結婚式当日。ネルフ内はいつもの張り詰めた空気もなく、全体的に穏やかな雰囲気に 包まれてた。きょうのネルフは結婚式のために仕事はいっさいなし。碇ゲンドウのみが 委員会の会議ために欠席した以外は全員出席している。 「ほらシンジ!ボケボケっとしてないで早く席つきなさいよ。」 シンジは前日の設営の準備が遅れ、つい先ほどまで作業していた。アスカは 家でスピーチの練習をしていた。きょうの二人の服装は、シンジが紺のパンツに 黒のシャツ、ネクタイをして黄土色のジャケットを羽織っている。地味だがシンジの 精一杯のおしゃれ。 アスカは、真紅のワンピースに同じ色の肘まである手袋。髪飾りも いつものヘッドセットはやめて二個赤玉のついたゴムをいつものように左右につける。 靴も赤のハイヒールで、薄い口紅もひいていた。ともすればミサトより目立つかも しれないアスカの横に、シンジはそわそわしっぱなしだった。 「スピーチのほうは大丈夫なの、アスカ?」 「もっちろん!客を笑いと感動の渦に巻き込んであげるわ。」 スピーチの主旨と少し違うとシンジは思ったが、アスカを怒らせるのもいやなので 黙っていることにした。 結婚式は冬月コウゾウが仲人、日向マコトの司会で進められた。ネルフ内でミサトの 結婚を多いに喜んでいる一人に冬月がいるだろう。セカンドインパクトの後、失語症に 陥ったミサトの姿を冬月は見ていた。その後、人一倍陽気な性格となってネルフに入った ミサトに苦笑しながらも、その活躍ぶりを密かに見守っていた。そして今回の結婚、 一度地獄を見たミサトに幸せが訪れるその舞台に冬月は快く仲人を引き受けたのだった。 式場は内輪の結婚式らしく、堅苦しい形式もなく和やかな雰囲気で進んでいった。 マコトの告白話やシゲルのギターのワンマンショー、リツコの少し危ない二人の 馴れ初めの暴露、加持がネルフ内でナンパした女性オペレータ三人による 「てんとう虫のサンバ」など会場は終始笑いが絶えなかった。シンジのチェロも ミスすることなく完璧に演奏し終えることができた。ネルフの職員はシンジがチェロを 弾くことができるなど知らなかったので、驚きと感心の目で拍手を送っていた。 「シンジ、完璧じゃない!」 席に戻ったシンジを真っ先にアスカが誉めた。シンジはアスカに誉められるのが 照れくさいのか、少し顔を赤らめる。 「ありがとう、緊張のしっぱなしだったよ。」 シンジは倒れ込むように椅子に座った。 「そんな風にはみえなかったわよ、結構見直しちゃったな。」 「そ、そう?」 「うん。」 アスカにいわれて少し自信のついたシンジだった。 「えーそれでは続きまして、シンジ君と同じくミサトさんと同居していました、 惣流・アスカ・ラングレーさんにお祝いの言葉お願いします。」 司会のマコトが今度はアスカの名を呼ぶ。 「今度はアスカの番だよ、がんばって。」 お返しとばかりにシンジはアスカによびかけた。 「まかしてよ、シンジなんかに負けないから!」 笑いながら、席を立つアスカ。緊張のかけらも見えないほどの自信がみなぎっていた。 マコトからマイクを受け取ると、元気いっぱいにスピーチを始める。 「まずは、ミサトに加持さん結婚おめでとう!まー実を言うと私も加持さんのこと 気に入っててね、私が本気を出せば加持さんなんてイチコロなんだけど、ぐうたら ミサトをもらってくれる人なんて加持さんぐらいしかいないから、しょうがないから 加地さんはミサトにくれてやるわ。」 どっと笑いが起こる会場、反対にミサトはうらめし顔でアスカを見る。 アスカにしてみれば、これでつかみはOKといったところだろう。 「加持さん、ミサトのこと頼んだわよ!もう結婚するんだから、ほかの女に色目 使わないでミサトだけを見てやるのよ、わかったわね!!」 命令口調で加持を指差すアスカ。加持は苦笑しながらも軽く片手を上げ、 承諾したようである。 「それからミサト、ミサトにはいっておくことがあるのだけど・・・」 そういってミサトのほうを見るアスカ、そしてミサトと目が合ったとき、 アスカの中に変化が起こった。 会場はアスカの次に出てくる言葉を待っていたが、アスカはミサトのほうを向いたまま 固まったように動かない。 「あ、あの・・・え、と・・・なんだったかな・・・」 照れるように少し笑うアスカ。しかしその笑顔は誰が見てもわかる作り笑いだった。 その作り笑いもあっという間に消えてしまうと今度は小刻みに震え出した。アスカは その震えを押さえようにも押さえられなかった。やがて周りの人間達もアスカの状態の 異変に気づき、心配そうにアスカを見る。 アスカはミサトをじっと見詰めたままで黙ったままでいた、 いや口は僅かながら動かしているが、声がでていなかった。 「・・・・・・・・」 唇は痙攣したようになり、足もがくがくと震え出し、アスカ自身もこんな自分に なっていることが信じられなかった。考えていたスピーチは完全に覚えている、 覚えているはずだった。なのにいざ声に出そうとしても出ないのだ。緊張している のではなかった。また別の感情がアスカのなかを支配していた。アスカはできるだけ 自分を落ち着けて再び口を動かした。 「あの・・・ミサトに言わなきゃいけないことが・・・」 必死で声を絞り出しても、ミサトの顔を見るとこれ以上言葉が出なくなってしまう。 アスカはついにうな垂れてしまい、目からあふれた涙が新調したドレスにしみを作った。 アスカの伝えたかったこと・・・ 日本に来たばかりのアスカにとって、知り合いといえば同伴した加持と、 ミサトだけだった。加持はともかく、アスカがもつミサトの印象といえば、ただ うるさいだけの人だった、周囲の人間には人気はあったが、アスカにはミサトの人に 対する接し方はわざとらしいように見えて気に入らなかった。だからアスカがミサトの 家にいくことになったのも、任務だからであって、ミサトがすすんでアスカを家に 住まわせているとは思わなかった。 しかし、使徒もせん滅したあとの生活でアスカの気持ちが次第に変っていった。 それはアスカがいままで受けたことの無かった母親の愛情をミサトから感じるように なったからである。これはミサトがチルドレンを監視するという必要が無くなり、 シンジやアスカを普通の子どもとして接し始めたことも原因の一つだろう。いつも 一人だったアスカは始めてミサトという母を得たのだった、ただアスカはミサトに 甘えるのが恥ずかしいのか、反抗期の子どものような態度しかミサトに見せられ なかったが。それでも心の中ではミサトに感謝していた。 自分の求めていたもの。 ミサトがいて、シンジがいて、ペンペンがいて、 家族があって、そしてその中に自分がいて、自分は一人じゃないんだということが わかったとき、何でも一人でするという重圧からアスカは開放された。初めて自分を 見せることができたことに感謝し、そして悪態をついてきた自分を、やさしく 見守っていたミサトに対して申し訳なく思っていた。 だからアスカは自分の気持ちを伝えたかった。 この結婚式でミサトに言いたかった。 「ごめんなさい」と・・・ あやまりたかったのだ。 しかし、ミサトの顔を見たとき、 今までのことがフラッシュバックしてよみがえり、 ますます感情が高ぶってしまい、 その気持ちに胸がいっぱいになってしまい、今にもはちきれそうになっていた。 その気持ちを押さえるのに必死で、声が出なかった。 皮肉にも伝えたい気持ちによって、言うことができなかった。 しかし、この時を逃せばもう言えないかもしれない。 まだ家族であるうちに伝えたい。 そう思ったアスカは、再びミサトのほうに向き必死に声を絞り出す。 「ミサト・・・」 流れて落ちる涙も拭かず、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。 「ミサト・・・・・・・」 声も震え、涙声になってしまった。 「本当に・・・・・・・」 破裂しそうになる胸を必死で押さえつける。 「本当に・・・・・・・・・・・・・」 伝えたかった言葉を必死に頭の中で探しだし言葉にして声に出す。 「おめでとう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 しかし、アスカの口からやっと出せた言葉は伝えたい言葉ではなかった。 アスカはこれ以上声を出すことができずうな垂れると、マイクを持っていた手も 力なくおろされた。 最悪のスピーチ アスカは思った。 飾りもなにもない、ありきたりの言葉。 一週間もの間考えつづけたスピーチも言えなかった。 なにより、大切なことを伝えられなかったことが、 アスカには悔しくてたまらなかった。 せっかくの結婚式を自分がだいなしにしてしまった。 現に会場は水打ったように静かになってしまい、誰一人として声を発しない。 自分のせいだ。 アスカは自己嫌悪に陥る。 こぼれ落ちる涙も、悔しさの涙にかわっていた。 ミサトに申し訳ないことをした。いつまでたっても自分は迷惑をかけてしまっている。 ミサトの晴れの舞台まで・・・ もう・・・自分が嫌になるわ。 アスカはずっとその場で自分を責めつづけていた。 その時 「ワーーーーーーーーーーーーー!!」 いきなり会場に割れんばかりの拍手が起こった。 アスカは、はっと顔をあげた。 今までの沈黙とは正反対にうるさいくらいで、両手を上に挙げて拍手するもの、 席から立ちあがって拍手するもの、泣きながら拍手するものなど、すべての人々が 拍手をしていた。 そしてその拍手はすべてアスカに向けられていた。 アスカは自分の目の前で何が起こっているのかさっぱりわからなかったが、 拍手されている自分がなぜか恥ずかしくなり、急いでおじぎをすると、 マイクをマコトに渡して足早に自分の席に戻る。 席に戻る間も拍手は鳴り止まず、席についたとき、やさしそうに微笑みを 浮かべているシンジを見た。何がなんだかわからないアスカは、シンジを 引っ張ると会場の外に引っ張っていく。 「ちょっとどうしたのアスカ!」 アスカはシンジの問いには答えず、会場の外に引っ張り出した。 会場を出たときにやっと手を開放されたシンジはもう一度問う。 「どうしたのアスカ?」 アスカは目に溜まっていた涙をぬぐうと、シンジのほうに振りかえる。 「どうしてみんな拍手なんかしてるわけ!」 アスカは怒鳴るように言った。 「それは・・・アスカのスピーチが良かったからじゃないか。」 シンジはそう答えた。ほかの人の気持ちは分からないが少なくとも 自分はそう思ったからだ。 「私何にも言ってない!」 アスカはますますわけがわからなくなった。さっきの自分のスピーチが 良かったなどと到底おもえなかったからだ。 「シンジも知ってるでしょ!私が必死で考えたスピーチの10%も言ってないこと。」 「確かにそうだけど、アスカの気持ちはあれだけで十分に伝わったよ。」 「嘘よ、ただ・・ただおめでとうって言っただけじゃない。」 「アスカはいいスピーチがしたいから、引き受けたの?」 「ちがうわよ、ミサトを祝ってあげようと思って、 だから必死にスピーチ考えたんだから。」 「確かにそうだね。でもアスカ、気持ちは言葉でしか伝わらない訳じゃないんだ。 声にださなくっても、その人が怒っていたり、悲しくなってることがわかるだろ。 あの時のアスカの気持ち言葉に出さなくってもわかってたよ。アスカの涙、声、 表情、その全てがアスカのミサトさんに対する気持ちを映していた。だからみんな 感動してアスカに拍手送ってたんだよ。」 シンジの言葉を聞き、アスカは呆然となる。シンジにもわかってしまうほど自分は 泣いていたのだろうか、震えていたのだろうか、少し恥ずかしかったが、 伝わったことはほんとの気持ちだったので、よかった。 「ミサトもそう感じてくれたのかな・・・?」 つぶやくようにアスカが言った。まだアスカには自分のしてしまったことにまだ 嫌気が差していた。 「もちろんだよ、アスカ見てなかったの?ミサトさんも涙流していたの。」 「見てなかったわ・・・・そうだったんだ。」 あの時のアスカは気が動転していてミサトを見る余裕など無かった。 ミサトにも同じように伝わったんだと安堵感を覚えるアスカだったが、 まだ満たされない気持ちがあった。 「でも・・・ミサトに言わなきゃいけないこと、私言ってない。」 まだアスカはミサトにあやまっていなかった。 「シンジどうしよう、あたしこのままミサトと別れるのやだよう。」 アスカはまた泣き出してしまった。シンジもこれ以上言葉が見つからないのか、 ただアスカを見つめることしかできなかった。 その時、式場の扉が開いた。 「ミサトさん!どうしたんですか?」 「!」 式場から出てきたのはミサトだった。 「お色直しよ、これからウエディングドレスに着替えるの。」 後ろから加持も出てきた、彼もいっしょに着替えるらしい。 「ミサト!」 アスカはシンジをどけるとミサトの前に駆け寄ってきた。 アスカは最後のチャンスだと思った。今言わなければもう無理だと思った。 「ミサト・・・私・・・私ね・・・・・!」 必死にミサトに言おうとするが、また気持ちが先走り、言葉が出てこない。 くるしい、くるしい、くるしい・・・・ 目からは涙があふれ、体も小刻みに震えだす。 もうこの苦しさに耐え切れないと思った時、 アスカの体を暖かいものがつつんだ。 「!」 ミサトがアスカを抱きしめたのだ。 「アスカ、ありがとう。アスカの言葉、とってもうれしかった。 あたしアスカのためになにもしてやれなかったなって思ってたから、 アスカあたしのこと嫌ってるって思ってたから、 おめでとうって言ってくれてとてもうれしかった。 保護者失格よね、最後までアスカの気持ちわかってなかったわ、 ごめんなさい。」 ミサトの顔には大粒の涙があふれていた。 ミサトの言葉にアスカは涙が止まらなかった。 悪いのは私なのに、 甘えていたのは私なのに、 あやまらなきゃいけないのは私なのに。 抱きしめられたアスカの目の前にはミサトの胸があった。 かすかに心臓の鼓動が聞こえる。アスカはミサトの胸に顔をうずめ、 必死で鼓動を聞き取ろうとした。赤ん坊が母親の心臓の音で安心するように、 アスカもまたミサトの鼓動で心を落ち着けようとした。そしてしばらく鼓動を 聞いたあとゆっくりと顔を上げ、精一杯の力で言葉を紡ぎ出した。 「ミサト・・・ごめんなさい・・・」 「アスカ・・・・」 「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい! ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい! ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」 堰を切ったようにアスカは言い続けた、何度いっても言い足りないのか、 アスカは言葉を止めようとしない。ろれつが回らなくなっても、呼吸困難になっても 苦しくなっても、むせ返っても、アスカはやめなかった。まるで自分を責めて いるように。ミサトはアスカの顔をむりやり胸にうずめ、アスカを黙らせた。 「もういいから・・・・もういいから。」 「うっ、うっ、うっ、うわーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」 胸の中に顔をうずめたアスカは大声を上げて泣き出した。 子供が母親にすがり付いて泣くように。ミサトのドレスはアスカの涙で ぬれてしまったが、そんなことはかまわずアスカを一生懸命抱きしめた。 おたがい今までしてやれなかったことを、したかったことを、取り戻すかのように もとめあった。 そして二人は本当の家族になった。 会場内は暗くなり、ドアが開くとお色直しを終えたミサトと加持が、 スポットライトを浴びて登場した。二人はテーブルごとに置かれたキャンドルに 火をつけていく。祝福を受けながら各テーブルにいく二人は照れながらも幸せそうな 顔をしていた。 「いいわねー、私もあんな結婚してみたいなー。」 さっきとは違い笑顔いっぱいのアスカはうっとりと二人を見ていた。 やがてアスカのテーブルの番になりミサトと加持がテーブルのキャンドルに 火をつけた。 「二人ともおめでとー!」 アスカは拍手で二人を迎える。 「ありがとアスカ、アスカの結婚式のときには、私たちも読んでね。」 「もちろんよ、今度はミサトにスピーチ頼んじゃうから。」 「んーそれは勘弁してほしいわ。それよりもアスカ、シンジ君と仲良くするのよ。 なんせ未来のだんな様になるんだからね。」 その言葉でシンジとアスカは真っ赤になる。 「な、なに決め付けてるのよ!なにを根拠にそんなこというわけ!」 「いやーもしそうなったら祝儀半分ですむなーっておもって」 こんどはあきれる二人。 「まっ、これからは二人っきりになるんだから、助け合って生きるのよ、 それが家族なんだから。」 「わかったわよミサト。さっさとほかのとこいって火ぃつけてきなさい。」 「はいはい。」 ミサトはアスカに小さくバイバイするとほかのテーブルへ向かった。 「助け合っていきるのが家族か、自分は出ていっちゃうのにね。」 ミサトの言葉を理解しながらも、少々なっとくいかないアスカだった。 「うん、でもミサトさん達はこれから新しい家族を作るんだよね。」 「そっか、新しい家族か・・・。」 「ミサトさんが子供を産んで、その子供が結婚してまた家族をつくって、 その時に家族の一員が減るかもしれないけど、それは家族を増やすためだから、 よろこばなきゃいけないことなんだよ。」 「ふーん、あんたもたまには言いこというじゃない。」 「そ、そうかな。」 「たまにだけどね。」 「ちぇっ。」 「フフフ」 「ハハハ」 シンジとアスカはミサト達を見る。いつか自分にもこの時が訪れる、 そのときやはりシンジと、アスカと離れてしまうのだろうか。 家族を増やすためとは言え、その時が訪れることを少しさみしく思っている二人がいた。 「ねぇ。」 不意にアスカがシンジに問い掛ける。 「なに?」 「私達って家族だよね。」 「そうだよ。」 「でも、名字はぜんぜん違うのよね。」 「そうだけど?」 「家族なのに、ちがうのって変だよね?」 「アスカは・・・・いやなの?」 「ううん・・・良かったかなって。」 「なにそれ、意味がわかんないよ。」 「・・・わかんなくっていいわよ。」 「へんなの。」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・僕も・・」 「なに?」 「違ってて良かったかなって思うけど・・・」 「ふーん、へんなの。」 「へんな家族だね。」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・ねえ、乾杯しない?」 「・・・・いいけど、なにに?」 「ミサトと加地さんに」 「うん。」 「・・・それと。」 「それと?」 「へんな家族に。」 「・・・・うん。」 「じゃあ・・・乾杯。」 「乾杯。」 チン 二人は静かにグラスを当てると、お互いの顔を見合わせながらゆっくりと飲み干した。 それは一つの儀式、そして一つの約束。 いつかこのへんな家族が普通の家族になれるのか? それはまた別のお話である。
〜Fin〜

ゆきうらのあとがき 1周年おめでとうございます!\(^o^)/ インターネットを初めて僕ももうすぐ1年になりますが、僕のインターネット生活は、 takeoさんとともにあったと言っても過言ではありません。いや、マジで。 自分が小説を書くなんて1年前には考えられないことだったのですが、 とても楽しいので、takeoさんには感謝しっぱなしです。 これからも1ファンとして見ていきますので、がんばってくださいね。 さて今回の小説、重いです(^^; もうちょっと自分のボキャブラリーが豊富ならもっと説得力のある物が書けるんでですけども。 今の時点ではこれが限界ですね。 ここを読んでるってことは、もう小説を読まれているはずなので、 長いですが読んでくださってありがとうございました。 最後にもう一度 takeoさんおめでとうございます!\(^o^)/ ではまた。







takeoのコメント

ゆきうらさんに、1周年記念投稿を頂きました!
本当にありがとうございます。

さて、本作品ですが…
とても、暖かいお話ですね。

ミサトと加持の結婚式。
そのスピーチをアスカがすることになったわけですが……。
そうですね、これ以上のスピーチはなかったでしょう。
アスカの気持ち、そしてミサトの気持ちが溢れていて、本当に良いお話でした。
そしてその後に、アスカがミサトの胸で泣き出すシーンは、こちらももらい泣きしそうでした。

最後のエピソードがまた、いいですね(^^)


思えばゆきうらさんにはお世話になりっぱなしです。
いつもメールを頂いておりますし、投稿も今までに2本、頂きました。
今回が3本目ですね。
とても嬉しく思っています。

それにしても、ゆきうらさんは本来レイファンな筈なのに、書いているものはアスカものばかりですね(笑)

それはさて置き(笑)、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします(^^)/



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ゆきうらさんへのメールは ゆきうらさん [yukiura@mb.infoweb.ne.jp]






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