「雨の日って、別に嫌いなわけじゃないんだけど・・・。」

彼女は、スーパーで何か買い物でもして来たのだろう。

明るいカンジの服装の彼女は、ビニール袋を片手に持っていた。

それからは、長いフランスパンが顔を出している。

そこまでは、なんでもない。

よくあるシチュエーションだ。

ただ・・・。

ちょっとだけ普通と違う所があったとすれば、それは、彼女の標準を遥かに越 えた容姿と、

「なんでいきなりこんな土砂降りになるのよ・・・!!」

彼女が、カサも持たずに土砂降りの雨の中を走っている事だったかもしれなか った。

とにかく、彼女は、雨に濡れてもつれるスカートに足を取られながらも、ひた すら走っていた。


"... with Asuka."


「うわ、大変だ!!」

シンジは、いきなり降り出した雨を見て、ベランダに干してあった洗濯物を取 り込んだ。

ここは、シンジの部屋。

シンジが、数ヶ月前から独りで住みだした部屋だった。

それまでは、ミサトさんとアスカと一緒に住んでいたシンジだったが、ミサト さんが結婚する事になって、出て行かざるをえなくなった。

そこで、シンジはこの部屋を借りた。

ミサトさんとアスカも、バラバラになってはしまったが、二人とも同じく第3 新東京市に住んでいる。

だから、会おうと思えばいつでも会えた。

淋しくはなかった。

だって・・・。

「ふう・・・。あんまり濡れなかったみたいだ。よかった・・・。」

シンジは、洗濯物を全部取り込むと、一息ついた。

「でも、昨日梅雨明け宣言したばっかだっていうのに、この土砂降りはないよ な・・・、ホント・・・。」

恨めしそうな目で外を見ながら、シンジは独りつぶやいた。

そして、また一つため息をつくと、脱衣所に取り込んだ洗濯物をかけた。

もうほとんど乾いている物も中にはあったが、それだけを選り分けて取るのも、 なんだかばかばかしいような気がしたから、みんな一緒にかけておいた。

「あーあ・・・。こんな土砂降りじゃ、今日はずっと家に居ようかな・・・。」

そう言って、腰を降ろそうとすると、

ピンポーン、ピンポピンポーン・・・!!

ドアの呼び鈴がけたたましく鳴った。

なんだかすごい勢いだ。

「はーい・・・。」

そのドアベルの勢いに、ちょっと気圧されながら、シンジはドアを開けた。

すると、そこには、

「アスカ・・・!?」

アスカが立っていた。

しかし、その姿は哀れにも濡れ濡っている。

髪や、手に持っているビニール袋からは、水が滴り落ちていた。

「どうしたのアスカ!? 早く上がって!!」

濡れネズミ状態のアスカに驚いたシンジは、アスカを急かせた。

「『どうしたの』、じゃないわよ!! 梅雨は明けたんじゃなかったの!? ま ったく・・・!!」

アスカはプンプンだ。

こうなると、手がつけられない。

それがわかっているシンジは、アスカから荷物を受け取ると、

「話は後で聞くから、シャワーを浴びちゃいなよ。そのまんまじゃ風邪ひいち ゃうから。」

そう言って、アスカを促した。

アスカは、

「もちろんそのつもりよ!!」

と、ちょっとイラついた声で言うと、かって知ったル他人の家、といったカン ジで(なんでだ?)、脱衣所に向かった。

そして脱衣所から、

「コーヒー。入れといてよ。」

と、シンジに声をかけた。

「入れとくよ。」

シンジが答える。

一瞬の間をおいて、アスカが扉からひょっこりと顔だけ出した。

シンジが、

「・・・?」

疑問符を浮かべてアスカを見ると、

「インスタントじゃダメだかんね。」

アスカはそう言って、シンジをにらんだ。

シンジが、

「わかってるって。」

と、手を振って見せると、アスカは顔を引っ込めた。

シンジは、そんなアスカの調子に苦笑しながらも、

「さて、コーヒーを入れようかな。」

キッチンに向かった。

が、しかし・・・。

「あっちゃぁー・・・。これはこれは・・・。」

シンジがキッチンで見つけた物は、空っぽのコーヒー缶だった。

「こまったな・・・。」

本当に困った、という顔をして、シンジは腕を組んで考える。

まあ、考えると言っても、出て来る答えは一つしかないんだけど・・・。

シンジは、

「はあ・・・。」

一つため息をつくと、脱衣所にいるアスカに声をかけた。

「アスカ・・・! ボクちょっと近くのコンビニまで行って来るよ。上がった ら、ここに着替え置いとくから、これ着といて。」

そう言って、スウェットを置く。

そして、カサを持って、土砂降りの中を一路コンビニへと向かった。

「うひゃー・・・。ひどい雨だった・・・。」

ぶつぶつ言いながら、シンジが帰って来た。

手には、コンビニの袋を持っている。

部屋に、シャワーの音はしていない。

アスカはもう出ているようだった。

「アスカー・・・? もう上がってるの・・・?」

そう言いながら、シンジはキッチンのテーブルにコンビニの袋を置いた。

すると、

「こっちよ、シンジ・・・。」

奥の方からアスカの声が聞こえる。

あっちは、シンジが寝てる部屋の方だ。

『あっちか・・・。』

とか思いながら、シンジはコーヒーを沸かした。

そして、マグカップ二つにコーヒーを入れて、部屋に行く。

「はい、アスカ。コーヒーお待たせ・・・って・・・えぇ・・・!?!?」

そこでシンジを待っていたのは、用意しておいたスウェットでなくて、シンジ のワイシャツを着て・・・。

というか、シンジの大きめのワイシャツだけを着て、ベッドの上にちょこん、 と座っているアスカの姿であった。

白いワイシャツの胸元から覗く、白い素肌がとてもまぶしい。

シンジは、声を失っていた。

でも・・・。

「脱衣所に干してあったのを借りちゃった・・・。」

両手にマグカップを持ったまま、呆然と突っ立っているシンジに、アスカはペ ロッと舌を出した。

「いけなかった・・・?」

まさに小悪魔的な笑みだった。

特に、袖の先を、ちょん、とつかんでいるところなんか、ツボをつかんでいる。

(なんのツボだ?)

シンジは、

「そ・・・、そんなことないよ・・・。」

と言うのが精一杯だった。

「ほら・・・。なにをボサボサっと立ってるのよ。はい、コーヒー頂戴。」

「う、うん・・・。」

アスカに急かされて、シンジは、コーヒーを手渡して自分もベッドに腰掛ける。

第三者から見ても、シンジがガチガチに緊張しているのが知れただろう。

そんなシンジに、

「ねえ、シンジ・・・。」

アスカは声をかけた。

「え、な、なに・・・。」

シンジの声は、やはり緊張を隠せなかっただろうか。

「雨音が聞こえるわね・・・。」

「う、うん。そうだね・・・。」

アスカの言葉の意図が、シンジには良くわからなかった。

でも、アスカがそう言うから、シンジはそう答えて、雨音に耳を傾けた。

雨音は、時には規則的に。

時には不規則に、その音を伝えた。

その自然の調べは、アスカの言った事の意味の良くわかっていなかったシンジ の胸にも深く浸透してきた。

だから・・・。

「ねえシンジ・・・。」

アスカが、

「チェロ・・・、聞きたいな・・・。」

と言った時も、

「うん。」

と、

素直に、

自然に、

うなずけた。

そして・・・。

雨音は、バッハの調べとなって、二人を包んでいった。

「うん。雨の日って、悪くないわ・・・。」

おしまい


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