「雨の日って、そんなにキライじゃないんだけどな・・・。」

教室の窓の外を見ながら、つぶやいた。

そこには、今し方降り出した雨が、しとしとと降っているのが見えた。

今は梅雨。

紫陽花とカタツムリの季節だった。


"... with Hikari-chan."


ヒカリのつぶやきは、アスカが、雨の降り出した時に言った、

「えぇーー・・・!! また雨ぇぇ・・・。もう、雨なんか大っキライ!!」

に答えたものだった。

「ヒカリ、本気!? アタシは、頭までカビがはえそうでもういやよ・・・。」

そんなアスカの意見ももっともだ。

なにせ、今は梅雨真っ只中。

連日、雨が降り続いているのだったから。

それが、今朝は久しぶりの晴天。

久しぶりに拝む事の出来た太陽に、軽いステップを踏みながら、喜び勇んで登 校して来たのだった。

それが、いきなりまた雨が降って来てしまったのだ。

しかも、降って来た時も悪かった。

なにせ、みんな、ちょうど下校の準備をしていたところだったのだから。

「まあ、アスカの言う事もわからなくは無いけど・・・。でも、雨の日って、 情緒があっていいじゃない。それに、雨の降った後は、空気が綺麗なのよ・・・。」

自分のシンボルとも言える太陽が隠れてしまってプンプンのアスカに苦笑し ながらも、ヒカリは、外に降る雨を眺めていた。

だが、どうやらヒカリの意見は小数派だったようで、同じ教室の中にもう一人、 雨に嘆いている者がいた。

「なんや、雨やと・・・!!」

と、驚きの声を上げたのは、このエセ関西弁でもわかるとおり、鈴原トウジ、 その人だった。

「どうしたんだよトウジ・・・。」

「そうだよ、いきなり大声上げて・・・。」

と、口々に言うのは、こちらもいわずと知れた、3バカトリオのお仲間。

シンジとケンスケの二人だった。

二人とも、いきなり大声を耳元で聞いてしまったせいか、少し顔をしかめてい る。

だが、

「わし、カサ持って来てないんや・・・。」

とのトウジの一言に、

「・・・。」

「・・・。」

一瞬、唖然としてしまった。

なぜって、この梅雨時に、いくら朝は雨が降っていなかったからといって、カ サを持って出ない人がいるとは・・・。

ちょっと、信じられなかったに違いない。

そして、それを向こうで聞いていたアスカが、

「ホント、3バカトリオは健在ね・・・、バカばっか。」

と、お決まりの台詞を言った。

今回の台詞は、いつにも増して実感がこもっている。

心の底から、バカにしているようだ。

トウジも悲惨な奴・・・。(笑)

でもまあ、この台詞が聞こえていないだけマシかもね。

それはともかくとして、

3バカトリオの面々の会話は続いていた。

「シンジ、ケンスケ・・・、入れてってくれや。」

拝むようにしているトウジに、二人は、

「別にかまわないよ。」

「これ、一つ貸しな・・・。」

とかとか、言っている。

トウジは、

「いやー。持つべきもんは、友達やなあ・・・。」

とか言いながら、ウンウンうなずいて、三人で教室を出ていってしまった。

そんな3バカトリオを見送るともなく見送ったヒカリとアスカだった。

だったのだが・・・。

「あれ・・・? 今日って・・・?」

アスカは帰り支度を終えると、ちょっと考え込むようにあごに手をあてる。

そして・・・、

「今日って、本部に行かなくちゃいけない日じゃないの!! シンジったら、 忘れてんじゃないの・・・!?」

そう、今日はチルドレン三人とも、本部に行かなければいけない用事があった のだ。

アスカは、

「ゴメン、ヒカリ。そういうわけだから、アタシ行かなきゃ・・・!!」

ヒカリに向かって両手を合わせる。

ヒカリも、こんなのはいつもの事なので、

「いいのよ、いってらっしゃい。」

と、微笑みながら手を軽く振る。

「じゃあ!」

の一言を残して、アスカは教室を駆け出していった。

今ならまだ、公舎内でシンジに追い付けるはずだったから。

教室には、微笑んだままのヒカリだけが残された。

「シンジ・・・!!」

シンジが、この大声を耳にしたのは、彼が、下駄箱から靴を出そうとしていた 時だった。

その声にシンジが振り向くと、そこには、怒った顔のアスカがいた。

「アスカ・・・、どうしたの、そんなに慌てて・・・?」

呑気に、そして不思議そうに聞くシンジに、アスカは、

「どうしたの・・・、じゃないでしょ!! 今日は本部に行かなくちゃいけな いの、忘れたの・・・!!」

いつもの調子で叫びながら、シンジのおでこをコンコン、と突っつく。

シンジはと言えば、

「あ・・・!!」

と口を開けたままだ。

「やっぱり忘れてたのね。ホント、どうしようもないんだから。やっぱり、ア タシがいないと何にも出来ないのよね・・・。」

アスカは、そんなシンジに向かって胸を張りながら、いつもの調子で独りごつ。

ちょっと言い過ぎのような気がしないでもなかったが、シンジ自身も、

「うん、ありがとう。」

などと、にこやかに言っているのだから、あんまり気にもしていないらしい。

アスカはアスカで、にこやかに微笑むシンジの笑顔に毒気を抜かれたのか、な んだか顔を赤くしてしまっていた。

そんな二人のやり取りを聞いていた、3バカトリオ・マイナス1が、

「「平和だねぇ(やなぁ)・・・。」」

と、ため息をついていたのに、シンジとアスカは気付いていなかったようだ が・・・。

さてさて、そんな状況下で、アスカより後に教室を出たヒカリが追い付いてき た。

「アスカ、まだいたの・・・?」

なんだか顔を赤くしてシンジと向き合っているアスカに、そう言いながら、後 ろから、ポン、と肩に手をあてた。

アスカは、どこかに意識が行ってしまっていたのか、

「・・・!!」

ちょっとびっくりしたようだ。

でも、

「ごめんなさい、驚かせちゃった?」

と、ヒカリが謝った時には、

「ううん。ちょっとボーっとしてたみたい。」

すぐに元に戻っていたから、本当にたいしたことはなかったようだ。

ただ、ヒカリの姿を見た瞬間、アスカの頭の中に何かがひらめいた。

「そういえば、相田ってば、何か用事があるんじゃなかったの・・・?」

そしらぬ顔をしながら、アスカは、そんな事を言い出した。

ケンスケは、アスカがいきなり振ってきたので、

「・・・?」

良く事態を把握してはいないようだ。

まあ・・・、この時点でアスカの行動の意味をわかっていたのは、アスカ自身 だけだったが・・・。

でも、アスカがケンスケに近寄って、もう一度、

「そうだったわよね・・・。」

と、妙なイントネーションをつけて言うと・・・、

「・・・ああ!! そうだったそうだった、夕方からちょっと出掛けなくちゃ いけなかったんだ・・・!!」

ケンスケは、ポン、と手を打った。

いかにも今思い出した、といったカンジだ。

でも、心の中では、クスクスと微笑んでいたかもしれない。

それは、言い出したアスカも同じ事だ。

ケンスケは、

「ありがとう惣流。しっかり忘れてたよ。」

と、アスカに声をかけると、今度は済まなそうな顔をして、

「そんなわけだから、悪いな、トウジ。」

そう、トウジに声をかけて、スタコラサッサ、とカサをさして下駄箱を離れて しまった。

ケンスケの素早い行動についていっていないトウジが、

「お、おい・・・。」

と、手を伸ばした時には、もうケンスケの姿は見えなくなっていた。

唖然としているトウジを尻目に、

「さあ、アタシ達も行くわよ。」

アスカは、さっさと靴を履きかえて下駄箱から出て行こうとする。

シンジは、トウジと同じ様に、ちょっと呆然としていたのか、一瞬の間をおい て、

「あ、ちょ、ちょっと待ってよ・・・!!」

慌ててアスカの後を追いかけた。

二人が外に出たところで、シンジは、

そういえば、トウジ・・・カサ・・・!!

と、思い出して後ろを振り返ろうとしたのだったが・・・。

振り返る途中で、もう一人の人物が目に入ってしまって、

「綾波・・・。」

トウジの事は、しっかり頭の中から消されてしまった。

可哀想な男だな、トウジって・・・。

レイは、下駄箱を出た所の軒下に、ぽつん、と立っていた。

シンジが、

「綾波、どうしたの・・・?」

そう、声をかけると、レイはシンジの方を向いて、

「カサ・・・。持ってきてないの・・・。」

それだけつぶやいた。

「シンジ!! ファーストなんかにかまってないで、さっさと行くわよ!!」

レイに話し掛けているシンジに気付いたアスカが、後ろで何か言っているよう だったが、そんな事は耳には入っていないようだ。

「カサ、忘れちゃったの?」

シンジが確認すると、レイは無言でうなずいた。

「じゃ、じゃあ。ボクのカサに入っていく?」

そう言って、シンジは自分のカサを開いた。

「シンジーー・・・!!!」

アスカが後ろで叫んでいるが、やはり、シンジには聞こえていないようだ。

レイも、アスカの声など耳に入っている様子はなく。

姿すら、見えているようでもなく。

ただ、シンジだけを見て、コクリ、とうなずいた。

レイがうなずくのを見ると、シンジは、

「じゃあ・・・。」

カサをさして、レイと二人、寄り添って歩きだした。

しとしとと降る雨の中、寄り添いながら歩いていく二人の姿は、かなり絵にな っていたのだったが・・・。

その後ろを、

「ムッキーーー・・・!!!」

とかなんとか叫びながら追いかけているアスカの姿に、本当に気付いていない のか・・・?

あの二人は・・・?????

さてさて、それはともかくとして、下駄箱には、唖然としたままのトウジと・・・。

そしてもう一人・・・。

こっちは、ちょっと頬を染めている、ヒカリだけが残されていた。

しかし、なんで彼女が頬を染めているかって・・・?

そりゃあ、アスカの意図がわかっていたからでしょう。

そんな親友の考えにも励まされて、ヒカリは、

「鈴原・・・。」

トウジに声をかけた。

ヒカリの声に、どこか遠くの方に行っていたトウジの頭も帰ってきたのか、

「イインチョ、いたんか・・・。」

ヒカリに振り向いた。

ヒカリは、

「よかったら、ワタシのカサに入って行かない・・・。」

努めて自然に自分のカサを見せた。

そのカサは、折り畳みで、しかも、やたらと可愛らしいカンジのカサだった。

それを見ると、トウジの顔が急に赤くなった。

どうも、その可愛らしいカサをさして、ヒカリと相合い傘で帰る光景が、一瞬 頭の中に浮かんでしまったようだ。

その考えを、頭を思いっきり振って振り払う。

『そんなこと出来るかい!!』

というのが、彼の頭の中での主張だったろう。

トウジは、

「こ、これくらいの雨、どうってことないわい!!」

と叫ぶと、ヒカリに背を向けて、玄関から駆けだ・・・。

ジャァーーー・・・!!!

・・・。

・・・。

・・・。

駆け出す事は出来なかった・・・。

トウジが下駄箱を出ようとした瞬間、物凄い勢いで雨が降ってきたのだ。

バケツをひっくり返したような・・・。

あるいは、天の水門が崩れたかのような・・・。

そんな言葉がふさわしい、激しい雨だった。

「・・・。」

トウジは、あまりの雨の勢いに、開いた口が塞がらない。

ただ、呆然と立ち尽くしていた。

そんなトウジの姿を見て、

「クスクス・・・。」

思わず笑みの漏れてしまうヒカリだった。

ヒカリは、トウジの側まで行くと、

「クスクス・・・。入っていきなさいよ。」

そう言ってカサをさした。

差し出された可愛らしいカサを目にして、トウジは、

「す・・・、すまんの・・・。」

頬を染めながら小さくつぶやいた。

そして、二人同時に雨の中へ足を踏み出す。

トウジは、妙なテレが入っているのだろう、ヒカリから離れている。

そのため、トウジの肩は雨に濡れていた。

そんなトウジをヒカリは、

「ほら、もっとこっちに寄りなさいよ。」

と、引き寄せる。

そして、少し強引にトウジにカサを持たせると、自分は、トウジの腕に寄り添 った。

トウジは、これ以上ないほど緊張していて、もう、何がなんだかわからない状 態だ。

でも、片腕だけは・・・。

片腕に感じる感触だけは、やけにハッキリと感じていた。

そして、ヒカリも・・・。

降りしきる雨の中。

カタツムリと紫陽花の季節。

一つのカサの下で・・・。

「ホント。雨の日って、キライじゃない・・・!!」

おしまい


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