「雨の日って、そんなに嫌いじゃないのよね・・・。」

彼女は、部屋の窓の側のソファーに腰掛けながら、降り出した雨のしずくを眺 めていた。

その表情は、少しばかり微笑んでいただろうか・・・?

この季節。

日本では梅雨と呼ばれるこの季節に、雨が降るのは当たり前の事だ。

でも、ここ数日は、晴天が続いていて、人々は、梅雨明けも間近なのでは・・・?

と、噂しはじめていた。

それが、ここにきて、また雨。

噂をしていた人達。

梅雨のじめじめした天気に飽き飽きしていた人達にとっては、残念な事だった かもしれない。

でも・・・。

彼女は違った。

彼女は、雨を待っていた。

なぜなら・・・。

「これでやっと、あのカサをさせるわ・・・。」

そう。

彼女は、買ったばかりのカサを試してみたくてしょうがなかったんだ。

だから、彼女は。

窓の外に降り出した雨を見ると、軽い足取りでステップを踏みながら、嬉しそ うに部屋を後にした。

もちろん、その新しいカサを持って・・・。


"... with Maya-san."


こまったなぁ・・・。

シンジは、とある公園の屋根のあるベンチで、独りたたずんでいた。

なかなか激しく降っている雨を、ちょっとうらむような目で見ている。

良く見てみると、その姿は、ずぶ濡れの濡れネズミ状態だ。

カサを持っていないところから察すると、ここ数日の晴天で、気が弛んでしま っていたのだろう。

まだ、梅雨は開けていないのに、カサを持って出るのを忘れてしまったようだ。

「はぁ・・・。」

ため息をついて、水の滴り落ちている片手を上げる。

その手には、いっぱいの紫陽花の花束があった。

今はもう七月。

これは、この季節、最後の紫陽花だろう。

その最後の姿を少しでも残そうとしてか、紫陽花は、精一杯花を咲かせていた。

でも・・・。

「はぁ・・・。」

濡れネズミのシンジには、あまり慰めにはなっていないようだ。

まぁ、当たり前だけどね・・・。

新品のカサをさした彼女が、その公園を通りかかったのは、そんな時のことだ った。

距離の近づく二人は、

「シンジくん・・・!?」

「マヤさん・・・!?」

ほとんど同時に、互いの姿を目にした。

シンジは、真新しい黄色いカサをさしたマヤさんを。

マヤさんは、雨宿りをしている濡れネズミのシンジを。

「どっ・・・どうしたのシンジくん・・・!? こんなびしょ濡れで・・・。」

先に口を開いたのは、マヤさんの方だった。

ずいぶん驚いているみたいだ。

でも、こんなにずぶ濡れになっているシンジを見れば、無理もないか・・・。

「いえ・・・あの・・・。カサを忘れてしまいまして・・・。それで・・・。」

シンジの方は、なんだか恥ずかしがっているのか、うつむいてしまっている。

それに、声もどんどん尻つぼみになってきた。

顔なんかも、ちょっと赤くなっていたかもしれない。

そんな風にモジモジしているシンジを見ると、マヤさんは、カサを閉じて屋根 の下に入ってきた。

そして、

「大丈夫・・・!? 風邪をひいちゃったんじゃない? 顔が赤いけど・・・。」

心配そうな表情で、シンジの額に手をやった。

キーボードを使う者特有の冷たい手だった。

その冷たさが、額に心地好い。

でも、その心地好さよりも、恥ずかしさの方が勝っていたのか、シンジは、

「だ・・・大丈夫ですよ・・・!! ホントに・・・!!」

と、すでに赤い顔を更に赤くして、マヤさんの手から逃れようとする。

でも・・・。

「ダメよ!! こんなんじゃ、絶対に風邪ひいちゃうわよ!!」

マヤさんは、ちょっと厳しい表情をして、そう言うと、

「私の家は、このすぐ近くなの。そこにひとまず行きましょう。とにかく、こ んな所にいたら、本当に大変な事になっちゃうわ。」

と、閉じていたカサを再び開いて、シンジの手を取った。

「え・・・!? で、でも・・・。」

当たり前の話、シンジは躊躇する。

だけど、マヤさんの、有無を言わさぬ行動に逆らうことなんて出来るはずもな く・・・。

シンジは、マヤさんのカサに入って、一路、彼女の部屋へと向かった。

「タオル持ってくるから、ちょっと待ってて。」

マヤさんの部屋に着くと、マヤさんはそう言って、シンジを招きいれた。

「は、はい・・・。」

はじめて入るマヤさんの部屋に少し緊張しているのか、その返事は、ちょっと どもっていた。

玄関を、ちょっと上がった所で部屋の中を見回してみる。

部屋自体は、ミサトさんの所よりもちょっと小さいくらいだろうか。

多分、一部屋分くらい違うと思う。

でも、もっと違うのは、女の人の部屋なんだな、って気がする所だ。

なんだか、ちょっとカントリーっぽいのが混じっているような内装だ。

イメージとしては、『大草原の小さな家』かな・・・。

そこはかとなく、可愛らしさが漂っているような・・・。

と、そんな事を思っていると、

「シンジくん、お待たせ。はい、タオル。」

マヤさんが、タオルを持ってきてくれた。

ちょっと自分の世界に入っていたシンジは、

「えっ・・・あっ、はい・・・。」

と、またちょっとどもってしまった。

「どうしたの、シンジくん? 顔が赤いけど・・・。」

マヤさんの言うとおり、シンジの顔は赤かった。

自分でも、なんで顔が火照るのかわからなかったが、取り敢えず、

「いえ、なんでもないんです・・・。」

と答えるしかなかった。

マヤさんは、

「そう・・・?」

と、少し納得していないようだったけど、

「まあいいわ。今、お風呂を入れてるから、用意が出来るまで、ちょっとそこ のソファーにでも座ってて。」

そう言って、シンジを居間に導いた。

シンジは、渡されたタオルで頭や体を拭きはしたものの、服が濡れているので、 あんまり効果があったようには見えない。

それに、濡れた服のままソファーに座る事に抵抗がなくもなかった。

そんなわけで、シンジがソファーに座るのを躊躇していると、マヤさんがマグ カップを二つ手にしながら、部屋に戻って来た。

そのカップからは、温かそうな湯気と共に、コーヒーの香りが漂っていた。

「どうしたの、シンジくん? 座らないの・・・?」

マヤさんは、そう言ってちょっと小首を傾げた。

「いやあの・・・、こんなかっこうじゃソファーが濡れちゃいますし・・・。」

シンジが言うと、マヤさんは、

「あっ・・・、ごめんなさい、気がつかなくて・・・。」

マグカップをテーブルにおいて、また部屋を出ていく。

そして、今度は手にローブの様なものを持って来た。

「そのままじゃ風邪ひいちゃうもんね。これを着て。」

差し出されたローブは、いかにも女物だった。

まあ、ここで男物のローブが出て来たら、シンジとしても、彼女を見る目がち ょっと変わったかもしれなかったけどね・・・。

とにかくシンジは、いつまでも濡れたままの格好でいたくもなかったので、マ ヤさんの厚意を受けた。

脱衣所で、ローブに着替えて、パンツまでぐっしょり濡れた自分の服は、超特 急で乾燥してもらう事にになった。

そして、お風呂が用意できるまでの間、居間でコーヒーをいただいた。

「でもシンジくん、今日は何処に行くつもりだったの。そんな、花なんか持っ て・・・?」

シンジの向井側に座って、同じ様にコーヒーを飲みながらマヤさんが、テーブ ルの上に置かれている花束を目で指した。

シンジが手に持っていた、あの紫陽花の花束だ。

そんな、マヤさんの言葉を聞くとシンジは、

「えっ・・・、あ、あの・・・。」

ちょっと戸惑ったように口を濁らせた。

その頬は、なぜか赤く染まっている。

口を濁らせるシンジに、なにかいけない事でも聞いたのかと思ったマヤさんは、

「あ・・・。別に言いたくない事だったら全然かまわないのよ。」

と、慌てて手を振る。

でもシンジは、

「ちっ、違うんです!!」

慌てた口調でマグカップをテーブルに置いた。

そして・・・、

「た、誕生日、おめでとうございます・・・!!」

勢い良く花束をマヤさんに差し出した。

マヤさんは、いきなりの事にあっけに取られたような表情をしていた。

シンジはシンジで、真っ赤な顔をうつむかせていた。

一瞬の沈黙の後。

「ありがとう・・・。」

「・・・!!」

マヤさんは、ゆっくりとその花束を受け取った。

シンジが、恐る恐る、といったカンジで顔を上げると、そこには、満面の笑顔 を浮かべたマヤさんの姿があった。

花束に顔を寄せてその香りを楽しむ。

「良い香り・・・。本当にありがとう。シンジくんから、こんなに素敵なプレ ゼントをもらえるとは思わなかったわ。」

そんな事を言いながら、ソファーから腰を上げる。

シンジも、マヤさんが喜んでくれたようなので、嬉しくなって笑顔を見せた。

「でもね・・・。」

マヤさんが、シンジの側に寄る。

シンジの心臓はバクバクものだ。

「・・・私の誕生日って、17日なのよ・・・。」

「・・へ!?」

耳元でささやくマヤさんの言葉に、シンジは惚けてしまった。

今日は、7月の11日。

11日だと思っていたのが17日だったなんて・・・。

数字の1と7って、確かに見掛けが似てるけど・・・。

そんな思いが、頭の中をグルグルと巡っていた。

そして・・・。

「ご、ごめんなさい!! マヤさ・・・んっ・・・!?!?」

思わず口をついて出た謝罪の言葉は、途中で途切れてしまった。

というか、途切れされてしまった・・・。

なんでって・・・?

それは、目の前にマヤさんのアップの顔があったから。

そして、ボクの口を・・・。

その・・・。

・・・あの。

口で塞いでいたから・・・。

「・・・。」

「・・・。」

少しして、マヤさんが離れても、シンジは呆然としたままだった。

マヤさんも、なんだか少し顔を赤くしたまま無言だった。

シンジは、マヤさんから目を放せなかった。

マヤさんも、そうみたいだった。

・・・。

そして・・・。

・・・。

不思議な吸引力をもって、二人の唇が・・・。

・・・。

また重なろうと・・・。

・・・。

ピーーーーー・・・!!!

「「・・・はっ・・・!!」」

突然鳴った電子音に、二人とも目を開けた。

二人の間の距離も、元に戻っている。

ただし。

二人とも、顔がこれ以上無いというくらい真っ赤だったのは御愛敬だっただろ うか・・・。

「マヤさん、今の・・・。」

ポツリ、言うシンジ。

「え、ええ・・・。お風呂の用意が出来たみたい。」

マヤさんの方は、なんだか声が裏返っているみたいだった。

「そ、それじゃ、ボク、お風呂お借りしますね・・・!!」

シンジは、ギクシャクと、油の必要なブリキの人形みたいに、でも素早く、お 風呂の方に姿を消した。

二人とも、顔から火が出るような思いとはこの事だ、とでも思っていたかもし れない・・・。

「はあ・・・。」

シンジは、湯船につかりながら大きくため息をついた。

顔は、真っ赤なままだった。

のぼせてるわけじゃ、なかったけどね。

「失敗しちゃったな・・・。まさか1と7を見間違えてたなんて・・・。」

結構気にしているみたいだ。

「でも・・・。」

つぶやくと、自分の口元に指を寄せる。

「・・・。」

すると・・・。

ニヤけた笑みを浮かべて、

「ランランララララランランラン・・・。」

鼻歌なんか歌いだした。

うーむ。

この調子じゃ、ホントにのぼせちゃうかもな。

シンジがお風呂でご機嫌だった頃。

マヤさんは、シンジのくれた今年最後の紫陽花を、花瓶に生けていた。

こっちも、

「らんららららんらんらん・・・。」

と、テンポは違うが、鼻歌を歌っていたりした。

さっきまでいた居間に戻って来ると、そのテーブルに花瓶を置く。

見事に咲いている紫陽花を手で愛でると、

クスッ

と微笑んでシンジの座っていたソファーに座った。

そして、視線を窓の外に向ける。

そこは、今も雨が降っていた。

「ホント・・・。雨の日って、嫌いじゃないわ・・・!!」

おしまい


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