「ま、明日の決勝も頑張ろう。じゃぁ」
 
 ふらっと去っていくヒデキ
 
 俯いたままのシンジ
 
 
 
 目の前に一人の女性、むしろ少女といった方がいいだろう、一人の少女がシンジの前にやってきた。
 
 顔を上げるシンジ
 
 その瞳が捕らえたのは
 
 間違いなく、アスカだった
 
 アスカの表情は優しい笑みを浮かべているようにしかシンジには見えなかった
 
 「アスカ・・・・・・・・」
 
 アスカの微笑みに、シンジは久しぶりに安堵感を得た
 




 命の価値は

 Another Final 「I need you.」中編




 
 アスカは確かに微笑んでいた。
 
 でも、嬉しさと悲しさの半々だった。
 
 
 今、ここでシンジに会ってもいいのだろうかと思う自分
 すぐにでも会いたいと思う自分
 
 二つの意見がせめぎ合う中
 
 ユミコが引きずり込んだ
 
 ユミコはミサトと違って几帳面である。
 それでもアスカはユミコとミサトを重ねて見ることがある。
 まさにこの時がそうだった
 
 ユミコは客席スタンドでアスカにこう言った
 
 『アスカちゃん、いま会っとかなかったらアナタ、絶対に後悔するわ。どうせ後悔す  るなら、やることやって、失敗してから後悔しなさい。』
 
 その時にアスカはユミコに抱きついて泣いた。
 
 まだ17の少女
 
 一ヶ月とはいえ、独りでいる孤独感は、アスカには耐え難いモノがあった
 
 頼れる他人を頼らないで突っ走ってしまった自分を
 
 己の過ちを悲しんだ
 
 そして待っていてくれる人達がいることを喜んだ
 
 安堵感から来る涙
 
 だから喜び半分悲しみ半分
 
 他者の行為を素直に受け止められる事がアスカの変わったところだった
 
 だからアスカはピットへ来た。
 
 そしてシンジの前に立った
 
 
 
 関口ヒデキが去った後も、シンジは本当にもう生きていてもしょうがないと思っていた
 
 ヒデキの言ったことは確かだとシンジは思っていた
 
 でも、自分がいる限り傷つく人は増え続ける
 
 だったらいない方がいい
 
 でも、孤独も辛い
 
 だから死んでしまいたい
 
 
 そのときにアスカはシンジの瞳に映った。
 
 
 一ヶ月と少し離れていただけで
 
 変わり果てた少年は
 
 変わらぬままに見えた少女の名を呼ぶ
 
 「アスカ・・・・・・」
 
 「どうしたの・・・・」
 
 『シンジらしいセリフだわ・・・』
 
 疲れ切った声で先に口を開いた少年
 
 そのセリフを想像していたかのように平然としている少女は
 
 「元気・・・・・じゃなさそうね・・・」
 
 良く知らない『母親』の様な優しさをアスカの声にシンジは感じた
 
 「やっぱアタシがいなくちゃ駄目かしら・・・・」
 
 「寂しかったでしょ?」
 
 頷くシンジ
 
 『母』の様な優しさを感じるアスカの声
 
 それに今の状態のシンジが逆らえる訳がなかった
 
 
 
 『会いたい』という気持ちと、『今、会うこと』に対する恐怖心
 
 8月にシンジに対して抱いた不信感も吹き飛ばして
 
 悩んだあげく
 
 シンジと会った
 
 『間違ってなかった』
 
 そう思える
 
 アスカのセリフは
 
 アスカの『思い』そのままだった
 
 『元気・・・・・じゃなさそうね・・・』
 『やっぱアタシがいなくちゃ駄目かしら・・・・』
 『寂しかったでしょ?』
 
 アスカの思っていたことをそのままシンジにぶつけてみた
 
 
 シンジはどう答えるか悩んだ
 
 シンジもアスカの指摘したとおりだった
 
 それでも『自分は幸せになってはいけない』という自分で自分を縛る制約が彼を止める
 
 シンジは立ち上がって言った
 
 「そうかもしれない。」
 
 「でも、僕はアスカと一緒にいる資格なんか無いんだ」
 
 本心ではないけれど
 
 言ってしまった
 
 
 アスカは聞きたくないセリフを聞いた
 
 そして反論
 
 「あんたばかぁ」
 
 「誰が決めたのよそんなモノ」
 
 かなり久しぶりにこのセリフを言った
 
 『あんたばかぁ』
 
 涙目になり
 
 シンジの胸に飛び込み
 
 泣いた
 
 
 今日2度目の涙
 
 昔は他人の前では絶対に涙を見せなかったアスカ
 
 シンジが上から見つめる中
 
 泣きながら言った
 
 「なんで幸せになっちゃいけないなんて言うのよぉ」
 
 「なんでアタシと一緒にいる資格は無いなんて言うのよぉ」
 
 「アタシはシンジと一緒にいたいのにぃ」
 
 
 アスカの口から漏れたアスカの本心
 
 『本当はシンジのことが好き』という裏付け
 
 『自分』を押し殺してシンジのためを思っていた少女の本心
 
 
 シンジは更に深く悩んでいた
 
 自分がアスカを好きなのはたしかだった
 
 それでも必死に否定しようとする自分が必ず何処かにいた
 
 自己催眠みたいなモノ
 
 その時にアスカの口から漏れたアスカの本心は
 
 シンジの中の否定しようとする自分をを大きく揺るがした
 
 
 
 その頃、ユキのマネージャーの菅野ヒデトはTV局のクルーと北原に喰い下がっていた。
 翌日の日本でのレースの放送が生放送が変更され、その番組のためにシンジのインタビューを撮りたいとTV局側から注文が来たためである。勿論聞き手は本間ユキ。
 それでも北原はシンジの精神状態を考えて断ろうとしていた。
 
 北原は監督としてだけでなく保護者としても断りたかった。
 それだけシンジの危うさは酷かった。
 しかし、その監督の願いも届かなかった。
 スポンサーの『E−PROJECT』の方から北原に電話がかかってきたのである。
 内容は勿論、『碇シンジ選手にインタビューを受けさせろ』と言う要望だった。
 レーシングチームはスポンサーがいなくてはまず成り立たない。
 それは名門のキタハラRTも同じ。
 『イエス』しか彼には残されていなかった。
 碇シンジへのインタビューはこの時点で決定。
 
 
 ユキはインタビューが決定する前にシンジに会おうとピット裏まで来ていた。
 
 しかしそのピットにはユキも知っている二人の少年少女がいた
 
 思わず足を止めてしまうユキ
 
 そんなユキも知らないまま二人は何か言いあっている。
 
 とても入っていけないような重い雰囲気
 
 まわりを見ても誰もいない
 
 『なんでアスカさんがここに・・・・』
 
 ユキはシンジの事より先にアスカのことを考えた
 
 先程すれ違ったときはもっと明るい顔をしていたのに
 
 『何故泣いてるの・・・・・』
 
 聞きたくなくとも聞こえる距離にいるユキ
 
 盗み聞きをしている様な気もしてきたが
 
 その二人の会話を聞いてやっと理解できた
 
 
 『シンジ君の中にはアスカさんしかいない』ということを
 
 
 そしてアスカの告白にも近い涙
 
 その時ユキはそこから離れた
 
 
 『やっとけじめがつけられる・・・・』
 
 ユキはシンジのことを諦める理由を見つけた
 
 『人殺し』のような現実離れした理由は信じられなかった
 
 納得できる理由を見つけ、やっと理解した
 
 そして涙
 
 トイレの個室に入ると一人で泣いた
 
 一人は寂しいけど
 
 シンジのことをふっ切るために
 
 
 
 
 シンジはアスカに言った
 自分自身にも言い聞かせるかのように
 
 「でも、僕は人殺しなんだ」
 
 「カヲル君を殺したんだ、この右手でっ」
 
 「それにあの日、アスカに嘘をついて・・・・」
 
 「本当にバカで最低な卑怯者なんだ」
 
 「なのに、どうしてアスカは僕なんかのことを」
 
 しばしの沈黙
 
 「恋が終わるのに理由はあっても、恋のはじまりに理由は必要無いからだよ、シンジ君」
 「いいところ、お邪魔だったかな?」
 
 「その声は・・・関口さんですか?」
 
 シンジが尋ねる、アスカ既にシンジから離れていた。
 
 「そうだよ、ちょっといいかい?」
 答えながらピットの中に入ってくるヒデキ
 
 「どうしたんですか?」
 アスカが尋ねる
 
 「いや、シンジ君の事が心配でね」
 ヒデキの本心、口調は明るい。
 「そうそう、アスカちゃん久しぶり!」
 
 呆気にとられるアスカ
 あくまでもマイペースのヒデキ
 ようやく
 「お久しぶりです・・・・」
 とアスカは返答した
 
 ニコッと微笑むヒデキ
 
 それを見て少し反応するシンジ
 
 「シンジ君」
 
 びくっとシンジが動いた
 
 「今、嫉妬心が沸いただろう?」
 
 図星。シンジは下を向く
 
 「いいんじゃないかい、もう自分を縛らなくても」
 「さっき言ったように君は自由なんだからそこまで我慢する必要はないよ」
 
 ヒデキは頷いているシンジを見て駄目押しをした
 
 「シンジ君、アスカちゃんをしっかり捕まえとくんだよ」
 ヒデキのセリフはシンジのはっていた壁を壊した
 そして微笑みを浮かべながらピットから出ていく
 
 
 唖然とする二人
 
 
 視線があい、互いに見つめ合う様にも見える
 
 
 アスカが先に吹き出し、言った
 「ホラホラ、にらめっこやるんじゃなくて着替えたら?」
 
 まだシンジはレーシングスーツのままだった。
 
 「そのままじゃ汗くさいわよっ」
 笑いながら言う、まるで以前と変わっていないかのように・・・・
 
 
 シンジはこの時、やっと肩の上にのっかていたモノが降りた気がした。
 
 約1ヶ月間の空白を
 
 この数分間で埋めることができた
 レースで初優勝を果たしても
 なにか満足できなかった
 特に嬉しくもなかった
 
 『アスカがいなかったから・・・・』
 
 一番喜んでくれるであろうアスカがいなかったから
 でも今は、すぐ側に彼女はいる
 綾波も言ってたっけな
 『あなたはもっと楽に生きていい』って
 
 「いいのかな・・・・・」
 不意に漏れる独り言
 
 
 既に午後7時
 アスカは「ユミコさんの所に行って来る」と言ってピットから出ていった。すると、入れ替わりで監督の北原がすまなさそうに入ってきた。
 「碇、ひとつ頼み事があるんだが・・・・・」
 
 
 北原はとにかく吃驚していた。シンジが簡単に引き受けるのは予想していたが、更に自然な笑顔まで見せるとは思わなかった。
 『まぁ、アスカちゃんのお陰だろ。』
 北原は今はそれで良いと思った。ただ、相手が本間ユキだと告げたときは一瞬だけ表情が陰ったのを北原は見逃さなかった。
 



 
 ユキはホテルのロビーでインタビューの時間を待った。マネージャーの菅野から
 「仕事が一つ増えた」
 と言われたときは何とも思わなかったが、碇シンジへのインタビューだと聞いたときは少し動揺した。
 が、彼女は切り替えが早かった。既に向日葵のような笑顔も取り戻していた。
 
 午後7時半頃、先程すれ違ったときよりも更に明るい表情をしたアスカが玄関から入ってくるのがユキに見えた。横にはユミコがいる。
 遅れてシンジが入ってくる。約束の時間は午後8時でもその前にシンジと話しておきたかったから、ユキは彼の名を呼んだ。
 「シンジ君!」
 

 アスカはそんなことも知らずに部屋へ行ってしまった。
 
 
 シンジの表情はだいぶ変わっていた
 アスカの影響であろうか
 幾分か驚いた様だっだけど
 シンジ君はこっちに向かって歩いてきた
 「本間さん」
 彼は私の名を呼んだ


 「シンジ君!」
 この声が聞こえたときは少し驚いた
 本間さんの声だとはすぐに分かった
 俺はまず彼女に謝らなきゃならない



 彼はそう思って彼女の方へ向かい、その名を呼んだ。

 「本間さん・・・・」
 
  

 後編へ続く


ども、生意気に(懲りずに)続きを書いている緒方です。
本当はこの回で終わる予定でしたが、まだ続きそうです。(N2爆)takeoさん、長くなって申し訳ありません。
とにかく心理描写は手を抜かないで徹底的に悩んで書いたつもりです。
絶対に次で終わらせます。
こんな感じで良いんでしょうか?かなり悩みました。
ただ、この話はあくまでも『fake Final』偽物の最終回です。「僕ならこうします」的な作品です。ここから派生させて連載もできるでしょうが、僕は本編のイメージを壊したくない(既に壊してる?)ため書きません。(本当は時間がないだけ)

では宜しくお願いします。

7/11 早朝 徹夜した緒方紳一より。


takeoのコメント

緒方さんの投稿第二弾です!

アスカと再会したシンジ。
そしてユキ。
三人の揺れ動く様が丁寧に描かれています。
そうか、こういう展開も有り得るんですね(笑)
真実は君と共にある、って言ったところでしょうか。

これからどうなっていくのでしょうか。
私も実に、楽しみです。



皆さん、緒方紳一さんへ、是非感想メールを!


緒方さんのページは RIDE on AIR  [http://plaza.across.or.jp/~takesima/]
緒方さんへのメールは 緒方紳一さん   [takesima@po2.across.or.jp]







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