3.サポート計画は変更に… (1999/11/10・記)


 SUGO戦を5日後に控えた11月9日夜。広島在住WW2メンバーはMAZDA本社にほど近い、スポーツファクトリー広島に集結しました。そう、ついに「贈呈式」の決行の日です。
 皆が手にしているのは、出来上がったばかりの
WW2ステッカー(5枚)、WW2−BBSに集まった応援メッセージ(A4で4枚)、そして、メンバーの気持ちが詰まった、ささやかな祝儀袋でした。あとは代表の新宅選手に手渡し、我々の夢を託すだけでした。

 やがて新宅選手が到着し、ここに舞台と役者は揃いました。いよいよ記念すべき一瞬です。一応考えておいた挨拶のコトバを思い出しながら私が喋り出し、贈呈式らしいモノが始まったと思ったその時、驚くべき第一声が新宅選手から…


 「皆さんすみません、SUGOは出場できなくなったんです…」

 
…一瞬の静寂が辺りを支配し、我々は一様に耳を疑いました。
 気を取り直しながら事情をお聞きすると、どうやら今回の宮城への遠征でメカニックが一人、急用で初日から帯同できないことになり、週末のタイトなレーススケジュールを考慮すると、「100%の力で戦いたい」チームとしては
出場キャンセルせざるを得ないという結論に達したそうです。…苦渋の決断だったことは想像に難くありません。

 WW2ステッカーがSUGOのコースを駆け巡る姿を心待ちにしていた私達にとって、今回のキャンセルはとても残念な知らせでした。でも、我々よりも遥かに悔しい思いをしている人達がいます。誰あろう、我々の前で申し訳なさそうに、そしてとても悔しそうに事情を語ってくれた新宅選手であり、伊藤選手・新田選手であり、SSロイヤルチームのスタッフの皆さんなのです。



 さ、気持ちを切換えましょう。WW2の公式戦デビューがほんの4ヶ月延期されただけのことです。来たる2000年のスーパー耐久開幕戦は
3月19日、なんとそのステージは広島から最も近い山口県のMINEサーキットではありませんか! それに、ライバルより一週間も早く来期の準備に取り掛かれるのですから。
 我々WW2も早速今日から、この日に向けてさらに活動を盛り上げていくことを約束します。
春の陽気に包まれるMINEのメインスタンドに、リーガマスターセルラーRX−7の大応援団を送り込むつもりで頑張ります


 
そして最後に、今週末3クラスでS耐最終戦を戦うBPビスコガンマRX−7、レーシングスパルコFD3S、オウルージュ7の各チームの健闘を祈っています。今シーズン見せ付けてきたRX−7の速さを締めくくる素晴らしいレースを、SUGOの観客に披露してあげてください。リーガマスターセルラー18号車の分までも。(来年のMINE戦でお会いしましょう!)

 

2000年スーパー耐久スケジュール
Rd.1 CP MINEサーキット 3/19
Rd.2 仙台ハイランド 4/23
Rd.3 鈴鹿サーキット 5/14
Rd.4 TIサーキット英田 6/11
Rd.5 十勝スピードウェイ 7/16
Rd.6 ツインリンクもてぎ 9/17
Rd.7 富士スピードウェイ 10/15
Rd.8 スポーツランドSUGO 10/29

 




WW2−BBSへ