山田うどんの夜

三月も二十日が過ぎてしまい、季節は完全な春となった。
関東地方の気候の特徴なのか、身を斬るような肌寒い日とポカポカ陽気の日が交互にやってくる。夜は未だにコートを着て外を出歩く毎日である。僕の仕事場は東京湾のすぐそばにある。自動車通勤なので、湾岸道路を越えた海側にある広い駐車場に車を停めてある。仕事が終わって社員通用口から駐車場まで500メートルほど歩いていくんだけど、風の強いときなんて本当に寒い。海上で冷やされた空気が陸に向かって吹きすさぶ。
先月、自動車のバッテリーがアガッてしまい、その修理のためにJAFを呼んだりメンテナンスセンターで部品の交換をやったりと何やかんやで三万円の出費をしてしまった。
車ってホントに金食い虫だ。僕のオンボロは88年型。十二年目に突入した超旧型なのだ。購入したとき既に六年落ちで、だからこそ安かったのだが、べつに不自由なく走るもんだから買い替えることのないまま今日まできてしまった。ただし小さな部品は所々、ガタが出始めて去年の夏に水温計のセンサーを交換したのを 皮切りに助手席側の窓枠のラバーを交換したのが八月。そして今回のバッテリー交換である。そろそろ四本のタイヤも変えないといけない時期にきているようだ。十二月が車検だからそのときにいっしょに済ませてしまおう。基本的に車の外見なんかは気にしないタチなので、このオンボロは乗り潰すつもりなのだ。
それでも今、欲しいものがあって、それは何かというと、カーステレオ用のCDプレイヤーなのだ。現在のオーディオシステムではディスクが聞けないのである。ラジオとカセットのみなのだ。(買えばいいじゃないか)
夜の街をバーナード.ハーマンの「タクシー.ドライバー」のサントラを聞きながら流してみたいのだ。最近お気に入りのレイ.クーダーの「ラストマン.スタンディング」でもいいぞ。ここんところ車の中で聞いてるカセットはブライアン.フェリーとイーグルスとフィル.コリンズとローリング.ストンズが入っている60分の自作テープである。
仕事帰りで腹が減っているとき(部屋までもたないとき)、国道十四号沿いで僕が引っ掛かる可能性の高いファーストフードのチェーン店。
「モスバーガー」「吉野屋」「山田うどん」
チェーン店とはいいながら、やっぱり店員の料理のウデはある程度商品に反映される。僕が一番評価しているのが「山田うどん」である。四十〜五十台半ばのオバサンたちばかりが働いている(時間帯の問題もあるだろうが)。僕が食べに行くのはだいたい夜の九時が過ぎてからだから、深夜ですな。店員の平均年令が高いぶん、若さと活気に欠けるから「モス」や「吉野屋」に比べると少し雰囲気が落ち着いてしまっている。だだし、旨い。おそらく材料や料理手順はマニュアル化されていて、基本的には誰がつくっても同じ量、同じ味になるはずだが、やっぱり違う。年くってる分、長いことメシをつくってきただけあって、オバサン、うまい。僕のお気に入りのメニューは鍋焼きうどんである。
午後九時半、カーステレオでフィル.コリンズの「恋はあせらず」を聞きながら国道十四号を自宅に向かって流すとき、中山競馬場入り口付近に近付くと、あの案山子のマークが頭の中にチラついてしまうのだ。本当ならまっすぐ行かなければならない道を右折して競馬場への坂道を登ってしまうのである。坂を登り切るあたりで「山田うどん」の看板が明るく光っているのが見えてくるのである。僕は左折のウインカーを点滅させながら「山田うどん」の駐車場に車をすべりこませる。この店は東側が自動車道に面している他はアパートや一戸建てなどの住宅に囲まれている。エンジンの空ぶかしは厳禁である。
駐車場を横切って店内に入ると僕は必ずカウンタ−席に座ることにしている。最近の定番メニューは前述したように鍋焼きうどん。そして、ワカメのおにぎりである。あと大きな声では言えないがビールの中びんを一本いただくこともあるのだ(ヒミツね。ヒミツ)
今日は4月4日。そろそろ桜が満開になる時期である。中山競馬場の桜はそれはそれはミゴトだよ。今年こそは夜桜見物に行こう。
鍋焼きうどんの季節ももう終わりなのである。


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