胸さわぎの診療所

みなさん、胃カメラをのんだことがありますか?
実は今日、先輩のあるひとと酒を飲んでいて胃カメラの話で盛り上がったので、その内容を書いてみましょうね。おもしろいと言うか、興味深いので。医者のキライな方は読まないでくださいね。精神衛生に悪いから。
いま、 あたしの職場では毎年恒例の健康診断が行われている訳ですね。そして、こいつは全社員に義務付けられているのですね。どこの会社も同じだと思いますけど。まあ、たとえば、あたしの受けた診断を揚げてみると、身長、体重、視力、胸部レントゲン、聴力、心電図、血液検査、尿検査、医者の問診、血圧検査。これだけあるわけだ。35歳を超えるとさらによそでは絶対にないバリウムってやつをビールジョッキほどの量、ありがたくも頂戴できます。胃の検査ですね。あたしはこいつはまだ飲んだことないですが。
「まずいっ!!!」
と、これを聞いたらうちの親父がテーブル叩いて、湯のみを50センチほど浮かび上がらせそうです。とにかくそんくらい飲みにくいものらしい。
そうだ、本題に入る前にあたしがこないだ、受けてきた健康診断について少しだけ話しちゃおう。また横道にそれますね。あたしはスピーチにむいてないな。なにが言いたいのかさっぱりわからんわい。でも、聞いて、聞いて。お医者さんたらヒドイんだから。
おい、ヤブキ診療所(仮名)、おまえのことだぞ。
さて、その日。職場の近くにある医療法人ヤブキ診療所。
受付をすませて診療所のなかに一歩踏み込んだところで、あたしは銅像のように硬直しました。顔から血の気がサーツとひいていくのがわかりましたね。これがマンガなら額にタテの線が何本もはいって、コメカミにアセの滴が出てきて、背景がベタになりますな。それほどあたしが固まったのはなぜか?
なぜならば、壁に据え付けてある長椅子に座って順番待ってる人たちが問題なのだった。どう問題なのかと言うとね、それはね、そこにいたのはね、みんな若い女のひとばっかりだったのだぁあっ!
おんな、おんな、おんな、おんな、おんな、おんな、おんな。7人、全部おんな。(数えてどうする?)せめてオバサンならばあたしの緊張度は30%ほど下がりそうなんだけど、困ったことに20歳から25歳くらいまでのいっちゃんキレイな年頃のネーチャンばっかりである。
「なんだ!なんだ!どうしたんだ!これは、いったいどういうことだ!」
あたしは顔面の硬直がとけないまま、ふりむいて受付に戻り、自分の診断の日にちを確認しました。
これは自分のまちがいだ。ここに来る日を勘違いしていたわい。来週の金曜日だった。ほんとに馬鹿なやつだな、まったく俺は。女性の検診日に来てしまった。恥ずかしい。
気をとりなおして、カウンター越しで、あたしは軽快に自分の名を言って確認をとった。
「藤田さんですね。まちがいないですよ。」白衣の女性はクールに答えた。
「!!!!!」
「はぁ。」
「そうですか。」
帰るわけにもいかず、あたしは目立たないように(と、いっても男ひとりじゃ目立つんだけど)また、中に入ったのです。で、そこには7人の若い女のひとが順番待ってるんですよ。産婦人科でもない一般の診療所なのに。困った。とにかく困った。しかし、耐えるしかない。しまった。もっといい服着てくればよかった。馬鹿、なに考えてんだ。
あたしの心理はこのように、かき乱されていたわけです。そして、彼女らが座っている椅子にはまだ開いてるスペースがあったんだけど、あたしは絶対にそこに座る勇気はありませんでしたでございます。
で、どうしたかというと、できるだけ離れた所の壁に張り付いてゴルゴ13みたいに、立ってました。視線をあわせないように。
「、、、、、、、。」
お医者さんよ。今日の俺の血圧と心電図の結果はアテにならんぞ。それともなにか?イタズラのつもりで男をひとりで女だらけのなかに、組み込んだのか?どうでもいいけど早くすませて、帰りたいぞ。
そうしてる間に、みなさん、ひとりずつ名前を呼ばれて個室に入っていく。血圧、血液、聴力、身長、体重。次々と消化していく。あたしはものすごく時間が長く感じられた。
そしてやってきた。尿検査。
この診療所、許せないことにトイレが男女兼用である。そりゃたしかに検査のためにあるトイレなんだから、そうかもしれないが、不親切だぞ。「藤田」と名前のはいった紙カップを渡されて、
「これに、少しでいいですから、お小水をとって、なかのカウンターに置いてください。」
白衣のあなたは簡単に言うが、先に女の子が入ったのを知っているあたしは、うしろから自分に刺すそうな視線を感じるような気がしてたまらんかったでございます。
「イヤ!」なんて声がどこからか、聞こえてきそうで。あたしは、トイレに入るとき、ノックを5回してから、間をおき、とどめに、
「失礼します!」と、デカイ声でスケベ心のないことを精一杯アピールしながら中に入った。誰もいないのはわかってたんだけどね。用をすませて紙カップを置くときに、ほかの誰かのやつが、さりげなくあったりなんかしたらどうしよう、なんて思った。でも、安心してください。なかったです。よかった。ホントによかった。
胸部レントゲン。
レントゲンを撮るときに、なんていうか「2001年宇宙の旅」のモノリスみたいな、首くらいまでの高さの板のようなものに、両手をまわして抱きつきますね。顎を上にのせて。そんでもって、息を吸い込み、呼吸を止めて、「ハイッ。」で、肋骨とその奥の肺の写真が写るわけだ。科学の勝利ですね。あたしはいつもこのとき、耳の中であのやたら大袈裟な、「ツァラトゥストラかく語りき」のオーケストラが鳴り響きます。「パーーーパーーーーパーーーー、ジャジャーーンンン!」なんてね。
ところでいつもは上半身、ワイシャツは脱ぐけど、Tシャツはそのままでかまわなかった。金属は身につけてないし、布はレントゲンのジャマにはならない。でも、この日のあたしのTシャツには前にボタンが付いてました。それを見た助手さん、
「あっ、脱いでください。ボタンが写ってしまいますから。」
「あっ、はい。」
あたしは、上半身ハダカになりました。そして、レントゲン写真を撮るためピッタリと冷たいモノリスを抱えました。このとき、考えたこと。
「ブラジャーはどうするんだろう?」

アレにもたしか、布以外にボタンじゃないけど、固い材質の部品が使われていたんじゃなかったっけ。そうだとすると、 とらないといけないのではないだろうか。そうだよな。俺のTシャツでもダメだったんだからな。するとなにか。さっきの女の子もブラジャーはずして、ハダカのオッパイを俺がいま抱えてるこのモノリスにおしつけたんだろうか。そうなのか?どうなんだ?おい、助手さん、そこのところどうなんだ。誰にも言わないから教えてくれい!

急にモノリスがあたたかく感じられて、困った。どうですか、わかっていただけましたか?状況が。
ずっとこんな調子で、あたしは気の休まる暇がなかったのです。辛かった。マジで。
これは、やっぱり診療所の人の日程の調整ミスだとしか考えられない。あたしが終わった後に、受付に来てたのも、みんな女のひとだったから。「しまった。」と、思いながらも「まあ、ひとりくらい、いいか。」なんてことで、あたしは、そのまま中に通されたに違いない。くそー。やっぱ、始めの時点で帰ればよかった。
と、いうところで本題に入りましょうか。もう、時間がありませんな。長い前おきでしたな。今日のテーマを話さずに終わってしまうところだったわい。
胃カメラ。
あたしの先輩、Yさん。新入社員時代に職場における強いストレスで胃を悪くした。
ときどき、我慢できないほどの痛みが、みぞおちのあたりを襲う。市販の薬では、どうしようもないので、とうとう、医師に診察してもらうことにした。そこに至る経緯は省いて、とにかく、胃カメラで胃の内部を診察することになったらしい。
医者はなんでもないように言うので、Yさんも簡単に考えていた。そして運命の診察の日はやってきた。聞くところによると、胃カメラというやつは長い管になっていて、先端にレンズがついている。これを患者に飲み込ませて、内部の状況をモニター画面で確認するらしい。最初にすることは麻酔である。聞いた話なので、このへんが少しあいまいなんだけど、堪忍してね。麻酔は喉のあたりにかけるらしい。どのような器具でどのように、やるのかそのあたりは忘れました。ごめん。で、薬が効いてくるとですね、当然、喉の感覚がなくなってしまうそうなんですよ。こいつが苦しいらしんです。

みなさん、ひとはツバを飲みますな。自分じゃ気がつかないけど、しょっちゅう飲み込んでるんですよ。Yさんもこのときまでは意識したことなんてなかったのです。そのときもいつものように無意識に喉を動かしてツバを飲もうとしたYさん、驚愕した。
「苦しい!」
なんでも、喉(食道)の肉がはりついて全部、胃のほうに引き込まれるような感覚がするらしい。麻酔は痛みを感じさせなくするが、それだけではないのですな。Yさんはこのあたりから、肩で息を始めたらしい。ツバを飲むたびに、やや顔を上にあげて口を開け、金魚みたいに息をはいた。言いようのない不安が胸に去来する。
なんだか辛いぞ。大丈夫なのか。このさき、どうなるんだ?これって手術じゃないはずだよな。そうだよな。そうだ。そうだ。うー苦しい。はやく、すませてくれ。
そして、ベッドに寝かされた。白衣の医者は本日の主役、胃カメラを出してきました。彼の銀縁のメガネがキラリと光った。
(ここから先は映画「エイリアン」のテーマを聞きながら読んでね。)
胃カメラの管が細い、なんてのは嘘だそうです。都市ガスのレンジの管くらい太いそうです。Yさんがそう言ったんだから、ここはこのまま話をすすめます。信じてね。
銀縁メガネの医者はその先端を左手、先端から30センチくらいの所を右手で持った。そして、Yさんの口の中に狙いをすませた。しばしの沈黙。
グイイイイイイイッツツツツ!
と、一気にそれは差し込まれた。医者は左手を離し、その右手はすぐ口まできた。管のさらに30センチ下を左手にした医者はさらに差し込む。また持ち変えてさらに差し込む。
ズブ、ズブ、ズブ、ズブーーーッッツ!
と、胃カメラはみぞおちのあたりまで、入っていくのだそうです。当然、自然な現象として、体はこれを吐き出そうとしますね。Yさんは何度も背中を反らせて、アオ、アオ、アオ、アオ、アオッ!と涙を流しながら苦しんだそうです。胃の中でカメラがトグロをまいてるのがハッキリわかるそうなのだ。ほとんど、エイリアンの世界だ。
このとき、まわりには研修の医学生が何人かいたそうです。
銀縁メガネの医者はそいつらにモニター見ながらノンビリした声でいちいち、解説していたらしい。
「殺す!」
Yさんはマジでそう思ったそうです。
病院って、怖いところですねぇ。ホントに。あたしは自分の体を大切にしよう。そう、思いましたです。ハイ。

ところで、レントゲンのブラジャー問題に関して。
誰かおしえて。


らくがき帳日記帳リンクホーム