日本一うまいとんかつ屋「味の店一番」

福岡ソフトバンク.ホークスが南海ホークスだった頃。
二軍の球場は中百舌鳥(大阪府堺市)だった。最寄りは南海電車、高野線の白鷺駅。線路の近くにあったから隣接する二軍選手の宿舎もいっしょに電車の中からよく見えるのだ。いつ見ても誰も練習してなくて、本当にここに二軍があるんかいなと、思っていた。中百舌鳥駅はもうひとつ難波よりにある小さな駅で、現在では地下鉄御堂筋線が開通していて駅前もそれなりに開発されているが、あのころは雑草だらけの空き地が残っていて、街灯もなく、夜になったら周辺は真っ暗な所だった。
大学一年生だった当時、友達が中百舌鳥に下宿していて、よく遊びにいったのだ。改札口を出て線路脇から暗くて狭くて入り組んだ道を右に左に何度か曲がって歩いて行くと○●荘という名のその下宿はあった。大体の場合、目的は麻雀であったが。
このとき、晩飯によく利用していたのが洋食屋「とんかつ一番」だった。地元では有名店になった今でもブログなどを見てみると「庶民的」「小汚い」「デートには向かない」「女には入りにくい」とか評価されているようだが、当時はここにあった。たこ焼きの右隣である。中は狭くてカウンター席だけで椅子も五脚ほどしかなかった。ほとんどの客は僕と同じような金のなさそうな奴ばかりで女性客は見た事ないような気がする。コインランドリーの横の電柱にゴミの山が見えるが、後ろのマンションは銭湯だった。銭湯の前に自動販売機があったのだが、あったか〜い缶コーヒーに混じってあったか〜い缶ポカリスエットがあって、冬になると僕はよく購入したものだ。あれから二十年経つがあったか〜いポカリはどこにも売っていない。
いつも「一番」で食べたのは「とんかつ定食」。ソースのかかったあたたかいとんかつにドレッシングのかかったやまもりキャベツに一切れのトマトにひと絞りのカラシにみそ汁に小皿の漬け物。今と変わらない。たぶん二十年使っているのだろう、食器のデザインも変わらない。「美味しんぼ」にスッポンの味がしみこんだ古い土鍋という物があったけど、一番のお椀とお皿にも歴史がしみ込んでいるのだ。とくにいつもレンジで大事そうに暖められていたドミグラスソース(というらしい)などから手間かけて作っている定食なんだろうという印象は持っていた。たぶん二人でやっておられたと思うのだが、恐縮するほど応対が丁寧だった(こっちは10代の学生ですよ)のも印象に残っている。定食の値段は忘れてしまったが、ご飯のおかわりは五十円だった。
肉の旨さサクッとしたコロモの良さはもちろんだが、ソースとドレッシングが好きだ。
「とんかつ定食」は洋食の定番だから、いろんな店で注文するのだけれど、一番以上のものに出会ったことはまだない。中百舌鳥という町の雰囲気、店の雰囲気、値段、自分の記憶、いろんな要素を抜かして考えても、かなり上位にランキングしても当然な味だ。しかし、あの場所であの人たちがやっていることにより、「味の店一番」は日本一うまいトンカツ屋なのだ。
大学を卒業し、堺から引っ越してしまったので、なかなか機会がなくなってしまったが、大阪方面に出かけるときは南海電車を使って中百舌鳥へ足を運び、「一番」のとんかつ定食を食べたい。ところでマスター、いつも混んでいるそうだから、元あった場所に支店をつくりませんか?僕はそっちへ食べに行きますよ。


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