セックスと嘘とビデオテープ


                        1989年/米/カラー

    映画は一人で見に行くに限る。自分が面白いと思つたものを、連れがけなした時ほど悲しい思いをすることはない。もちろん気の合つた連れがいたほうがよけいに楽しめることもあるが、そもそも、映画そのものがエジソンの"電動のぞきからくり"に端を発しているのだから、本来は一人で見て楽しむものなのだろう。映画館が必要以上に暗い理由も、案外そんなところにあるのかもしれない。画面の中にスムーズに自分を没入させてくれるものであれば、人が何と言おうと自分にとって良い映画なのだと思う。だから、良い映画をみるときは、もしくはその映画が良い映画になるためには、映画館は適度に小さいほうが良い。客がまばらなほうがもっと良い。映画ファンにとって、映画館というのは随分と隠微な空間なのだ。
最近は、ミニシアターと呼ばれるものが、都内を中心に目立ちはじめた。そこでは、単館上映と称して、他では上映しない良質で芸術性の高い作品が、特に若い女性をターゲットとして上映されている。文化はまさに女性上位時代、おじさんたちが赤ちょうちんで飲んだくれている間に、女性たちは、小粋なレストランでクリコのシャンペンでも愉しんだ後、ミニシアターのレイトショウへと赴く。そしてそこで期せずして良質な映画と出会うこととなる。感性は次第次第に鍛えられて、よりソフィストケートされていく。かくしてミニシアター=女性向きという構図が出来上がることになる。
中年族に比べると、若い男性は少しはオシャレだが、そのオシャレも常に女性主導型で、外見はほどほどでも知的な方まで着飾る余裕がない。知的な訓練をしていないから、女たちの知性や感性についていけない。そこで彼女たちは僕らのようなちょっと粋なインテリおじさんに惹かれることと相成る・・・。なーんてことは絶対に起こらないことが分かっていても、ついついそんな想像をしてはニヤニヤしている。まったく男なんてものはいつまでも他愛のないものだ。「もともと文化などというものは女性的なものなのだから」と割り切つて、せいぜい僕らも女性化して、良質な女性雑誌の文芸欄でも楽しむこととするか。
 そんなわけで、今回はミニシアターの先駆けである日比谷シャンテで封切られ話題を呼んだ「セックスと嘘とビデオテーブ」(89米)を紹介しよう。
この作品は、アメリカの新人、スティーブン・ソダバーグ26才のデビュー作である。 ずばりタイトルに掲げられたセックスと嘘。謎めいて複雑なこの二つの事象と、現代人心理との関わりを、映画はビデオカメラという最も現代的な機器を使つて、繊細に探つていく。 <アメリカ南部の小都会に住むジョンとアンの夫婦は社会的にも安定した理想的なカップルである。しかしその裏で、アンはセックス・コンプレックスから精神科医に通う毎日だし、一方ジョンは貞淑すぎる妻に飽き足らず、奔放なアンの妹シンシアと肉体関係を結んでいる。
 ある日、ジョンの級友グレアムがビデオ・カメラを携えて彼ら夫婦を訪れたことから、彼らの欺瞞に満ちた生活が崩れ、内面に潜んでいた自己が浮き彫りにされていく。実は、グレアムは精神的にいわば“閉ざされた”性格の持ち主で、自分で撮つた女性たちの「セックス告白ビデオ」でしか快感が得られない。しかしそんな彼の前だからこそ、女性たちは一様にリラックスして赤裸々な自分をさらけ出すことができるのだ。彼は他者と一定の距離を保つことで、他者との好ましい関係を保とうとする。だが、アンに惹かれていくにつれ、彼の心のなかに微妙な変化が生じていく。そしてとうとうグレアム、アン、ジョンの三人の間に衝撃の瞬間が訪れる・・・。>(以上プログラムより一部抜粋)

 この作品の斬新なところは、普通、映画人たちがフィルムとは別なものとして否定しがちなビデオというメディアを逆に映画の中に積極的に取り入れ、"ビデオ画面をスクリーン一杯に映す"など極めて挑戦的な手法を用いながら、映画そのものの可能性を広げたところにあるといえよう。また、ストーリー展開の上でも、ピデオテーブという日常のありのままを映す装置を通して、だからこそかえって見落とされてしまう"表層の内側にある真実"とでもいうべき各個人の内面の多様性を、逆説的に表現している点も注目される。
  "嘘"が日常化しているこの成熟した社会においては、"セックス"までもが不毛な形態を露呈しつつあることは事実のようで、"ピデオテーブ"の中に、さまよえる現代人たちの不安といらだちを見事に集約させたこの若い監督の手腕は高く評価されるべきだと思う。
 まさに「今どきの映画」といっていい傑作である。
 この作品は、1989年度のカンヌ映画祭でグランプリを獲得した。カンヌ映画祭といえば、数ある国際映画祭の中でも、新人の発掘に力を入れている権威ある映画祭であるが、ちなみにこの時の審査委員長は、これもミニシアターでロングラン記録を樹立した「ベルリン天使の詩」(88独)のヴイム・ヴェンダースだった。                      


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