10.二人の距離

母が夕食だけ食べていってと言うから、
そうすることにした。

家具や電化製品も全部、
明日お店から届く予定だし、
今、部屋に戻っても何もなかった。

弟も学校から帰ってきた。

父にビールを勧められたので、
運転するからと断ると
じゃああたしが付き合ってあげる。
と母が2つグラスを持ってきて言った。

あたしの母校に通う弟が
高校生活の話を色々してくる。

あの先生はどうだとか。
部活はきついだとか。
学校は山の中だから涼しいけど、クーラーは欲しい。とか。

弟の今の担任は
あたしが3年だった時の担任なので、
熊みたいな体格のその担任の話で
しばらく盛り上がった。
怒ると吠えるように怒鳴っていたことを思い出して、
また研の顔が浮かんだ。


朝、自転車で二人乗りをして登校してきた日に限って
担任が校門前に立っていて、
いつもその声で怒鳴られた。
ばつが悪そうにはにかむ研の顔。
だけど楽しそうだった。
それはあたしが楽しかったから。


あたしの高校生活は短かった。

思い出すのは一瞬だからそう感じるだけなのか。
それとも本当に時間が早く流れていたのか。


§ § §


触れた指先から熱が伝わる。

研もあたしの手を握り返した。

学校の出口で二人、
馬鹿みたいに夕陽が沈むのを見ていた。

永遠のようなひとときだった。


「あ。写真。」


夕陽が沈んであたりが暗くなってきた頃、
帰り道で自転車をおしながら研がそうつぶやいた。
おもわずこぼれたように落とした一言。

「撮らなかったね。」
「うん。惜しかったな。」

研はそう言ったけど、
全然惜しいことしたようには聞こえなかった。

あの空はちゃんと残っている。

いくつになっても記憶の中で息づくと言える。

形で残すより、
何倍も価値がある。


二人、同じ時間を共有したあの瞬間。

手と手をつないだ瞬間、ひとつになった。


あたし達は距離を失った。

04/08/26

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