8

握り締めた自分の手が冷たい。
鼓動は、おだやかな教室の色に似合わないくらいの速さ。

でもゴールした瞬間に私は、ちゃんと勇気を得た。
走りきったことで、自信を持った。

きっとこれはチャンス。



「おつかれ。」
緊張していることがばれないように、
できるだけ自然な声を出したつもりだった。
だけど、なんだか変に声が高かった気がして、ちょっと後悔した。

彼が、少し驚いたように振り返った。
火照ってるであろう顔が、西日で隠せればいいと思った。
「あ、あの。ありがとう。」
必死でしゃべる私に、彼は少し微笑んで首を振った。

「あの時、支えてもらえなかったら絶対転んでた。」
そこまで言って息を飲んだ。
すごく緊張しているのが自分で分かった。
彼に対して、よりも私を見据える目に対して。
「そしたら、もう起き上がって走ることなんてできなかったと思う。
 ありがとう。」
彼がちょっと照れたように笑ったので、つられて私も笑った。


「...でもどうして男子のコースなんか走ったの?」

自分的には、そこで会話は終わって、
ばいばい、のつもりだったから、この質問には正直あせった。

この気持ちを、どう伝えればいいんだろう。

微笑をうかべたまま私は、言葉を失った。
彼は、答えにくそうにしている私に背中を見せた。

窓の外には、少しの生徒。
静まり返った教室。

私は、彼の後姿を見ていた。
私が、今日
ううん。
去年から追いかけていた背中。


「...近づきたかった。」

ぽろっと出てきた言葉だった。
心で言ったつもりだった。
彼がぱっと振り返ったのを見て、
初めて自分が、その言葉を口に出していたことに気づいた。
びっくりして、こっちを見ている彼を前に、
私はごまかしきれないくらい程にあわてた。

次の瞬間、
彼は笑った。

ゴールするときと同じあの笑顔で。

「そんなんで無茶するなよ。」

私も照れ笑いした。


窓の外から、涼しい夕方の風が吹いた。
昨日までとは、明らかに違う空気。
私の周りに流れ出す、新しい時間。
そして
「はじめましてだよね。これから1年、よろしく。」
私は、ずっと言いたかった言葉をやっと伝えた。

彼がするように、前を見据えて。
あの笑顔で。

after talk

2004/3/23

back