東京大学2001年度入学試験 物理(第1問)についての考察

議論を始める前に,まず申し上げておきたいことは,問題の設定に対して誤りがあるとは考えていません。現実に実験できる設定ですから何の問題もありません。しかし設問に対しては大いに疑問があります。少なくとも,設問の要求を測りかねる部分があります。

それでは,設問の中で疑問を感じる部分を箇条書きにします。

A.Uに設定では小球は壁と棒の両方から瞬間的に力積を受けることになるが,(1)における「衝突を完全弾性衝突であるとして,」の衝突とはその全体を指すのか,壁との衝突のみを指すのか。

B.完全弾性衝突という用語をどのような意味で用いているのか。

何故この部分に疑問を感じるのか説明します。

1.少なくとも,(1)の後半に出てくる「衝突の瞬間に小球が受けた力積の」の衝突は,小球が壁と棒の両方から瞬間的に力積を受ける現象全体を指すはずです。そうでないと,(2)の設問が無意味である。

2.となると,前半の衝突も全体の現象を指さないと,(1)の問題文が日本語としておかしい。同じ言葉を一文の中で異なる意味で用いるのでは,暗喩が強すぎて第三者である受験生には理解できない。

3.前半の衝突が全体の現象を指すのならば,はね返り係数は定義できないので,完全弾性衝突の意味は,「力学的エネルギーの保存」となる。しかし,これは物理的に不自然である。(少なくとも,私はそう思います。その根拠は後述します。)

4.完全弾性衝突の意味が「力学的エネルギーの保存」であるのかを,疑問に感じる理由がもう一つある。それは,教科書では,はね返り係数が1の衝突を完全弾性衝突と呼んでいる点である。

5.しかし,前半の衝突をはね返り係数が1の意味で解釈すると,衝突を壁との衝突と,それに引き続く棒との衝突とに分解して議論しなければいけない。これは,2.の疑問に戻る。

結局,私は日本語の問題としては疑問が残りますが,物理的な考察から前半の衝突は壁との衝突のみを指し,完全弾性衝突は「はね返り係数が1」を意味するものと解釈しました。このような解釈に準じて作成した解答はここにあります。

このように解釈した根拠は次の通りです。

・棒は質量と変形を無視しているので,小球に対して棒の方向にしか力積を与え得ない。

・瞬間的に棒の方向に力積を与えるためには,小球が棒の方向に速度を持ち,いわば小球が棒と衝突する必要がある。

・そのためには,その前に,小球と壁の衝突が完了する必要がある。

・したがって,現象を壁との衝突と,棒との衝突とに分けて議論することになる。

・その場合,Tの問題文(壁との衝突は完全弾性衝突とは限らない)とのつながりも考えて,完全弾性衝突は壁との衝突が「はね返り係数が1」であることを意味する。

もう一つ完全弾性衝突を現象全体を通しての「力学的エネルギーの保存」と解釈したくない理由は,

・そのように解釈すると,壁との衝突の直前に棒が消滅した場合には,衝突により力学的エネルギーが増加することになる。これはいかにも不自然である。

・これには,棒の存在により壁との衝突による力積が影響を受ける(もともと分解して議論できない),と反論する人もあるが,小球と壁との衝突による力積は,接触する面の状態と衝突する速さで決まり,棒の存在は無関係である。

東大の問題も,私の解釈と同様の意図で出題されたものと信じます(ただ2.の問題が残ります)が,巷で解答速報として発表されているものは,それとは反するものです。このような物理的に誤った議論が蔓延するのは問題です。そこで,出題の真意を確かめたかったのが,東京大学に質問のメールを出した動機です。

勿論,私の議論に誤りがある可能性もあります(今のところ,私自身は誤りはないと信じていますが)。完全に疑問を解決するには,現実に実験を行うしかありません。出題者の方が,実験的な根拠に基づいて出題されているのならば,是非教えていただきたいと思ったことも,質問のメールを出させて頂いた理由のひとつです。回答をいただけなく大変残念です。

物理の入試問題はいくつかの理想化を行って成立するわけですから,実験を行っていなくても,問題文に十分な情報が提示されていれば問題ないと思います。しかし,この問題には前述のように,情報の解釈で迷う点が多々あります。

 

以上,書きたいことを書かせて頂きましたが,何かご意見等ありましたら是非お聞かせ下さい。改めて,東京大学からの回答も切望します。