いまから二百数十年前のことです。 この村里に正直な貧しい老夫婦が住んでいました。二人は、大変働き者で、おばあさんは少しばかりの畑を耕し、 おじいさんは近くの山からとってきた柴を南関のまちへ売りに行くのを毎日の仕事にしていました。

今日も、 おじいさんは、いつものように柴を担いで南関の町へやってきて 「しばえー、しばいらんかのー」 と呼びながら一日中売り歩きましたが、どうしたことかきょうに限って一束も売れません。おじいさんは、仕方なく疲れた足を引き摺って、帰り道につきましたが、大橋の上までくるとふと立ち止まって 「これは私の日ごろの信心が足らんからに違いない。一つ、水神様にでもお参りしていくかの」とつぶやきながら、川渕におりていって、小さなこえで「のこりもので、すいませんがの....」 といいながら、担いでいた柴をみんな川に流して、水神様にお祈りをしました。 おじいさんは、なんだか晴れ晴れとした気持ちになって橋のたもとまで戻ってきますと、誰か後ろの方で声をかけるものがあります。 見ると、一人の美しい女が、真っ白な衣に、濡れたようなつやつやした髪を後ろに長くたらして立っていました。

「先ほどは、きれいな柴をたくさんくださってありがとうございました。 お礼に水神様が、この小僧様を差し上げたいとおしゃっています。この小僧様は、はなたれ小僧さまといって、おじいさんの願いは何でもかなえてくれます。ただエビなますだけしか召上がりになりませんから、毎日、エビなますを作って差し上げてください」 といって、その女は、小さな小さな小僧様を差し出しました。 顔かたちの整った愛らしい小僧様ですが、どうしたことか、鼻の下には汚い二筋の鼻汁を垂らしています。

「これこそ、本当に神様の御恵みじゃ。大切に御育てもうさにゃならんの」 とはなしを聞いたおばあさんも大喜び、二人は早速、小僧様を大切に育てることにしました。

そして、はなたれ小僧様に不自由なものは何でもお願いして結構に暮しておりました。 このようにして、二人のほしいものはつぎからつぎえとはなたれ小僧様が出してくれるものですから、二人はいつしか村一番の大金持になっていました。

ところがだんだん月日がたつにつれていつのまにか小僧様のおかげも忘れて、 どちらともなくわがままをゆうようになりました。

「これ、ばあさんや、わしゃ、近頃、冷たい水に入って、エビを取るのがおっくうになってのう」 「そうじゃろ、そうじゃろ、こげなとしになって、そげん働かんちゃ、何一つ不自由するわけじゃなし、なんちゅうても、うちらは村一番のぶげんしゃたい......そらホラホラ、あの小僧のはなたれてきたなかこと、うちゃ、あの鼻汁ば見ただけで、気持ち悪うなろごたる。」

二人は相談して、とうとう小僧様を追い出すことにしました。 そしてある日 「もうわしもこの年じゃ冷たい水に入ってエビを取るのがたいそうからだにこたえますのじゃ。 小僧様、もうこのへんで水神様に所へ帰ってくださらんか.....」 まことしやかに申しました。

はなたれ小僧様はかなしそうな顔をされましたが、ズルズルと鼻汁をすすって姿を消されました。するとどうでしょう.......あれほど立派な屋敷も米倉も、みんなしだいしだいに消えていき、後には野原に朽ち果てた一軒家だけが、ぽつんと残っているきりでした。


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