あれぁイイ日だった-スジブトヒラタクワガタ編-

標本修理工T


 
 
 日本が世界に誇るクワガタムシのひとつに数えることができるであろうスジブトヒラタクワガタ。なぜに世界に誇ることができるかというと、その特殊性にあるであろう。世界に分布するDorcus属の中で、大型種にもかかわらず大型♂の上翅にくっきりとスジが出るのは本種だけである。しかも、世界中で奄美諸島(奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島? 徳之島)にしか分布しておらず、近似種が見当たらないという点においても、かなりおかしい。

 “スジブトヒラタクワガタはヒラタクワガタの中でも原始的な種である”ということを聞いたことがあるが、ここでいう「原始的な」というのは、形が原始的というわけではなく、「本種の起源が古い」という意味だと思われる。本来「原始的な形」をつきつめると、♀の形態になるらしいと記憶している。そーゆー意味では、♂と♀の外形態にほとんど差がないFigulus族(認められるならばFigulus亜科)などは、クワガタムシ科の中でも「形態的に原始的な種」であると言える。

 数年前、かなりお年をめした虫屋さんに、こんな話を聞いたことがある。
 「戦前はスジブトヒラタの標本は国内に数匹しかなかった。小さいのがね。その頃はすごい珍品だったんだよ」
 戦前の話なんて、普通は聞けない。

 現在では数も採れるようになり、珍品という座からは転落しているが、外国のクワガタマニアにはかなり人気が高いと聞く。数年前までは「60mmクラスはまだ海外流出していないだろう」と言われていたほど大型個体は少なく、現在でも55mmを超える大歯型を採るのはちょっとキツイ。

私が経験した感じだと、58mmオーバーの大型は100♂♂に4〜5匹といったところ。65mmオーバーとなるとさらに数が少なく、現存する採集個体の65mmオーバーの数は、予想として20頭ないのではないだろうか? 採集最大は70.1mmの超オバケ個体で、これを抜かすのは野外でオオクワの80mmを採るのに匹敵するくらい難しいといえば、その珍品度がわかるだろう。採集個体NO.2は67mmと言われており、その下に前ギネスの66.6mmがくる。

66.6mmや67mmならば自分でなくともいつか誰かに抜かされるだろうと予想できるが、70.1mmはムリだ。

ギネス個体は2パターンに分かれる。サイズがあまりにも飛びぬけていて並ぶ個体がいないパターンと、いくつか同じくらいのサイズが採れていて、その中でなんとかギネスになっているパターンだ。現スジブトギネスは当然前者になる。私が考えるに、アマミシカ、ヤクスジ、エラブノコ、ヤエノコ、アマミネブト、ヤエネブト、チョウセンヒラタなどは、超オバケに属すると思っている。

 現ギネスの70.1mmの実物を見た時は、日本のクワガタムシに見えなかった。両方の触角はなかったが、それを補ってあまりある体の大きさであった。この個体が採れた場所は、採集者である奄美のM氏に案内していただき、「ここで採れたっちょ」と落ちていた場所を指差してもらったのだが、「なぜ?」と首を傾げるしかなかった。

S氏とその場所へ連れてってもらう時には、「今まで誰も採集に来なかった場所だから、きっとすごい環境が残っているに違いない! トラップをかけるしかないでしょう!」などと言っていたのだが、現地に着いてヤメタ。とてもじゃないが、そんな環境ではない。

 ちなみに、NO.3の66.6mmの採集場所へも行ったことがある。こちらはある程度の環境が残っているにもかかわらず、トラップにはなんも来なかったと記憶している。ダメですな、〇戸峠は。

 ついでに蛇足ながらひとつ書いておきたい。原名亜種(もしくは原亜種)という用語があるが、これを「原種」という理解の仕方をしている人がいる。つまり、〇〇という亜種がいた場合、その〇〇亜種は原名亜種から分かれた個体群と思っているようなのだ。私が理解している「原名亜種」とは、「〇〇亜種」という個体群が記載された時に、「あくまでも先に名付けられた個体群」という意味のものである。なので、より古い形質を保った個体群が発見されたとしても、原名亜種の位置付けが変わることはないのだ。
 
 
 

 第一部 奄美大島編 その壱

 スジブトヒラタの存在を知ったのは、いつ頃だろうか? あれは確か……、小学3年の時に手に入れたマメ図鑑だったか。白黒の図鑑だったので細部のディティールがよくわからず、大腮先端が強く下方へ曲がっていると思っていた。もともと、ヒラタクワガタに強い憧れを抱いていた私であったが、このヒラタにはそれほど強い印象を受けていない。小さな写真だったし、なんか色褪せた感じの印象だったな……。

 カラーで見たのはパーフェクトシリーズ。多少拡大された写真ではあったが、体長に比して太い体が印象的な、かっこいいクワガタという位置付けにレベルアップした。

 1991年8月13日。トカラをまわり終えた私と友人は、帰りの飛行機に乗るために奄美大島へ立ち寄った。ただ立ち寄る訳がなく、バナナトラップを昼間のうちに仕掛けて、夜に見まわることとした。その当時のバナナトラップは考えただけで笑ってしまうようなもので、ミカン網にバナナを1本ずつ入れた非常に御粗末なもの。

バナナはそこそこ発酵してはいたが、まだ虫を集めるにはかなり不充分な状態だった。しかも、昼間トラップを仕掛けているのに、すっごくハブを恐れて緊張してんの。トラップ一つ仕掛けるのに、足元をじっくり慎重に見ながらやってるんだから今考えると笑っちゃうけど、誰でも現地へ初めていけば、同じような感じだろうな。

 夜、バナナトラップを回収に行く。奄美には一晩しか滞在しないので、この夜が勝負なのだ。果物トラップは通常仕掛けた翌晩から効果を発するものなので、仕掛けた夜に成果などは期待できないものだが、このド素人の頃は、そんなこと当然知らない。
 「きっとトラップにはクワガタがウジャウジャと……」
 なんて、ありえないことを考えながらトラップを見ていくと、現実はゴキブリくん達のエサ場となっていた。まぁ、そんなもんだろう。

 そろそろトラップも終わりに近づいた頃、あるトラップにクワガタの♀が付いているのが目に入った。
 「スジブトだ!」
 初めて見るクワガタだけど、図鑑を穴があくほど見ていた私には、一目でわかった。印象的な上翅のスジは見間違えることはない。アマミヒラタの♀にもくっきりとスジが入っているが、それとはまったく違うのだ。

 そうそう、関係無いけど、クワガタの種類がわからないって人、すっごく多いよね。私は国内のクワガタなら、初めて見た種類でもだいたい同定できる。なぜかというと、図鑑を暗記するほど何度も見ているから。種名と形と生態と大きさと分布と学名までが“=”で結ばれて頭に浮かぶ。一見してすぐにわからないのはニセコルリの♀、一瞬迷うのはチョウセンヒラタとツシマヒラタの♀。種の♀はニセコルリ以外はほぼ完璧に見分けられるけど、亜種の♀はムリだな。

 話を元に戻して……。
 採集したスジブトの♀はすぐにシメて、標本にした。期待した成果は得られなかったものの、「今度来る時には絶対採ってやる!」と心に秘めて、奄美大島を後にするのであった。

(上写真がこの時の♀。当時の御粗末なバナナトラップによくぞ来てくれたものだと感心する。なんとも思い出深い個体だ)
 
 

 第一部 奄美大島編 その弐

 見事に玉砕をくらった1991年の採集から1年後。1992年の秋に再度、奄美大島の大地に立つ私がいた。狙いはアママルを視野に入れた全種だったのだが、そうは問屋が降ろさない。

はっきり言って、この時の採集において、スジブトのことはあまり印象に残っていない。唯一覚えているのは、人が仕掛けっぱなしにしていたパイントラップで採ったスジブトが、その時の最大個体だったことくらい。しかもその個体は、付節1本欠けのアゴ先スレ個体で、たったの44mm。スジブトの大歯型が最大の目的だった私には、うなだれながら帰ってくるしかなかった。

(上写真がその採集個体。もうどうでもいい部類に入るので、“コレクション箱”ではなく“どーでもいい箱”に入っている。今回は、この撮影のために引っ張り出してきた。右の♂はこの時一緒に採れた♂だが、今まで採集したスジブトの中で一番小さい個体)
 

 第一部 奄美大島編 その参

 1991年に奄美大島でまたまた玉砕をくらってから4年が経過し、今日は1995年の6月29日。奄美に来て1週間が経とうとしている。今年の奄美は梅雨明けが遅れており、例年ならば6月の20日前後に梅雨明けするのに、今年はまだしていない。奄美に来てから毎日のように小雨がパラつき、虫もろくに採れない日々が続いていた。

 ところが、昨晩から天候が回復してきていた。まだ完璧とは言えないまでも、なんとか採集は可能だ。
 「今夜はいけるんじゃないですか!?」
 と意気込んだ昨晩の成果はぜんぜんダメダメで、「なんてこった……」と気持ちも萎えてくる。

 さて、今日は金作原でフェリエベニボシカミキリを狙おうということになった。フェリエベニボシカミキリとは、奄美大島にいるカミキリの中でも、けっこう珍品の部類に入るキレイなカミキリだ。金作原にはフェリエベニボシがよく飛んでくるポイントがあって、そこでアミを持って狙おうというのだ。

 しかし、狙いのベニボシはなかなか飛んでこない。ベニボシを待ち始めて2時間ほどが経過した頃、なにげなく看板がかかっているタブの木が目に入った。自然公園などに行くと、よく樹木に樹種が書いてある看板があるが、あんな感じで「ゴミは持ちかえろう」みたいなことが書いてあった。

 「そーいえば、昔あんな看板の裏で大きなシカを採ったよなぁ……」
 などと思いながら、その看板をめくった瞬間、
 「!!!」
 信じられない光景が目に飛び込んできた。そーっと看板を元に戻す。
 「Sさーん、カ、カメラカメラカメラ〜〜〜! カメラ持ってきて〜」

 S氏が来てから再度看板をめくる。そこには、目測で軽く60mmを超すスジブトヒラタと、小型のスジブトが1ペア、にじみ出る樹液を真昼間からなめていたのである。もちろん、こんな大きなスジブトを見るのは初めてであった。バナナトラップについている光景ならまだしも、タブの樹液に来ているのを見つけるなんて、奇跡的なことだ。
 ノギスは持ってきていない。

 T:「何mmかな」
 S:「63mmはいってるでしょう」
 T:「いやいや、案外60mmいってなかったりして」
 S:「Tさん、謙遜するのもいーかげんにしてください(怒)」

 そんなやりとりの後に、宿へ戻って計測の儀式。63mmどころではなく、65mmジャストであった。全体の感じから越冬個体みたいだが、これまた奇跡的にアゴ先はまったく磨耗していない。スジブトの越冬個体はアゴ先が丸く磨耗した個体が多いのだ。

 P.S:そのスジブトが採集された同日、大和村ではアマミネブトの35mmオーバーが、トンボ屋さんによって採集されていた(かなりショック……)。さらに、我々がトカラに出かけていた7月13日に、地元のM氏(こちらは蝶屋さん)によって、70.1mmのギネススジブトが拾われていた。後日、奄美大島に戻ってきた我々がM氏宅にお邪魔すると、「Sなんかー、その時奄美におればー、あげたっちょー」と言われた。自己採集品だけをコレクションに入れているS氏も、さすがにこれはショックを受けていたようだった。

(上写真が自己採集最大のスジブトヒラタ65mm。右の2個体は両方とも60mm。65mmのスジブトは、私が今までに採集したクワガタの中でも、かなり上位にランクされる自慢個体だ!)
 
 

 第一部 奄美大島編 その四

 トカラを脱出して一時分かれていた私とS氏は、8月に再び奄美で合流し、またまた一緒に採集を始めた。8月の奄美大島といえば、狙いはアマミミヤマである。毎晩、アマミミヤマを求めて、電柱とシイの大木をルッキングする。

 8月12日。毎日蒸し暑い日が続いているが、昆虫採集にはもってこいだ。今日は湯湾岳へアマミミヤマを採集に来た。昨年までは、湯湾岳山頂まで車で入れたようだが、1995年から入り口にゲートができてしまっていた。よって、ゲートから先は歩いていかなければならない。

 もう何回湯湾岳に来ているだろうか? 先日はビロウの木につかまっていたアマミシカの大歯型を採集し、その前には47mmクラスのアマミミヤマもゲットしていた。「さてさて、今日は何が入るだろう?」なんて考えながら道を登っていく。しかし、今日に限ってろくな虫がいない。アマミミヤマは確かにいるが、小さいのばかりだ。

「まぁ、こんな日もあるさね」と自分の心に理由をつけて、来た道を下りはじめる。通常夜間歩く時は、懐中電灯で自分の行く先を照らすだろう。我々も同じように、道の先を照らしながら歩いていた。すると、懐中電灯の明かりに照らされて、大きめなクワガタの影が浮かび上がった。

 S&T:「(同時に)うわっ、でかい!」

 なんと、我々の目の前に現れたのは、いま蛹室から脱出してきたと思われるくらいビカビカの、大きなスジブトヒラタであった。上翅のスジも、アゴ先も、これ以上新鮮なものはないんじゃないかというくらい完璧な個体だ。宿に戻って計測すると62mmを少し超していた。どう考えても、蛹室から脱出したばかりに見える。

 初夏の頃に採れるスジブトは、大型はスレが多く、小型はビカビカのパターンがよくある。やはり、大きさによって出現時期にズレが生じているみたいだ。どーゆーことかというと、小型個体は大型個体にどうしても負けるから、先に成虫になって蛹室から脱出し、早いうちに♀と交尾をする。大型♂は後から発生して、ゆっくり交尾。だから、初夏の頃にはビカビカの大型♂は少ない(いないことはない)。これも、配偶戦略なのだろうと勝手に解釈して、すぐに毒ビンへGO!

(この時のビカビカ個体はS氏に渡ってしまったので、私の手許にはありませぬ。それにしても、キレイな個体だった)
 




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