近場採集のススメ

えいもん



クワガタ採集は、大人の趣味としては、世間一般からみればいささかマイナーな類いの趣味であると言えるでしょう。 しかしながら、インターネットの普及や多くの関連雑誌・書籍の刊行により、一部のマニアの間では採集ブームが起きつつあるように思います。 特に、インターネットの威力は非常に大きいのではないでしょうか。ネットによって、全国に点在する同じ趣味・志向の「同志」の間のつながりが簡単にできるようになり、その結果、ネット上を様々な情報が飛び交うこととなりました。 こうした状況の変化は、採集について興味を潜在的に持ちながらこれまで腰が引け気味だった大人達を、次々と野山に駆り出しています。 このような中で、ネット上では心強い存在であるはずの同志達が、いざ採集地では顔も見知らぬライバルとなるという事態まで生じています。

こうしたことを考えると、不特定多数の人々に今さら採集を「勧める」ことは、まことに気が引ける思いです。 そもそも限られた週末や平日の深夜くらいしかまとまった採集機会がない自分のようなド素人採集者は、多くの人のためになる貴重な情報や高邁なウンチクを披露できるわけではありません。 一方、これ以上ライバルとなる採集者が増えて行くのは、はなはだ自分勝手ながら、個人的には困るという面もあります。

それでも、せっかくの特集の機会ですから、特にこれから採集にのめり込もうという初心者の人達(自分もそんなものですが)に向けて、全くの個人的な考えを駄文の中でまとめてみます。

ここでわたしが勧めたいと思うことは、「近場」の「普通種」採集です。

そんなことは手始めとして当たり前と思う方もおられるでしょうし、コクワ・ノコなどのいわゆる普通種の採集にはさほど興味を持たない方もおられることでしょう。 それにもかかわらず、ここで自分が述べたいことは、これから採集活動にある程度時間を費やすならば、有名産地に思いを馳せる前に(またはそれと同時に)、まず足元を固めてみてはいかがでしょうか、ということです。

「近場」といっても特に定義があるわけではありません。人によって生活環境は様々なので、近い・遠いという感覚も異なるものです。 ここでは、例えば車で、交通事情も加味して1時間以内、少し遠出して2時間くらいまでの距離、としておきましょう。 都市部に住む多くの人の場合、こうした近場では、普通種(これも地域や採集経験などによって異なってくるのですが、関東を想定して、とりあえずコクワ・ノコ、そしてミヤマ・ヒラタ)以外を採集するのはそう容易なことではないと思われます。

近場採集の利点は、何と言っても、足繁く通える、という点にあります。 上手な採集には、ある程度の経験とセンスに裏打ちされた技術や勘が必要ですが、採集成果を上げるには、優良なポイントを見つけそこに足繁く通うことこそが一番わかりやすい方法です。 そして、近場のポイントは、まさに足繁く通うことができるので、成果が出やすいわけです。 こんなことは当たり前なので、今さら言うまでもないことなのですが、ここで改めて整理を試みると、近場採集には次のようなメリットがあるように思われます。

1.近場の採集を重ねていくことにより、その地域の情報通・専門家になれます。

住んでいる地域のクワガタの生息状況や分布がどのようなものか、いつどこへ行けば何が採れる可能性が高いかなど、自分だけのデータを蓄積していくことができます。 近場のポイントに足繁く通うからといって、その地域の普通種を反復して採集するという必要はありません。 採集は、クワガタを採集可能な状況で発見するプロセスにその面白さがあるとすれば、実際に採集して持ち帰らずに、キャッチ&リリースかまたは観察にとどめておけばいいわけです。 しかし、そうして蓄積された情報を自分なりに整理していけば、やがてその地域にとって貴重な情報となるでしょう。 他の地域の友人との情報交換にも役立てられます。また、こうしたことを通じて、場合によっては自然観察や自然保護などのコミュニティ活動にも貢献することができるでしょう。

2.我が子や近所の子供達を採集に連れて行ってあげることができるようになります。

わたし達「くわ馬鹿」の多くは、自分の子供のころと比べて今の子供達は採集環境に恵まれていない、と感じています。 そんな子供達に、できるだけ昆虫採集、クワガタ採集の醍醐味を味わわせてあげたいではありませんか。 遠くの有名採集地に子供達を連れて行くのは容易なことではありませんが、車で30分〜1時間くらいの距離ならば、たとえ夜間の採集でも、気軽に連れて行ってあげることができます。 そして、虫好きの子供達であれば、ノコ・カブトやたとえコクワであろうと、樹液や灯火に群がるところをライブで見ることができれば、熱狂すること間違いないでしょう。 上手くすれば、くわ馬鹿を「累代」できるわけです。

3.自分の採集技術の基本を固めることができます。

クワガタ採集においては、多くの場合、地域・種類を問わず基本は同じであるという面があるように思われます。 したがって、自分の地域で採集の腕を上げれば、当然、他地域で同じ種類を採集しようとする場合に、その腕は大いに生かされるわけです。 そればかりではありません。例えば、ヒメオオやアカアシを高地のヤナギなどで採集する場合、それらのクワガタが「いそうな」ホストの木というのは、やはり日当たりや風通しのよい場所にある木であり、これはクヌギなどの低地採集と基本的に変わらないように感じます。 したがって、低地のクヌギ採集で経験を積み、勘を養えば、高地においても効率的な採集にきっと役立つものと考えられます。 近場採集というのは、野球に例えれば、フォームや打つポイントをチェックするために反復して練習するトス・バッティングのようなものでしょうか。

4.普通種の採集や野外観察だって、十分に楽しく興味深いことです。

最近のことですが、まちかね掲示板の中のあるツリーで、リュージョンさんが、「同じクワガタなら家に近い場所で採れるほどうれしい」と書かれていました。 わたしは、このことにたいへん強い共感を覚えています。 極端な例をあげれば、都市部に住んでいて、コクワが家の庭かごく近所で見られるとすれば、そのコクワは遠方で見られるコクワよりもはるかに価値の高いものと感じることでしょう。 それがノコやヒラタであれば、なおさらではないでしょうか。近場採集においては、そもそも普通種は馬鹿にできません。 自分としては、いつも行く採集ポイントの樹液に、大歯型のノコがベタッと貼りついていたら、採るか採らないかは別として、その発見にたいへんな喜びを感じます。 第一、ノコやヒラタって、とても格好いいではないですか。 それに、近場のポイントといっても、ある程度の環境が整っていれば、通っているうちにいつかはオオクワなどの大物にも巡り合わないとも限らないでしょう。

5.同じポイントでも、時期によって観察できる昆虫の様相は異なるので、折々の採集を楽しむことができます。

近場のフィールドは、季節を問わず気軽に通えるので、初夏から初秋にかけて、いろいろな場面に出会うことができます。例えば自分がこの夏に足繁く通い続けている東京都内某所のポイントは、5月のGW明けからコクワ、そしてヒラタが出てきて、6月からはノコ、6月下旬よりカブトが出て、7月から8月中旬くらいまでコ・ノコ・ヒラタ・カブトのバラエティが楽しめ、8月下旬以降9月下旬に至るまでは再びコクワとヒラタのみ、という感じでした。 そんなことを観察するだけでとても楽しいし、「ヒラタは初夏を過ぎると採りにくい」とよく言われますが、そのことは少なくとも当該採集ポイントには当てはまらない、というようなこともわかってきたりします。

以上が近場採集のメリットだと自分なりに考えていることなのですが、いかがでしょうか。

なお、近場採集においては、その地域を自分でいろいろと廻れるだけに、採集ポイントはできるだけ自力で見つけたいものです。 いわゆるマイ・ポイントである方が、実際に採集(観察)できたときの喜びが違うでしょう。ただし、近場で自分だけしか知らないポイントというのは、これだけ採集者が多い現状では、ほぼありえません。 ここでいうマイ・ポイントというのは、あくまでも自力で見つけ出したポイントということであり、それは他人にとっても足繁く通う採集ポイントである可能性が高いことに気をつける必要があります。 ただ、そのような場合でも、例えば一般の採集者が活動しない5月中や9月中などは、自分だけのポイントとなる、ということもありえます。

そのようなマイ・ポイント探しで一番有効なのは、冬場における下見であろうと思います。 木から葉が落ち足元に下草がない冬場は、有望なクヌギ・コナラなどのポイントを探すのに非常に適した時期です。 夏場の採集の成果は、冬場にどれくらい木を見て廻ったかによる、といってもけっして過言ではないでしょう。 近場であれば、冬期においても少しの空き時間さえあれば、ポイント探しに出かけることができます。

もちろん、遠くても有名採集地であれば採集効率は結局のところ高く、近場であればよほどの優良ポイントでないかぎり普通種でさえボーズを重ねることも多いものです。 また、有名採集地での採集経験は、近場を含め他の地域での採集に当然のことながらとても役立つので、興味と時間があれば遠距離にもどんどん出かけることは大いに結構なことだと思います。 実際には、自分としても状況が許せばいつでもそうしたいと考えています。 しかし、採集に慣れないうちに多くの採集者が集中するところを徒に追いかけるよりも、むしろ、自分が住む周辺の地域にしっかりと軸足を置いてその地域の情報通になることを目指す方が、たいへん価値があるように強く感じるのです。

自分が住んでいる地域の採集名人になってみませんか?




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