あれぁイイ日だった-ミヤマクワガタ編-/ 標本修理工T



 ミヤマクワガタっていいよね。なんか、身近なヒーローって感じ。アゴの形もカッチョイイし、大型になるし、なんといってもあの耳状突起は意味もなくカッコイイ! なんであんな耳状突起を持っているんだろう? まったく何の意味も使い道もないと思うんですけど……。「その個の持つ特徴に、ムダなものはない云々」といった生物学者がいたと記憶していますが、このミヤマの耳状突起はムダだなぁと思ってしまう今日この頃です。

其の一 黒島編

 ミヤマクワガタを初めて採集したのがいつのことかというと、これが明確に思い出せるから怖い。たしか、小学5年生の7月だった。親父に頼んで、よく車で虫採りにつれていってもらっていたんだが、そこではいつも、コクワとノコギリしか採ったことはなかった。しかし、ある晩。クヌギの木に見なれないクワガタが付いているのが目に入った。瞬間、「ミヤマだ!」とわかった。その個体は親父がアミにゲットしてくれたんだけど、後にも先にもその場所付近でミヤマを見たのはこれ1回キリだ。
 実際、ミヤマクワガタを初めて見たのは小学1年生までさかのぼる。近所の駄菓子屋のオヤジが虫採りが好きで、よくカブト、クワガタを採ってきては店先で売っていた。私はそれらを見るのが好きで、かなりな大型も数百円。私が未だに記憶のあることとしては、絶対に75mmは軽く超しているだろうと思われるミヤマが800円で売っていたことだ。うう、あの時代にノギスと知識とお金があったらば……と思うと、悔やんでも悔やみきれない(笑)。

 そんな話ももう20年くらい前のこと。未だに私の標本箱のミヤマは、せいぜい72mmくらいまでしか入ってないけど、数はそこそこ採れるようにはなっている。そんな中、私の耳に入ったのは、鹿児島県黒島にミヤマが分布しているという話であった。
 ニュースソースは月刊むしの1992年クワガタ特集号(だったっけ?)。短報欄に「鹿児島県黒島でミヤマを採集」なる記事が出ていて驚いた。鹿児島県黒島といえば、私が小学生のころから注目していた島で(小学生当時からキチガイだった)、コクワやノコギリが特化しているのは知っていたのだが、ミヤマが分布というのはかなりショッキングなことだ。その後、清水・村山コンビにより追加個体の発表があったが、1頭目と同じく小歯型(しかし、2頭目は新成虫だったので、微毛などは完璧だった)。大腮形状や耳状突起などの特徴はまったくわからなかった。ミヤマはそこがわからないとしょうがないのである。

 時に西暦1995年。奄美〜トカラ4島〜屋久・口之永良部島とまわりまわってここは硫黄島。ここでの採集も一段落し、さぁ、明日はどこの島へ向かおうかと考えていた。個人的には隣の竹島へ渡りたかった。竹島のヒラタは魅力あったし、なんといっても竹島は夏場の採集はまったくなされていない状況で、ハナムグリ類の記録もなかったし、ノコギリクワガタなんかもいるんじゃないかと思っていたからだ。そんなことを考えて竹島の民宿に電話を入れると「あいにく部屋がいっぱいで……」と断られてしまった。う〜ん、いっぱいじゃーしょうがないよなー、なんて思ったのだが、その直後、私と同じ宿に泊まっていた釣りグループ3人組が、その竹島の私が電話したトコと同じ宿に電話を入れたところ、あっさりOKが出た。なんのことはない、一人の客を泊めたくなかっただけの話なのだ。

 離島に限らないが、どこの宿でも一人客というのはたびたび嫌われる傾向がある。自〇志願者だったり、逃〇者だったり、犯〇者だったり、めんどくさかったりと、とにかくイヤらしい。ま、宿泊拒否をされたらそれ以上は考えないようにしている。

 さて、それでは他の宿へ連絡をしようか……と思っていたら、兵庫のO氏が黒島からやってきた。O氏とは以前から顔見知りだったのだが、このたび口之永良部島で偶然出会い、この三島村への船に同船し、私は硫黄島、O氏は黒島へと入っていたのだった。O氏の黒島での成果を見せてもらうと、多数のコクワ、ノコギリに混じってミヤマが2♂♂混じっていた。これにはやられた。子供の頃から「いつか欲しい」と思っていた島のクワガタを目の前に見せられ、しかもミヤマまで披露されたとあっちゃあだまってられなかった。

 すぐに黒島の民宿へ電話を入れる。O氏が使った宿は、車を貸してもらえないようなので、他の宿へ連絡を入れてみたところ、「車、大丈夫ですよ、一晩だけだったら」。よし、それでいい。どうせ船の関係で一晩採集のつもりだったし、いっちょやってくっかー!

 翌日の下りの船に乗り込み、黒島へ向かう。O氏はここ硫黄島で採集をするそうなので、上りの船で落ち合う約束をして、荷物を預かってもらうこととした。とゆーわけで、私はライトトラップセット一式(発電機・シーツ・水銀灯・安定器・ガソリンタンク)と自分の体だけで黒島へ乗り込んだのであった。

 午後4時。黒島へ到着。宿の人に港まで迎えに来てもらい、宿へ到着してみると、これがまたキレイな宿で驚いた。だいたいにして離島の民宿というのはヒドイもんで、普通のボロ屋ということもよくある(これは言いすぎか?)。ところがここは、超キレイ。各部屋はテレビ、クーラー完備、ついでに水洗トイレだ。これはポイント高いよー! 

 すぐさまライトトラップを仕掛けるべく、車に荷物を積む。この車ってのが軽トラで、中にはムキだし状態のカセットデッキまで積んである(笑)。このカセットデッキにちょうど持ってきてたカセットを突っ込んで、hitomiを聞きながら、さぁ中里林道へ出発だ。

 黒島のポイントといったら、この中里林道をおいて他にない。黒島の標高は600mくらいなんだけど、この中里林道はその山のど真ん中を突っ切るように通っているのだ。硫黄島で別れたO氏から、ミヤマが採れたポイントは聞いている。なんでも、工事をしてる所に広場があって、そこで持ってた懐中電灯に飛んできたらしい。懐中電灯の光量なんてたかがしれてる。そこで200Wの水銀灯をやったらどうなるだろうかと考えると、楽しみでしょうがない。

 午後5時。ポイントへ到着。なるほど、こんなにライトトラップに適した広場はそう滅多にない。下と上にはシイの照葉樹林が広がっていて、広場のまわりには障害物がなんもない。すぐさまライトトラップの支度をして、O氏が残しておいてくれたバナナトラップを見まわる。どのトラップにもノコギリやコクワがワラワラとついており、ありがたく頂戴する。あの憧れのクワガタ達を他の人が仕掛けたトラップで採集するというのもどうかと思うが、勝手に採ってるわけでもないし、私は今夜しか滞在しないし、誰が仕掛けても採れそうだしというわけで、考えるのをやめた。一旦民宿に帰って夕飯だ。この飯がまたウマイ。

 さっさか夕飯をたいらげて、ライトを点灯するべくまた山へと向かう。今夜は朝までライトをやるつもりなので、予備のガソリンとともに、ヒマつぶしのマンガを宿から持ってきていた。ポイントへ着いた頃にはすでに辺りは真っ暗。こりゃイカンと思い、すぐに発電機をまわすと、ボワ〜っと水銀灯の青白い光が辺りを照らし出す。さぁ、ここからが勝負だ。一晩でどこまでやれるか? 私にとってもかなり運試し的要素が強い採集の開始であった。

 点灯して10分後。すでにおびただしい数の蛾が来襲……いや来集し、それとともにアホドウガネ……いや、アオドウガネがシーツに重く圧し掛かる。
 「なんだこの島は? この虫の数はなんなんだ? ……!」
 と、私の目が一点に凝視された。いつの間に飛んできたのだろう? 先ほどまで何もいなかった部分にクワガタがはりついて、後翅を折りたたんでいるところだった。
 「ミヤマだ……」
 こんなにあっさりと採れていいのか? いや、イカンだろ。だってだって、黒島のミヤマって、珍品って顔してるよ。今まで2頭の記録だよ。それ以外って、O氏の2頭しか知らないよ。でも、目の前にミヤマいるよ。これ、私が採っていいの?

 徐々にこみ上げてくる喜びに打ち震えているヒマは与えられなかった。そのミヤマを手にとって、毒ビンへと放り込もうとしたその瞬間、もう次のミヤマがシーツに張りついているではないか!
 「!! えーっ! ウソー! ミヤマって珍品じゃなかったのーっ!!」
 次から次へと水銀灯めがけて飛んでくるミヤマクワガタ。ここってどこだっけ? え? 黒島? まさかー、黒島でミヤマがこんなに飛んでくるハズないよー。夢じゃないのー?

 夢じゃなかった。次々と飛来するミヤマにまじって、ノコギリやコクワも飛んで来たのだ。私の記憶にあるノコとコクワだった。赤味が強い。ここは確かに黒島だったのだ。では、このミヤマ達はなんと説明したらいいんだ? そう、わずか1時間ほどの間に、私の毒ビンには9頭のミヤマが入っていた。この飛来の仕方は、とてもじゃないが珍品という感じではない。普通種だ。激普通種だ。

 しかし、それからの追加が来ない。どうやら“飛ばないタイム”に突入してしまったようだ。振り返ると月が顔を覗かせている。こいつは口之島でも私の邪魔をしてくれたにっくき敵だ。
 「なんてこったぁ!」
 とにかく、「今日は朝までライトをやる!」と心に決めてきたので、ここからは持久戦だ。マンガを開きつつ、心も開き直る。

 午後11時。あれからミヤマは2頭を追加。2時間で2匹とはなんとも減ったものだが、そうはいっても黒島のミヤマだ。嬉しいことは嬉しい。しかしである。ここまでで11頭のミヤマが飛んできてくれたが、すべて♂。サイズも全部60mmにすら達しない(この時点での最大は57mm)。なんとかして♀が欲しい。なんとかして大型の♂をつかまえて、特徴が見たい。煌々と輝く水銀灯を見つめながら……いやいや、見つめちゃいかんだろ。水銀灯を見ないようにシーツを見ながら、虫の神に祈りをささげる。ついでに発電機にエサを与える。

 あまりに虫がこないので、途中で集落の方の外灯見まわりへ出発。集落周辺の外灯は、しっかりと水銀灯なのだが、驚くほど虫が飛来していない。
 「これも月のせいか……」
 とあきらめつつ、エゾカタビロオサを拾い歩く。
 「エゾカタビロって記録あったかなぁ?」
 よくわからないが、採っておいて損はなかろう。

 午前0時。ライトポイントまで戻ってくる。なんか来てるかなー?とシーツを見てみると、大歯型のノコギリがシーツの上で戦っているではないか。
 「キミ達、ちょっと待ちなさい」
 ケンカ両成敗というわけで(?)、2頭を毒ビンへ突っ込む。シーツの下を見ると小さいミヤマが1頭落ちている。よしよし、これで12頭目。それにしても、小さいのしか採れないなぁ。

 午前1時。シーツには相変わらずクワガタが飛んでこない。あの月さえなければと空を見上げる。しかし、月の影響をものともしない出来事が起こった。突然、「バラララ……」と大きな羽音を響かせて、シーツめがけて突撃をしてくる物体が現れたのだ。
 「ついに来たか!」
 シーツに張りつく勇姿は、一目で60mmを超しているとわかる大きさ。これを待っていたのだ。

 その後も“飛ばないタイム”は続く。マンガもすでに2周目に突入。途中でO氏の仕掛けたトラップを見に行くも、終わりかけのトラップにそれほど誘引作用があるわけでもなく、虫はほとんど来ていない。青白く輝く水銀灯と、その光を照り返すシーツ。そのまわりをこれでもかとうなり飛ぶ無数の蛾。その中に見つけた大きな蛾。シンジュサン嬢。こいつは黒島で記録はないだろう。すぐさま捕まえた。あいにく三角紙がなかったので、マンガを破いて即席で作った。

 引き続きシーツを眺めていると、腕に細長い虫がとまった。よくみると、どうやら寄生蜂っぽい。払おうとしたら、チクッと一刺して去っていった。あいつら、人を刺すことができるのか。腕に卵なんて産んでないだろうな?(産むか!)
 それにしても、夜の原生林で一人、ライトトラップをするのはコワイものだ。シーツの前に一人で座っていると、フイに後ろを振り向けなくなる瞬間ということがよくある。「いま振り返るとヤヴァイ」と直感するのだ。大抵、振りかえったところで何かあるわけではないのだが、こーゆー時には振りかえらない方がいい。私には霊感なるものはないけれど、もしかしたら、そーゆーのを無意識に感じているのかもしれない。

 午前3時。草木も眠る丑三つ時を過ぎて、ライトの時間も残り数なくなってきた。午前1時にミヤマが飛んできて以来、追加の個体はない。通常、ライトにクワガタが飛来する時間帯のピークは、午後7〜11時と午前3〜4時と言われている。つまり、ここから明け方までが次の勝負なのだ。

 そんなことを考えていたからだろうか? シーツの裏側へまわった私の目に飛び込んできたものは、でかいミヤマ。目が点になるというか、ハトがマメ鉄砲をくらったようなというか、なんとも形容しがたい状況だ。マンガみたいだ。手でそれを拾ってみても、イマイチ実感がわかない。それにしてもでかい。でかいと言っても、本土で採集できるサイズからみればそれほど大きくはないが、ここ黒島でいままで見てきたどのサイズよりもでかいのは確かだ。目測で確実に65mmは超えているとわかった。黒島の夜の原生林に、私の雄たけびが響き渡った。
 「オレはやったぞー!」
 感無量とはこのことを言うのではないだろか? 

 午前4時半。あたりは紫色に染まり始め、朝を迎えた。虫の飛来はもうない。あとは、シーツに残った蛾とアオドウガネとカメムシを払って、片付けるだけだ。一睡もしていない倦怠感みたいなものと、あまりにも夢のような一夜への充実感が体中を支配して、眠気などはこれっぽっちも感じない。コワイくらい爽快だ。宿へ帰りそのまま朝食。こんなに良い宿だから、本当はちゃんと泊まりたかったけど、今回は仕方がない。この宿はその後も知人が何人か訪れ、のきなみ好評だった。

 同日朝8時。「また今度来ます。絶対来ます」と宿の人に言って船に乗りこむ。子供の頃から思い描いていた黒島での採集。その夢を満たすには時間が少なすぎたかもしれないが、確実に「夢を叶えた」という思い出だけはこの胸に刻まれた。こんなに充実した刻が過ごせるのも、この趣味をやっていたおかげだ。

 次第に離れていく黒島の島影。私の心には、もう次の獲物がロックオンされている。
 「さて、明日の晩からはアマミミヤマか……」

終劇

(上写真がこの時の採集品。左が最大の66mm。右が2番手の62mm。いまのところ、黒島産ミヤマでこの66mmをオーバーするのは採集されていないみたいだ。同じサイズはあるらしいけど……)


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