クワガタ覚書 ノコギリミヤマクワガタ編

徳原 実

‘91年,私の職場は緑のほとんど無い地から山沿いの地へと変わった。 

この年は名古屋から片道1時間半という時間の往復で帰り道に周囲を見渡す 余裕もなく、バスの時間を気にしながらの通勤であった。翌年の夏,ついに 引越しを行い、車で10分の通勤となった。 

 自宅が近くなると通勤にも余裕が出来るのか、翌年(‘93年)の初夏の朝 山沿いに開けた会社の駐車場に面した下駄箱の前の灯火下でコクワガタ1♀を 拾った。会社でクワガタが採れる?確かに廻りは山だらけ,当然夜には灯火に 誘われて飛んでくるだろう。下駄箱横には常時蛍光灯の点いている来客ロビー もあり,まさに格好の灯火採集ポイントになっているのだ。 

 「なんてこった。身近にこんなポイントが!」その日から夜の帰宅時には 会社内の灯火巡りが始まった。或る日の20時頃にはロビーの網戸でノコギリクワガタ2♀, コクワガタ1♀,チビクワガタ1(♂♀不明)と5匹をGET。また或る日には下駄箱の ドアが開いた時に飛び込んで来たのか,下駄箱廻りをミヤマクワガタ1♀がうろついていた ことも有った。 

 私の職場は8F建ての8Fに有る。課長以上の役職者の机が山側に面した窓の 前にずらっと並んでいる配置で有る。或る日の朝,なにげに課長の方を見て 課長席の後ろの網戸に甲虫が貼り付いているのに気がついた。どうもミヤマクワガタ ♀のようだ。さすがに就業中にベランダに出て採集するのは ためらわれたので 昼休みになるまで待った。時々,チラチラと目をやってはまだ居るなと昼休みを 心待ちにした。皆が食事に出かけてガランとしたフロアからベランダへ出ようとして 網戸を見ると,「居ない!もしかして昼間なのに飛んで逃げたか?」慌てて ベランダへ出てみた。ベランダにはエアコンの室外機が林立している。居たはずの網戸 の後ろにも室外機が有り,その隙間を覗くと「居た!」室外機の排水溝の中で ひっくり返ってもがいている姿が見えた。隙間から手を伸ばすが届かない。 部屋から定規を取ってきて,やっと手繰り寄せてGET。なんと,職場でクワガタ をGETしてしまった。その後,そこの網戸ではノコギリクワガタ1♂をGETした。 

 また別の日には職場の後輩が「クワガタ飼ってましたよね。」とクワガタを持って 私の席にやって来た。その手を見ると立派な大歯形のノコギリ♂だ。6Fの男子トイレ を這い回っていたとのこと。この年,会社でトータル30匹のクワガタをGETした。 また自宅マンションでもベランダでコクワ2♂,玄関前を自宅に向かって這っているコクワ1♂ エレベータ前でノコギリ1♂,カブト1♂。その他、エンマコガネ等も採集した。 

 何だかこの夏は虫の方から私に捕らえられに来ている様な感じを覚えた夏 だった。   

この夏の或る休日の夜,私は当時3歳半の長男を連れて会社で灯火採集をすること にした。灯火採集なら藪に入っていくこともなく子供でも安心だ。さすがに構内に 入ることはためらわれたので駐車場横の灯火下を懐中電灯で路面を照らしながら クワガタは居ないかと捜していた。その時,1台の白いバンが近づいて来た。制服制帽 の守衛さんが私を懐中電灯で照らし「何してるんです?」 一瞬ドキッとしたが「クワガタを捜しているんです。」と正直に言った。従業員である ことも伝え,子供と一緒で虫かごを手にしていたことも幸いして,信用してもらえた。 その上「さっき、正門の方に居たからおいで」とまで言ってもらえた。車を移動 させると先程の守衛さんがミヤマ1♀を捕まえておいてくれた。ついでにこの正門の 周辺をもう少し捜させてもらえないかと頼んでみると更にライトを点灯してくれた。 子供と一緒に周辺を捜すとコクワ1♂が居た。この守衛さんによると「駐車場外の或る木 に必ずカブト・クワガタの居る木があるけど自分は場所を知らない。知ってる守衛が朝4時 に出社するのでその時にまた来れば教えてもらえるよ」と言ってくれたが,さすがに それは遠慮した。この守衛さんの話では「昼間暑い日の夜0時頃に最も多く虫が飛んで くる。」との事であった。丁重にお礼を述べ,会社を後にした。下り道の灯火でも更に カブト2♀をGETして家路についた。   

 また或る日の夜,トラックが荷を積み下ろしするステーションの灯火下を見回っていたら一人 の運ちゃんが声を掛けて来た。「カブトムシかい。ここの開所当時はすごかったんだよ。 夜の積み込みの時にはここの灯かりに足の踏み場も無い位カブト,クワガタが飛んできてね。 作業に困ったんだよ。業務に支障が出るってんで周辺の山に農薬撒いてね。それで今 じゃほとんど居なくなっちまった。その当時はここにタヌキも来たんだよ。」 ご存知の様にタヌキは昆虫を食す。カブト,クワガタが沢山いる事を知ってタヌキもここぞ とばかり敷地内に侵入したのだろう。  

 ‘94,‘95年と年々会社で採集出来る個体数は減っていき,‘96年はボウズだった。 これは一つには折からのクワガタブームで採集をする人が増えたことと最も効率の良かった 来客ロビーがリストラの一環で別場所のロビーに統合閉鎖され夜のライトが無くなったこと および生息場所の一つと思われた雑木林が切り開かれ道路が出来たことによるものと 考えているが、もう一つ自分自身に「採集したい」という熱意が薄れてきたことが 有る様な気もする。 自宅には累代飼育により100匹を越える成虫・幼虫がおり,これ以上 採集しても飼育出来ないという事情があるからだ。先に虫の方から寄ってくるような 感じという事を書いたが,自分の虫に対する「念」みたいなものが虫を呼び寄せ それが薄れれば虫も寄っては来なくなるのでは?!  私は採集よりもブリードに興味を持ち始めた。その時種親はヒラタ1♂しか居なかった。 当然、♀か居なければブリードは出来ない。‘96年春,奈良オオクワに問い合わせ たが♀のみの販売は断わられた。‘96初夏,野外採集した小さなヒラタ♀から 産まれた幼虫のうち5匹が2ヶ月半〜3ヶ月で羽化し,9月には5匹の♀を手にする ことが出来た。これもヒラタ♀が欲しいという強い想いが何らかの形で作用した様 に思っている。 

 オオクワガタをワイルドGETしたいという想いが強ければ,人は行動し,その想いをきっと 達成するだろう。私は今,70mmオーバーのオオクワガタをブリードしたいと想っている。 想いが強ければきっと達成出来るだろう。話がノコギリ/ミヤマからそれたが私の会社 でノコギリ/ミヤマが採れた話でした。 

 最後に月刊むしのノコギリ/ミヤマ ギネスを紹介してこの稿を終えたいと思う。 

   ノコギリクワガタ  74.7mm   ミヤマクワガタ  78.6mm 

さすがにでかい。日本産クワガタの最大級はやはりこの2匹だろう。 私にとってはノコギリクワガタの累代はとても簡単ですがなかなか大きく育たない。 (育て方が悪い?ただやっと大歯形を出しました。) ミヤマクワガタにいたっては気温をコントロール出来ない飼育環境の為,卵さえ採ることが出来ない 状況だ。 

 いずれにせよ「クワガタに対する熱い想い」を持ち続けることでその想いは必ず達成出来る と思う。「想い」を持ち続けよう。きっと「夢」はかなうはずだ。 


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