遠野くわがたり(岩手支部訪問記)


スカ


1.はじまりはじまり

この話は遠野の人佐々木剛一君より聞きたり。
思ふに全国各地には又無数のクワ大馬鹿の伝説あるべし。
願わくはこれを語りてクワ小馬鹿共を戦慄せしめよ・・・
という書き出し(ちと違うけど)で始まる遠野物語のふるさと岩手県は遠野市。
記者はこの夏、家族を伴い、この地に本拠を置く岩手支部を取材した。
岩手支部はその短小先細りの規模(部員2〜3名)にもかかわらず国内有数の外産 クワカブポイントとして韮崎、桧枝岐等と肩を並べる存在であるという。

支部長のGO氏はネズミ算的に増え続けるクワカブの処理方式として、「カッコウ飼育」 なるシステムを開発し、全国展開を図っている。この名称はいうまでもなくウグイス等 他の鳥の巣に産卵(托卵)し、自分自身で雛を育てないカッコウのズボラな産卵習性に 由来するものである。
あわれウグイスは自分より大きなカッコウの雛を我が子と思い込み、巣立ちの日までせ っせと餌を与え続けるのである。この間カッコウの雛は巣の中にある家主の卵や雛らを 巣の外に放り出してしまう。この様子はいままで国産クワガタで満足していたクワ馬鹿 がGO氏から飛ばされた外産に飼育スペースを奪われ、身も心もおぼれていく姿に実に良 く似ていいるではないか。
本来このカッコウ飼育方式は委託飼育システムとして開発されたものであるが、現在 同氏は成長したクワカブの回収を渋っているため、托卵先は増え続ける虫達の処理に困 り第2、第3の托卵先を捜し求めているという。このような現状からカッコウ飼育方式を 別名不幸の手紙方式とも呼ぶそうである(ウソ)。


2.GO氏との出会い

さて、前置きが長くなったが記者御一行様は8月10日午後GO氏宅に無事到着した。
GO氏は遠野駅前で民宿を営んでいる。当日くだんの民宿に到着した記者の目には民宿の 看板より先に「まちかねBBS公認クワ馬鹿岩手支部」の看板が飛び込んできた。
おいおい、商売の方はどうなるの?民宿を探しに来た観光客もこれを見たら選挙事務所 かと思うぜ。
そして、ドアを開けると何と突然の等身大ウルトラマン人形のお出迎え。
さらに驚いたのはそのウルトラマンの隣に鎮座まします菌糸ビンの棚である。

玄関で菌糸ビンの警護にあたるウルトラマン

民宿の玄関先にこんなものを置いて、いったい遠野のコンセイサマはお許しになるので あろうか。予想外のウルトラマンの菌糸ビン攻撃になんとか耐え、内扉を開くと今度は 左手に60cm水槽が、しかもよく目を凝らすとその中で妖しくうごめいているのはまぎ れもなくアトラスオオカブトではないか。ウーンここはホテルで言えばフロントだよな。
開いた口のふさがらぬの記者の前に、ようやく優しそうな奥様がにこやかに出迎えて くれてホット一息。
さてロビーに上がると息つく暇もなく75cm 水槽のおでまし。
今度はいったい何だ、モスラかキングギドラか?
記者の息子が叫ぶ
「お父さん!デケー!デケー!」
「そうそうワチキの◯◯◯◯は半端じゃないぞ」
「(下手なオヤジギャグを完全に無視し)ほらこれってカブトかなあ?」
ん、なんとこの75cm 水槽は巨大ゾウカブト、ギラファ、ヒメカブトの雑居房となってい るではないか!しかもこの水槽のフタは大胆にも外されておっぴろげ大開脚状態(失礼)。
こいつらギャラリーの目にさらされるのには慣れていると見え、昼間っから60gゼリ ーにかぶりついて離れない。
「ご主人は?」と奥様に尋ねると。
「あいにく今外出しております。さあ、どこに行ったんでしょうか?いつものことで すけど・・」
その口ぶりは、一瞬ではあるが記者に放蕩息子を持つ母親のあきらめにも似た心情を 感じさせたのであった。(後で、この時GO氏は灯火採集の準備のため山の中に入っていた ことが判明した)
さてここまで書くと読者諸兄にはいかにも一般の人には泊まりにくい民宿のように思 われるであろうが、それは大いなる誤解である。確かに玄関先の菌糸ビンは一般大衆にはブ キミに映るであろうが、それ以外は実に清潔で気持ちのいい民宿であり、旅館と言っても十 分に通用する。何よりも遠野駅の真ん前という一等地にあるのだ。
クワカブにさして興味のない家族をお持ちの諸兄(例えば記者のような)も是非家族 連れで訪問されることをお薦めする(GOさん営業手当よろしくね(^^; )
さて、冷房の効いた快適な部屋でしばしくつろいだ後、夕刻ロビーに降りてみると、 そこには健康そうな小麦色に日焼けしたハンサムボーイが立っていた。てっきり泊まり客の ひとりだと思っていたら、なんと彼は記者のHN を呼ぶではないか。えっ!あんたがGOさん?

本邦初公開。GOご夫妻とジュニア(左3人)、記者親子(右2人)、 そして後ろにクワ馬鹿岩手支部の看板

いやはや、これがインタネットの怖さ、記者はGO氏のカキコから勝手にイメージを膨 らませていたのだ(具体的に言うと、五分刈りの頭に手ぬぐいを巻き、プロレスラーのよう な体躯でヒゲを生やし、おやつにカールをほうばっているオッサン)


3.オプショナルツアー<灯火採集>

さて夜になるとGO氏の案内で灯火採集へと向かう。記者とその息子を載せたGO氏の車 は市街地を過ぎ、山の中へと向かう。廻りは街灯ひとつない真っ暗やみの林道。
車はさらに薮をかきわけ奥へ奥へと向かう。
するとGO氏「あっ、見える見える」と、前方にほのかな明かりが見えた。

ブナ原生林での灯火採集。この後大パニックが・・・

車を降りると白いシーツに向けて3個の照明が発電機の運転音と共に煌々と輝いている。
周囲はブナやミズナラの原生林。何故か高校生ぐらいの年格好のあんちゃんが2人。
GO氏いわく、「彼等は高校生のアルバイト、夕方から発電機のお守りをしてるんだ」 うーん灯火採集にアルバイトを動員するとは奥様はこのことをご存知なのだろうかと 心配になる。しかも夜遅く人気のない原生林に連れだされた彼らはいい迷惑では、と思って彼 らの様子を見ると、何と真剣なまなざしで、周囲の木の幹を懐中電灯で熱心にルッキングして いるではないか。おそるべし、彼らも既に悪性のクワ馬鹿ウィルス岩手型に汚染されて いたのだった。
「ウーン今日はムシの飛びが少ないなあ」とGO氏。
灯火採集初心者の記者にはずいぶん飛んでいるように見えるのだが。
シーツを丹念にチェックしていく。
「いたいた!ノコだノコ!ノコはノコでもノコギリカミキリ」
なんてアホなことを言っていると、息子が
「お父さんエゾだエゾ」
「おっ!ミヤマのエゾ型か、エーゾ!エーゾ!ん?これはエゾゼミではないか」
てなわけで喜んだのは昼間高いところにいてなかなか採集できないエゾゼミを捕まえ たわが息子。
彼は夏休みの宿題にセミの標本づくりを選択していたのだ。(厳密に言うと彼の父親 によって無理やり選択させられた)
とまあアホな親子が初めての灯火採集に夢中になっていると、突如車のエンジン音。 何とGO氏が
「じゃあ後で」と言ってなんと林道を戻っていってしまった。
あれっいったいどこへ、この近くに◯ー◯ラ◯ドがあるとも思えないし・・・
さて、GO氏がいなくなった後周囲を改めて見回してみるとブナやミズナラの巨木がラ イトアップされてなかなか幻想的な雰囲気をかもしだしている。感慨深げに木々を眺めていると
・・・プッ
ツン!ありっ!なんと突如発電機がダウン。あたりは真っ暗やみに包まれた。
息子は怖いと言ってしがみついてくる。
「ば、馬鹿だな。お、お化けがいるわけじゃないし、こんなのちっともこ、怖くない ぞ・・」と
強がる父親。いや正直言って真っ暗やみの原生林はかなり怖いのだ。
あのブナの木は両手を広げたオシラサマ、こちらのミズナラは腰の曲がったサムトの 婆に見えてくる。しかしこの暗やみの中、アルバイト君は気丈にも発電機の再起動を試みる。
若いのに見上げたやっちゃ。あんただけが頼りやで〜。
そのうち頃合いを見計らったようにGO氏の車が戻ってきた。出すものを出したのか何 故かサッパリした顔つきで、
「あっ消えちゃったの?」
ニューヨーク大停電に匹敵するパニック状態に陥っていた記者らの気持ちを知ってか 知らずか、こともなげにGO氏は言うのであった。そしてやおら発電機に近づくと、スイッチ一発。
あたりは再び明るさを取り戻したのであった。
GO氏は自家発電もうまいなあ。

結局その晩はムシの集まりが悪く早々に撤収した。途中周囲の開けた山道で車を止め、 「明日はこの辺に灯火をセットしよう。上のブナ林が開けているのでここに張ればあ ちらからムシが降りてくるはずだ。そしてこっちからは・・」などとひとり綿密な検討を加えるGO 氏をしり目に記者親子は久しぶりに見る満天の星と天の川に魅了されていた。
「おとうさん天の川ってなあに」
「何だおまえ天の川も知らんのか?天の川をはさんでオリヒメとヒコボシが年に一度 の◯◯を・・・」
「プラネタリウムみたい」
「そうだよな、うちの方じゃでは天の川なんてプラネタリウムでしか見られないよな あ・・」
と久しぶりに真面目にしみじみとした親子の対話を交わすのであった。

さて、翌日の計画を練り終えたGO氏と再び車中の人に。途中自販機や学校の校庭を見 回る。と、外灯の下に大きな黒いムシを発見!「やった!オオクワ♀発見!」
「それはガムシね。この辺は多いんよ」とGO氏のつれない返事。
結局この日クワガタは小学校の校庭で拾ったコクワ♂1匹のみであった。
しかし原生林の灯火採集と天の川、久し振りに感動的なナイトツアーであった。

遠野ふるさと村のシンボル、イチイの立ち枯れ巨木。 まだGO氏のナタ目は入っていない。


4.別れの朝

翌朝はGO氏のムシ部屋の見学ツアー。ロビーには2つの水槽が置いてあると説明した が、何とそのほかにも、はい、これがニジイロ、これがヒメカブトと言って、ロビーの扉という扉か ら次々にムシ達を取りだす様はまさにシルクハットの中から鳩を取り出すマギー司郎(ちと古いか? )のよう。
さらに階段各段にはプラケがすき間無く置かれ、もはや階段としての機能を失っている。
また階段下のすき間というすき間にも成虫や幼虫の入った衣装ケースやプラケが所狭 しと置かれている。
なかでも衣装ケースの中にマットと共に入れられたコーカサス(ゾウカブトだったか な?)の超巨大幼虫は圧巻であった。何とこいつは記者に噛みつこうとしやがった、 幼虫の分際で生意気な。
それだけではない、屋外の物置は産卵木や特大の衣装ケースで発酵中のマットであふ れかえっている。
またどこのウグイス氏に飛ばすのであろうか発送間際の段ボールが山積みされていた。
記者は一瞬目まいに襲われた。何という馬鹿っぷり、これは明らかに末期症状だ。建 物のすき間とい うすき間がすべてクワカブで埋め尽くされ巨大なムシ部屋を形成しているといっても 過言ではない。
GO氏いわく、いま何が何匹いてどういう状況にあるのか全く把握できないんよ、と。
そりゃそうだよ、これをきちんと管理するにはあとアルバイトの5〜6人も雇わなきゃ。

岩手ではなぜかウルトラマンに客引きを依頼するケースが多い

GO氏はこれだけのクワカブを管理しつつ、毎晩のように灯火採集に出かけ、なおかつ 24時間体制で まちかねBBS をはじめとする複数の掲示板やチャットに精力的にカキコし、あまつさ え副業(?)に 年中無休の民宿を経営しているのだ。
いったいこのエネルギーの源泉はなんなんだろうか?ユンケル黄帝液か?高たんぱく ゼリーか?
と遠野のキツネにつままれた思いを抱きつつ、記者は民話の里をあとにしたんだとさ 。どんどはれ。

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