クライストチャーチ (Christchurch)

ウェリントンからの船が、強風により2回もキャンセルさせられた為、南島のピクトンには深夜12:30に到着しました。ピクトンで給油した後、すぐに約360KM 先のクライストチャーチへ約5時間のドライブへ出ました。街灯も無い深夜の山道や海岸線を眠気と疲労と闘いながら、14日早朝6時に、クライストチャーチに到着致しました。大聖堂の裏の北ハグレー公園のボートハウスの駐車場で約3時間の睡眠を取り、朝9時から、ここクライストチャーチの街の中心にある大聖堂を見学に行きました。


クライストチャーチ

  念願の南島のクライストチャーチの大聖堂を間近に見る事が出来て、この時は、昨日1日で898KM走ってきた疲れも何処かに飛んで行ってしまいました。この大聖堂の近くで何枚も記念写真を撮り、大聖堂の横の旅行センターで、明日のクィーンズタウンからのミルフォードサウンド1日ツアーの申込をしに行きました。

くっそ〜 だまされた!

このクライストチャーチで、旅の軍資金の両替えをしようとしたが、銀行などが、イースター・ホリデーの為休業しており、やっと1軒の両替えやを見つけました。玄関先に掲示してある、レートをみたら、まあまあだったし、私の前に人の良さそうなおばあさんが、先客でいたので、これにも安心してここで両替えをして 後で、換金額を計算してみたら、なんと100ドルも手数料を引かれていました。今でも思い出すとめっちゃめっちゃ頭に来ます。 それ以降の両替えは、とても神経質になり、事前にレートを持参した電卓で計算してから、両替えするようになりました。

追憶の橋

この南島最大の人口を持つクライストチャーチは、オークランド、ウェリントンに次ぐNZでは、3番目に大きな街で大聖堂で象徴されるように、まるでイギリスにいるような町並みが広がっています。大聖堂前の広場には、たくさんのワーホリ(ワーキングホリディ)や学生らしき日本人が 、群れになっていました。しかし、大きなお世話かも知れないけど、日本人は、『どこの国に行っても、群れになって行動しているなあ!』とつくづく思い知りました。写真の橋は市内中心を流れるエイボン川に架かっている第一次大戦で戦死したの兵士の追悼して造られた追憶の橋です。

エイボン川でパンティング!

クイーンズタウンからの帰りに、再び立ち寄ったクライストチャーチで、時間が少しあった為、おっさん2人(私と弟)で照れ臭かったが、市内中心部を流れるエイボン川で、パンティング(ゴンドラ)に初挑戦しました。同じ顔をした東洋人が2人で並んでゴンドラに乗っていたせいか、川岸や橋から見物しているギャラリーの注目の的でした。またおデブ2人が乗り込んでいた為、ゴンドラが沈んで棒1本で操船しているお兄さんが、漕いでも漕いでもちっとも船が進んで行かないので、見ているこっちが可哀相なくらいでした。 

日本料理店 Sala Sala


もう少し、時間があれば、クライストチャーチの博物館や美術館などを、探索して回って見たかったのですが、今回はとにかく、時間に追われて何処にも寄る事が、出来ませんでした。また、弟が自分の店の参考の為にと楽しみにしていた『Sala Sala』と言う日本料理店もイースターホリデーで休業していた為、写真だけ撮ってクライストチャーチを後にしました。 

今、思い出すと、ハミルトンを出発して2度の船便のキャンセルを乗り越えて、ほぼ徹夜で走って来てたどり着いたこのクライストチャーチまでの道のりが一番大変でした。


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2001/5/5 produced by EIJI ANDO