京都の楽しみ(20年度版)
   平成20年に京都に出掛けたり、お話を聞いたりした物語り
 

 3月8日 京都文化フォーラム

   京都市内で、京都議定書など環境を主題にした企画が中央区を中心に
   各所で展示や講演、提案がされました。 その中で、京都北文化会館で
   パペットモペットが舞台に立ち、軽快な会話をしたと思う、何故なら、
   直前で出席できなくなり、参加した人の話では、それなりに面白かったが、
   廃棄物業界の事は、認識不足のようだった、周りが教えていないのか、
   本人の勉強不足か? 蛙と牛では無理かな?、でも日本語を話せるシーー!


 3月15−16日 (土曜 日曜日) 着物文化に触れる


○ ”投扇?で悠雅に遊ぶ

   京都中京区御所の南側に在る???にて、”投扇?で悠雅に遊ぶ”、市田ひろみが語る”源氏物語”に参加しました、着物着用が条件。 扇を飛ばして、”的の扇を落とす”だけなのだが、当て形、落ちた時の扇と的が絡んで落ちた形が、綺麗、見事などで点数が異なりなかなか当てて落とすだけでない高度な技が傀儡しているのにびっくり!!






○ 市田ひろみ 「光源氏の恋愛の物語」

   ”源氏物語”中宮を中心にして光源氏の恋愛の物語を、紫式部が日記の様に綴った物語、前編と言うか、須磨から戻って暫らくして、2年ほど光源氏の記載が切れる、その後、源氏の子供の話題に代わって行く。 市田さんのお話は分かりやすく要点を繰り返してくださるので、その当時の恋愛、政略、嫉妬憎悪、別れ、出逢い階級なども理解が深まりました。

    講演の後に記念写真を撮りました、その折に大阪生野ライオンズクラブが講演を依頼していたときに不幸にも転落事故でキャンセルになりとても残念でした。 ちょっとお疲れ? おばさんになった? 着物の着方がおばさんに成っていたのが残念。妻の着物を見て手の込んだエエ着物ですなあーと、言ってくれはりましたぇ、下世話の値踏みの金額は???






○ 茶会「花街の粋を楽しむ」

    祇園甲部歌舞練場庭園内茶室で、三壷庵 太田宗達のトークを聞きながら、上七軒の表千家の芸子さんの???のお手前を見ながら、気楽のお茶を頂きました。
 正客を依頼されたときはびっくり、心得が有ると言うだけで大役は出来ませんとお断りをしたが、男性で着物を着ているのはあなただけと、妻にも”やってみたら”と後押しをされ重いお尻を置きました。 最初からお手前が始まったので、掛け軸やお道具を拝見できませんでしたが、すべてが終わってから拝見させていただきましたが、名前のあるものと無いものを比べられる貴重な機会でした、今でも分かりませんが、手に馴染ませて口に当てたときに何かが違うなぁーと感じるだけ改めて出されたら判るかな?? 千鳥破風に掲げられた富岡鉄斎の書いた演舞場の看板や好きな芸子に挙げた有名人の掛け軸、絵画など花柳界がその名声を馳せた時の粋な遊び(金で踊らすのでなく、楽しんだお駄賃)の痕があちこちに。しかし、インドから来日した象さんの描いた花の絵画が掛けられていました、値打ちが無いが大広間に掛けてありました。 





○ 祇園甲部歌舞練場建築探訪

    甲部歌舞練場、弥生館、八坂倶楽部の建築の流れや歴史を当時のお金持ち、政財界、花柳界のお遊びした建物を舞台裏や仕舞い小屋をあれこれと言いながら上がったり下がったり、手の込んだ仕上げや細工、高価な歴史のいただきもの、ご一統様で片付けられた時や丁重に個室で濃厚な御相手があったりーーと。
    
    でも、今は、この業界に粋を以って遊びに来る御仁が皆無との事、今時の財産持ちは貯める事はできるが、有効に時間と粋をあがなう者がいない。 どこぞのネットの社長、どこぞの居酒屋チェーンの社長、土地成金、投資成金などなど、お金を使う怖さが有って、無くなったらどうしよう、倒産したらどうしょう、無くらることが怖くて使えない、情けない限りです。 資産数億円、数十億円と言っても、自分が自由に散在できないんでしょうね、遊ぶ時間をよう作られない人は、淋しおへんのでしょうかぇ。


○ うんちく
    祇園南の花見小路周辺は、明治6年に建仁寺から京都府への上地が開発され花街と成る。花街は、お茶屋や屋形や検番(芸舞妓を一元的に管理する詰め所)の他に、踊りの発表会の場として「歌舞練場」が、芸娼妓に教養を身につけさせ芸を磨く為の学校として、「女紅場」が、芸娼妓を治療する為の「療病館」等が建設されており、祇園甲部の原型となりました。

    祇園甲部歌舞練場本館
  大正2年竣工、京都花街のの中で最大規模の木造建築で1290席(先斗町579席、上七軒530席)芸の発表の場。

    八坂倶楽部
  大正4年京都市主催で大正天皇即位大礼を祝うパーティを開く為に建てられ、その後は、女紅場として使用された。

    弥栄会館
  昭和11年に古典芸能を広く紹介するために歌舞練場の一部を改築、舞台のほか1階が検番を引き継ぐ事務所、2階は療病館を引き継ぐ診療所が入ってました。




京都で市田ひろみとご一緒



祇園 辰己大明神 桜






歌舞練場内の蜻蛉の灯篭と桜






3月15日 京都は「柊家」に宿泊しました。

    京都市民の間には、老舗中の老舗、板塀と植木で老舗らしい夫雰囲気、暖簾をくぐれば打ち水、よく手入れの行き渡ったお庭、下足番のお兄さん、女中頭らしい姉さん「老舗旅館です」どす。 新館6室の3階東向きの和風3部屋に通されました。趣向を凝らした部屋の構成と木の香が漂う浴室、香り高い槇(マキ)の湯ぶねに、そこはかとなく古都の情緒 、仲居さんの教育も十分で休まるもてなしでした。 お料理は、申し訳ありませんが変化があまり無く「柊家」の一品がほしかったですね。
  http://www.hiiragiya.co.jp/ja/

夜は、東山花回廊の催しを見物に高台寺へ、ライトが当り神秘的に吸い込まれる様な湖面を観賞して、納得の夜の散策でした。

高台寺湖面

高台寺 内庭 夜桜

3月22日 きものクラッシックコンサート
      2008年 全国きものの女王全国大会

   招待を受け、京都コンサートホール(地下鉄 北山駅すぐ)へ着物を着て参りました。 京都市、着物振興会、パールトーン、着物着つけ協会などが、後援協賛しての開催です。 京都の会長、商工会、各教室、市田ひろみなどが審査員となり、一般審査員を含めての審査、27名の中から大阪、京都、東京、北海道など6名が女王を含め選ばれました。 九州代表がシックだけど晴れやかな大島紬での出場、”九州”を凄くアピールしてました、NHKの篤子姫かな。
   休憩時間のロビーは圧巻ですね、色とりどりの着物柄、着物の種類、着方、大変勉強になりました。しかし、男性の着物の着方が全く駄目、悪い、着るなよー、何ででしょうね、かっこよく着れないのでしょうね、とてもとても残念です。 男性の着物教室が無いせいかも知れませんね。京都市さん、男性の特典も考えてください。

   着物 大好き男性から。



着物 大阪代表
3月22日 嵐山 渡月亭に宿泊しました。

   嵐山の渡月橋、渡月小橋を渡ってすぐ右のお宿。
「13参り」男女13歳に成ったら、虚空蔵菩薩の安置されている法輪寺に御参りをして、これまでの感謝とこれからの保護を祈念祈願する所です、詳しくは其れなりの所で情報をおとりください。 私も、子供たちも、孫たちも御参りをさせてもらおうと思ってます。
   嵐山では老舗ですが改装された建物の3階に案内された部屋は、疎水側で2畳ほどの素敵に植え込まれた庭があり、旅情夜景が素敵でした。 お風呂は、本館??山側の建物の1階で露天でなかったのが残念でしたが、泉質は弱アルカリ単純泉で少しヌメリが残る気持ちのいい湯です。 お料理は京会席というごく普通の会席でした、湯場や豆腐が出るのかと思いましたが、豆腐類は朝に作るので夕方には出せませんとのこと、こだわりー結構ですなぁー 故に、朝食には炭火の木製桶で湯豆腐が出てきました。昆布出汁の少し濃い目の割り下も添えて。まろやかで口ざわりもよかったが、もう1丁ほしかった。
   下足番の人と大女将に見送られて、嵐山散策に出掛けました。 


嵐山で記念写真

保津川を望む

3月22日 着物で嵐山を散策。 

    着物での特権を生かして、嵐電 嵐山駅前で人力車無料乗車券をゲットして(10分間)ごく近くを牽いて貰いました。 牽き手の工藤君は、CANONのKISSを持っているとの事でカメラアングルなどお任せしたら、とてもいい写真を撮ってくれました、もちろん被写体が飛びきり良かったのもありますが!! 案内も心地よく、続けて30分のコースをもお願いしました。 野々宮、竹やぶの小路、トロッコ列車、勝 新太郎の旧宅、天龍寺、湯豆腐屋さん、森田の豆腐などの説明も聞きやすかった、お土産に葉書と6ヶ月間割引券と領収書をいただき楽しい40分間でした、昼食には紹介を頂いた湯豆腐屋さんでゆっくり庭の散策を入れて食しました。が、豆腐はいずれも−−−やさんの物らしい舌触りでした。
    カメラのモデルをしながら阪急嵐山駅へ、もうすぐ桜の季節! 桜を愛でに再びの立寄りを楽しみの岐路に着きました。


人力車上にて

庭園内で