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                            「狼と父山羊」

                               反町 智

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 昔、狼がおりました。狼は丘の上の小屋に住む山羊に、当然ですが嫌われていました。
 狼は大変な勉強家でした。狼は山羊を襲うのに失敗のないよう、日頃から計画を立てて
いました。
 というのも、親戚の怠け者の狼が、例の童話にされた狼だったのです。
「俺はあいつほど莫迦じゃない。裏声は母山羊にそっくりだ。部分的に短くしてある毛は、
実行の時に白く染めればいい。あの小屋の子山羊も手頃な大きさに育ったことだし、今が
食べ頃だろう」
 ある日、決心した狼は早速準備に取りかかりました。
 白い粉を体に擦り込み、山羊の角を頭に付け、似せて作ったエプロンを付け、特注の足
をはめます。そして鏡の前で何度も何度もチェックをして、家をでました。
 小屋の中を窓から覗くと、母山羊が家を出ようという時でした。母山羊の声がします。
「母さんの声がしても、すぐに開けてはいけませんよ。母さんの角と足とエプロンを、必
ず見てから開けるのです。いいですね」
「はーい」
「では、いってきますよ」
 母山羊が出て行くと、戸も窓も全部閉まります。
 狼は小声で母山羊の口調を練習しました。自信のついたところで、期待で胸を膨らませ
て戸を叩きます。
「御前達、母さんですよ。開けておくれ」
「母さん? どうしたの?」
 早速間違えてやがる。
 狼はそうほくそ笑み、平然として言いました。
「忘れ物をしてしまったの。開けて頂戴」
 足元とお腹の辺りの小窓がぱたっと動きます。目の前の小窓に、角だけが見えるように
頭を動かしました。
「うん。今、開けるね」
 途端に、小屋が揺れます。狼は驚きましたが、母山羊の声を出しました。
「きゃぁ」
 中でも同じ声がします。狼は又驚きました。
 どうしたのでしょう。計画が見破られたとも思えません。きっと今の揺れで驚いたので
しょう。
 狼は気を取り直し、戸を思い切り開きました。
「────?」
 どうしたのでしょう。子山羊が何処にも見えません。
「おかえり」 
 奥からそんな声がしました。見れば、大きな熊がどっしりと座っているではありません
か!
「子山羊だけでは足りなかったのだ…さて、御前を食ってやってもいいんだが」
「え、遠慮しますっ!」
 狼は全力で小屋から逃げ出しました。角やエプロンを放り出し、足を脱ぎ捨て、走って
いきました。
 狼は自分の獲物が寸でのところで熊に取られてしまったことが、悔しくて悔しくてなり
ませんでした。でも熊に食べられなかっただけ、幸運かもしれません。
 その頃、小屋では熊が戸を閉め、やさしい声で言いました。
「さあ、出てきなさい」
すると薬箱や時計の中などから、子山羊が出てきました。熊は数を確認し、おもむろに毛
皮を脱ぎます。
 中から、父山羊が姿を現しました。
「父さん、よく狼だってわかったね」
「母さんの声くらい、父さんにはわかるんだ。これで狼も、この小屋には来ないだろう」
 もし狼がこれを知ったら、地団駄踏んで悔しがったでしょう。でも狼は間近で熊を見た
ショックで、丘が見えない山奥に引っ越す決心をしています。
 それからというもの。
 狼は熊と山羊を見ると、つい、逃げ出してしまうのでした。

                                               <FINALE>


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