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                          「Keiko」

                          Mix Karama

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 今日、また彼女が家に来ていた。
 おもむろに部屋に転がっている同人誌を手に取ると、
「やだぁ・・こんなの読んでるの?」
と彼女は言った。
「女の子向けのJuneもあるよ」
と私は眠い目を擦りながら彼女にそれを渡した。彼女はそれを受け取ると少し読んで、
顔を赤らめた。
「今日何しにきたの?」という私の問いに彼女は・・・
「うん・・暇だから・・・。」
「ふーーーん・・・。」
 いつもの言葉が交わされた。

  落ちぶれた男の部屋に堂々と入り込んでくる女・・彼女の正体は私と同じ会社の人
だ。しかも同じ部署。私はワンルームマンションに住んでいるのだが、たまたま彼女
の家が近くなもので休みなるとよく顔を見せにくるのだった。
 私の会社での地位は低い・・それはと言うと、コミケに行っているとき、たまたま
隣にいたコスプレのお姉ちゃんが有名人で、それを撮影しにきていた人の写真が雑誌
に載ったのが原因となった。どうやら今、私の部屋にいる彼女が会社の上司に言った
らしい。たぶん悪気はなかったのだろうが、私はオタク扱いされ(自分も自覚してい
るので構わないのだが)周囲から嫌われるようになったのだった。まあこれで会社の
中にいる隠れオタクさんと知り合いになるという幸運も生まれたわけで、それほど落
ち込む程のものでもなかった。でも彼女はそれ以来、私に対し気を使うようになって
いた。

「今何時?」ベットからようやく出て彼女に尋ねた。
「10時ぐらいかな?でも、よく寝てたわね。」
「お前なぁ・・よく男の部屋に勝手に入ってくるなぁ。」
「また玄関開いていたわよ。」彼女は僕の言葉を無視し、そう言った。

 別に彼女のことは嫌いではない。その反対にめちゃ好みで大好きだった。だから余
計に困ったしまう。たぶん彼女は俺に対して「悪いことした」と思っているのだろう。
「・・・償いのつもりなのか?」私は何度彼女にそれを確かめようとしただろうか?
でも私は出来なかった。もう私の部屋に来てくれなくなる。
それに、その問いに、「そうなの」とは答えて欲しくなかったからだ。私は可能性が
100%無いにしても、彼女が私を好きでいて欲しかったのである。

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 初めて彼女が、私の家に来たのはいつだったのだろうか?確かあれは会社でオタク
呼ばわりされ始めて、少したってからだった。丁度、会社の人達の冷たい視線に苛立
ちストレスをため込んでいた時期だった。
 会社から帰ってきたばかりのところへ、ピンポンとチャイムが鳴った。新聞の勧誘
だと感じた私は・・「はい!なんですか!」と大声でチャイムの主に答えた。
「わぁもうびっくりした!ま・つ・も・と・で・す!!」
「なんだ・・松本さんか・・こんな遅くどうしたんですか?」
 私は皮肉たっぷりに言った。しかし彼女はそれに堪えた感じは見せず・・
「お母さんが、おかず作り過ぎたからもっていけって!!早く!ドア開けてよ!」
 私は仕方なくドアを開けた。このころの私は彼女のことは好きであったが、原因を
作った張本人ということで少し軽蔑していたのである。
「はい!これ!入れ物はちゃんと返してよ!」
「・ま・・まだいるなんて言って無いじゃないか!それに何だキミは、人が帰ってき
たのを見張ってたのか?タイミングがよすぎるじゃないか!!」
 私はそこまで言ってはっとした・・・。「言い過ぎた」内心そう思った。
 じっと私の言葉を聞いていた彼女は、
「そう!待っててあげたのよ!こんな美人が!有り難いと思いなさい!!」
 そう言って私の手に、おかずのたんまり入った器を渡した。
「一人暮らしは栄養不足何だからちゃんと食べるのよ!」
 そう言って彼女は立ち去ろうとした。
 私はあっけに取られて・・「あ・・うん」そう言うしかなかった。
 そして彼女は最後にこう言った・・うつ向き加減で・・
「あんな風になるとは思ってなかったの・・ごめんなさい・・。」
 そう言った後、彼女は走り去った。
 少なからずとも、彼女は僕のことを嫌ってい訳ではないようだ。確信すると今まで
の苛立ちが嘘のように消えていった。彼女の後ろ姿を見送りながら、私は彼女が好き
でたまらないことを痛感させられていた。

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「お前、いつも休みの時何してんの?」
「別に・・買い物とか、お母さんの手伝いとか・・。」
 彼女はいつもになく長く私の部屋に滞在していた。どうやら本当に暇のようだ。

「あのさぁ・・・着替えたいんだけど・・。」
 僕がそう言うと・・
「どうぞ・・見慣れているから適当に・・。」
 彼女はそう言った。
「見慣れているって??彼氏のか?」
 私は興味津々で聞いてみた。
「あったり前じゃないの!この美貌!このスタイルで彼氏の一人や二人いないと思って
いるの!この圭子様に!!それにあなたのコルト見たってどうってことないわよ。私の
彼氏なんてピックマグナムなんだから!!」
 私は唖然としていた。
「お前なぁ自分で言って恥ずかしくないのか?仮にも二十歳過ぎの女性だぞ!」
「なぁに爺臭いこといってんの!あなたのHな同人誌に載っていた台詞じゃない。何慌
てふためいてんのよ。ばっかじゃないの!」

 私は、彼女が勝ち気な人で、元気の有り余り過ぎる口達者であることをすっかり忘れ
ていた。
「・・・俺が悪かったよ・・じゃ勝手に着替えさせてもらうよ。」
 そう言うと彼女の前でパジャマを脱いだ。その時、彼女の顔をちらっと見てみた。
 彼女はこちらを見る様子はなかったが、少し恥ずかしそうな様子に思えた。
 着替えが終わり、顔を洗い、髪を整え、髭をそり・・私はすることが無くなった。

「おーーい!今日はいつまでいるんだ。彼氏とデートじゃないのか?」
「今日は彼氏の都合が悪いの!」
「ホントにいるのか?見栄はってんじゃないの?」
「そういうあなたは、いつも一人でお気楽そうね!」
 彼女はそう言ってから・・・
「・・ごめんなさい・・私っていつもの調子で・・・・。」
「いいよ。松本さんの言う通りだからさ・・そんなに気にするなって・・。」

 彼女はうつ向き、それから何も言わなくなった。私は溜息をついてから、
「じゃぁさぁ松本お嬢様。暇な私とどこか出掛けません?」
「・・え?・・・あ・・うん。・・しょうがないわねぇお付き合いしてあげるわ。」
 やっといつもの元気な笑顔を取り戻した。

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 私達は取りあえず、駅まで足を運んだ。駅に着くまで、まるで恋人同士のように見え
ただろう。少なくとも私はそう思いたかった。
「じゃぁどこ行こうっか?」
 私の問いに彼女は・・
「ねぇ草凪くんはいつもどこに行ってるの?休みなんかは?」
「え。。俺は・・秋葉かな・・」
 彼女は言った後、しまったと言う顔をした。どうせオタクの俺の行きたいところなん
てたかがしれているのだ。
「いや・・別に今日は秋葉じゃなくても・・。」
 私はそう言おうとしたが・・
「いいわよ。私もちょっと見たい物があるし・・。」
「え?何か買うの?」「ちょっとMDが欲しいなぁって思ってたから・・。」
「ふーん。松本ってオーディオに興味あるんだ。」
「興味って程のもんじゃないけど、電車の中とか暇でしょ。」
 少し意外な感じがした。松本はお嬢様系かな、なんて思っていたのでオーディオとか
興味ないと思っていたからだ。
 私と彼女は車内でオーディオの話に盛り上がった。
 彼女の父親がジャズが好きで小さい時から音楽に慣れ親しんだこともあり、私よりず
っとオーディオには詳しかった。
「小さい時に真空管のオーディオがあってね。その音がとっても暖かくて、クリスマス
なんかにそれで聞くと、とっても雰囲気出ていいんだから。」

 彼女の笑顔は私に暖かさを分けてくれたようだった。やっぱり彼女は最高だった。
 今日のこの日を与えてくれた神様にお礼を言いたかった。

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 秋葉原に着いて、早速私達は電気街に乗り込んでいった。
 土曜日だというのに、やけに人が多い。
「みんな暇なのかな?俺たちみたいに・・。」
「あら?私はその暇人に付き合っている超暇人ですようだ!」
「別にそんなつもりじゃぁ・・。」
 いつもの勝ち気な性格がこんな所でも爆発していた。

 1時間くらい歩き回っただろうか。不意に後ろから声をかけてきた。
「よう!松本に草凪じゃねぇか!」
 げ!よりにもよって俺と超性格の合わない工藤が現れた。隣にはちゃっかり女性を二
人程つれている。
「へぇ・・松本と草凪がね・・月とスッポンじゃねぇっか。」
「まぁそんなところでしょう・・。」
 私は反論するのも馬鹿らしいのでそう答えた。
「まぁそんなに僻むなよ。しかし松本もこんなオタクと付き合うとろくなことないぜ。
俺みたいな男と付き合いな。それとも・・松本、こいつへの償いで付き合ってやってる
のか?大変だねぇ。」
 工藤の馬鹿野郎は私と彼女が一番触りたくない所をまるで抉るようにして言った。
「おっと俺はお二人の美人のお連れ様がいるのでこれで・・。」
 工藤は二人の女性の肩に腕をのせて颯爽と行ってしまった。

 工藤が行ってしまった後、私と彼女は気まずい雰囲気になった。
「あ・い・・いやだなぁ工藤くんて・・女の子二人もつれちゃって・・。」
 松本が話をそらそうとしているのが、嫌味なくらい分かった・・。
「なぁ・・・まつもと・・前から聞きたかったんだ・・答えてくれ・・俺と今いるのは
・・あの時の償いなのか・・。」
「な・・何言ってるの・・暇だからじゃない・・・工藤くんの言ったことなんて気にし
ないで・・。」
「いや、はっきりしておきたいんだ。君が会社でしでかしたことは俺にとっては辛いこ
とだったさ。でもそれは過去だ。今はその償いなのか・・・まつもと・・。」
「ち・・違うわよ・・何言ってるのよ・・馬鹿っじゃない?それとも何?償いで付き合
っていると言ってあげた方がいいのかしら!」
 私は今ここでいることがたまらなく嫌になった。今日最高の日だと神様に言ったこと
も撤回しなければならなくなった。

「そう・・言ってくれた方が俺もすっきりするぜ。俺みたいなオタクに君みたいな美人
のお姉様が付き合う必要なんてないよ。工藤の言う通りさ。」
 私は自分で一番言いたくない台詞を吐いてしまった。
「あっそ・・・じゃぁそうさせてもらうわ。」
 彼女は私に背を向けて歩いて行った。私はその方に顔を見せることなく人混みの中に
飛び込んでいった。今は取りあえず彼女から離れたかった。

 どれくらい歩いただろうか・・
 中央通りの三菱銀行まで来たとき、雨がぽつぽつ降り始めた・・・
「は・はは・・俺ってばサイテェ・・。今度は俺が傷つけちまった・・。」
 私は落ちてくる雨粒を見ながらつぶやいた・・・
 帰ろう・・。私は結局何も買わずじまいで駅まで戻ることにした。
 切符を買って改札を通ろうとしたとき、突然腕を捕まられた。
「もうどこにいってたのよぉ!探したんだから!普通こういうのは男がやるもんよ。」
 そこには松本がいた。しっかり私の腕に自分の腕を絡ませて・・・
「しっかりしてよね。私の好きな人はすぐにツンケンしないわよ・・。」
 私は唖然として聞いていた。
「暇な私といてくれるんでしょ・・。だったら退屈にさせないで・・。」
 彼女の精いっぱいの言葉だったのだろう。頬を赤らめながら、目にうっすら涙を浮か
べながら・・それでも瞳は私の方をしっかりと見ていた。
 私はこの瞳が好きだった・・。まっすぐな瞳が。
「あいよ!じゃぁついてきな。とっておきの所に連れていってやるぜ!」
「え?どこよ?」「キミの好きなJune本があるところ・・。」
 彼女はぷーと怒った表情を見せたかと思うと、甘えている顔で・・・
「草凪君て・・意地悪なんだから・・でも・・好き。」彼女はそう答えた。

 私は彼女の手を握って歩き始めた。
 彼女もまた私に歩調を合わせて歩き始めた。
 二人の未来に向かって・・・

                                                                        end.
                                                                  1996/12/06


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