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                                  「後の祭り」

                                    反町 智

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「別に今始まった訳じゃなくてさ。あたしの感情的なとこ、奴の理性的な人って、きっと
ガキの頃からだね。三つ子の魂百までっていうじゃん。双子なんだからもう少し性質が似
ていてもいいだろうとか言う人は多いけど、余計なお世話だよね。自分も一卵生双生児の
姉妹の環境下で育ってみろっての。これが大変なんだぞ。双子って何から何まで一緒じゃ
ないんだから。結局そういう人ってわかってないんだもん。あたしは姉だから奴の面倒み
なくっちゃなんて健気に思ってたし、奴は奴で妹だからあたしの尻拭いは自分の役目だな
んて考えて育ってきたし、さ。仲が悪いとかじゃなくて、お互いのずれってのに耐えられ
なくなるって、誰にでもあるでしょ。それでさ。短大卒業する時に大喧嘩になっちゃって、
以来ずっと会ってなかったんだ…」

 隣に座ってきた瞬間から酔った勢いからだろう、朝子はまくしたてた。俺はただ相変わ
らずだなって苦笑いしただけだった。
 姉御肌でじっとはしていられない朝子と物静かで現実的な夕子の双子と俺は幼馴染み、
幼稚園から高校まで同じ学校だったのもあって、そこそこ仲はよかった。
 非常に突然ではあったけど、朝子の結婚式の二次会に招待されてやってきたのはいいけ
ど、知ってる顔がなくて困っていたらタイムリーに朝子がやってきた。これも突然ではあっ
たけど、世間一般的な挨拶も抜きに一気にまくしたてるあたりは何とも朝子らしい。俺が
質問するスキさえなかった。

「そんでさ。久しぶりに会ったのが半年前だった。実家に帰って見たら奴がいてさ。結婚
しようと思う人がいるから連れてくるって。驚いちゃってさ。あたしも同じ事言おうと思っ
ていたから。もう何年ぶりだったし、お互いいい大人なんだし、折角同じ日に実家帰って
きたんだし、仲良く亭主予定者の事でも話そうって言い出したのは奴だった。言いだしっ
ぺが先に話そうねって、奴は話し出した。会社の歓送迎会で会った人で、一緒の部所になっ
た事はないけど、悪い噂は誰からも聞かないし、つき合ってみたらもっとよくって、結婚
したいと思ったって。あたしはスポーツクラブで知り合った、愉快な笑い方するくせに生
真面目な人で、すぐに同棲しちゃったけどこれで上手くやっていけるって二人納得したか
ら、結婚するって伝えにきたんだって。んで、さ。よせばいいのに、あたしも奴も、姉妹
の亭主予定者がどんな人か知りたくなっちゃったんだ。っとに面倒だよね、双子って。特
に一卵生の場合って分離しなかったかもしれないじゃない。分離した自分がどんな人を選
んだのか、興味持っちゃったんだ」

 やっと話しに一息いれて水割りを口にしたから、俺はようやく口を挟む事ができた。
「そりゃ気になって当然だろうよ」
 朝子が持ってきた水割りを半分飲むと、付け足した。
「で? 会ったの?」

「奴が会いたいっていうから、まずあたしの方からって事になってさ。家に帰ってそれを
伝えたの。快くOKしたから、連絡取って会う日付とかきめて…会ったよ。奴が悲鳴上げ
てあの人に飛び付いた時は、一体何がどうなっているのかすら、わからなかった。奴が落
ち着いて話し出すまで、因果関係は全く浮かばなかった。あたしと奴の亭主予定者が同一
人物だなんて、考えたくもなかった。言われても…何かの間違いだと思った」
 朝子はグラスを揺らしながら、音を立てる氷をすごい顔をして凝視していた。俺が困っ
ているのも気が付かないらしく、朝子は先を続けた。

「奴が落ち着いてから…あの人が言った。あたしとは本気で奴とは遊びだった、って。あ
たしと結婚する気で話も煮詰めていたけど、奴とはその気は全然なくて一度断わっている
はずだ、とも。奴、怒っちゃってさ。お腹の子はどうすんのって。あの人は堕ろせってむ
ごい事言って、あたし引っ張って帰ろうとして。帰り道考えたよ。奴がいくら気丈な事言っ
ても、女なら子供は生みたいだろうし、結婚したい人があたしだなんてたまんないだろう
し、途中で引き返してさ。したら結構放心状態のままでいて、不安だから家まで送ってやっ
たんだ。歩きながら、子供は堕ろさなくっていいよとか、結婚はあたしがするとか、説得
させて…。部屋に入ったから安心して帰ろうとしたら、奴め」
 朝子は般若の面をつけているみたいに見えた。
「あたしを殺しやがった」

 汗が全身から噴き出しているのがわかる。俺はまるで雷に打たれたように、身動き一つ
できなかった。やがて朝子の顔が自然にやわらかくなった。
「ふ…自由にさせてあげると、ろくな事言わないわ」
 冷ややかな瞳が俺を捕らえる。思わず声を上げた。
「夕子!」
「信じる人もいるのね。旦那ですら信じなかったのに」
 すっと笑う。これは間違いなく、夕子の笑み。
「きっとこう続くわ。聞きたいでしょ? 夕子は朝子を殺してあたしになりすまし、旦那
にはあたしも子供ができたから早く式をあげようって、夕子は可哀相だけどあたしの前で
自殺しちゃったから線香だけはあげてねって、すりよるのよ。旦那は言うがままに朝子の
葬式にでて、夕子と早々に入籍し、式をあげてしまうの。…どう? 信じる?」
「信じるも何も…御前は夕子だ」
「証拠は? 朝子と夕子の違いは性格だけよ。それさえクリアしてしまえば、医学的には
全く区別できないわ。それに…もう片方は死んでいる」
 俺は流れる額の汗を手の甲で拭った。
「朝子と夕子は元は一人だった。分かれなければ自分自身を憎んで殺すような悲劇はなかっ
たはずなの。だから一人に戻しただけ。…朝子をあたしの中に戻すのは大変だったわ」
「狂っている。そんなの正気じゃできない!」
 夕子は声も立てずに笑う。ぞっとして俺は後ずさる。
「理性と狂気なんて紙一重だわ。あたしが殺さなければきっと殺されていた。殺すか殺す
まいか悩んでいたのが運の尽き、後の祭りよ。…間違ってるとは言わせない」
「さっきのまくしたてていたのも、夕子なのか」
「何度も言わせないで。朝子と夕子は一人になったの」
 新郎が俺のテーブルにやってきた。月並みな挨拶を交わして俺に背中を向けた男に、夕
子はしなだれる。
「何だよ、朝子」
 その時の夕子の目はとても表現できそうになかった。

 元は一人だったんだから一人に戻る、か。だったら、精神分裂して沢山の人格を自身の
中に閉じ込めてしまった人は? 本来の自分を失ってしまった人は?
 堂々巡りしていた俺の謎も、やっと答えの糸口を見つけられたような気がする。
「理性と狂気は紙一重…」
 まあいい。朝子と夕子の出した答えが俺達に当てはまるなら、俺か奴等の人格が一つだ
けを残してこの身体から消滅するだけの事だろう。
 早速仕掛けてみるか。悩んでいる間に消されて『後の祭り』なんて言われるのもしゃく
だからな。
 影達が脅えるように震えてついてくるのを確認しながら、俺は夕子のように声も立てず
に笑ってみた。
                                                 <FINALE>


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