気功の穴
象気功


精神安定メソッド

眠りの神の言葉



前頭葉優位半球の停止


ということで トットコトーの続きである。

事情を知らない人から見ればバカ丸出しのカリキュラムであるが、 事情を知ってる人はまたかと思うわけである。

つまり 象気功の本来の目的の「日本一のバカになる」という テーマをそのまま実現しようという崇高な目的を持った 言霊(コトタマ)である。


誰が 崇高な目的だ。

相変わらずのドタバタ かよ。

何でも ええがな。

図書館でスマホで書いてるんだから、しょーがなかろう。

いずれにしても、無駄口が多すぎるからアンチにボロクソに言われるんだぞ。

分かってまんがな。

脳のドーパミン 回路が壊れてそのようになってまんから仕方おまへんがな 。


何でドーパミン 回路が壊れたのか言ってご覧なさい。

差し障りが大きすぎてとてもはっきりとは申し上げられません。

じゃあ しゃーない しゃーない。

その適当な関西弁をやめろ。

いつになったら 本題が始まるんだ。

知らんがな。

ということで 話を戻して、ところが これが わからない人にはわからないという わけのわからない テーマであるが、 まあ それはそれで楽しんでいただきたいと思うわけである。


何言ってるの?

さあ何のことか全く分かりません。

バカなの?

バカで~~~~~~~す。

だからそれは やめなさいったら。

はい かしこまりました。

お前しまいには 誰かに殴られるからな。

いやん 殴らんといてください。

いいや 許さん、そこになおれ。

へへー、堪忍してください お代官様。

うーん これは一体誰が面白いんだろうか。

ということで、 粛々と 本題を進めるわけであるが、 何回ループするんだよ。


とにかく、何しろ テーマが「トットコトー」であるので、 こんなもん 信者以外にはまともに読んでるやつがいるとは思えんわけである。

「トットコトー」の原理からいうと、 気功にしてもヨーガのメディテーション にしても禅にしてもマインドフルネスにしても、要は「考えることをやめる」ことである。


日本語になっとらんぞ。

とにかく 人間にとって、この「考えることをやめる」ということぐらい難しいことはなくて、 人間というものはどんなことがあっても 朝から晩まで 用もないのに 用もないことをあれこれ考えて悩んで苦しんで、人によっては 意味もなく体調を崩したりして、ひどい人は命にかかわる重病を発症したりするわけである。

思考や煩悶苦悶は脳に血が集まり、心身不調あるいはお病気の極めて大きな原因である いわゆる「 ストレス」を生み出すという、体にとって非常によろしくない状態が出来上がるわけである。


まあ 例えば 東洋医学的には、考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、血液は酸化して免疫力が落ちて、病気とは言えなくても半病人の状態になっている人が多々おられるわけである。

これを 古来より 某あちらの国では、未病 なんてことで その治療法を面白おかしく 商売にしている方々もおられるわけである。

どんなに 頭脳明晰でも 不健康で あちこちお病気が発症して死ぬ寸前では何のこっちゃである。


当たり前である。

象気功は当たり前のことしか言わないのである。

だから いにしえの大昔より、人間にとって一番重要なのは 、とにもかくにも 体が健康であるということ、つまりが、象気功の一貫したテーマでもある「バカでも 元気が一番 」であるということに気がついていた ほんの少し高知能な皆さんが 「ものを考えなくする方法」をあれこれ考案して、現在も世界中で毎日 莫大な数の皆さんが「無念無想」なんて 人間にとってどう考えても不可能なことを求めて、何もしないで ただバカヅラしてお座りしたりして、大事な人生の時間を極めて無駄にしてるわけである。

つまりは短時間に「ものを考えなくする方法」があれば簡単に解決してしまうのである。


ところが 前述したとおり、この「ものを考えない」というのは人間にとって非常に困難至難な作業である。

おサルさんから進化して脳、特に前頭葉が巨大化肥大化した人間には「考える」あるいは「悩む」という部分が非常に大きく あれこれしてるわけである。

おいおい あれこれが出るということはもう飽きたのかよ。

はい 非常に飽きておりますよ~~~ん。

よしなさい。

はいはい。

しかし、実際には悩んでも解決することはほとんどなくて、ものごとはすべて「なるようにしかならない」のである。


感覚としては 全ては偶然に起きるように思えるが、 運命は全て決まっているのである。

昨今、とんちきどもがそれに気が付いて親ガチャなんて騒いでるが、まあ、あながち間違いではないのである。

親も選べなければ脳も体も選べないのである。

もちろん運命も選べないのである。

あたしみたいにIQ140の極め付きの低知能に生まれたものには、世界を変えろなんて言われても無理難題である。


なるようにしかならない流れにまかせて水のように形を変えて生きることが最良のあれこれである。

これが運気である。

考えても悩んでも運気が変わるわけではないのである。

あなたがどんな努力をしようが、ぶつかる車はぶつかるし、 落ちる 飛行機は落ちるのである。

毎度ネタにすることであるが、極めて 運の悪いものはコンビニで買い物してるだけなのに、 アクセルを踏み間違えた高齢者の車が突っ込んできて いきなり人生の終わりとなったりしてしまうのである。


これが一事が万事で不運も幸運もこちらで選べるわけではないのである。

全ては なるべくしてなるようになるのである。

運気の悪いものは 一生 運気が悪いし 運気のいいものは一生運気がいいのである。

悩んでも考えても同じである。

学歴とも努力とも無関係である。

それはある程度 人生経験を経ると どなたも 悟ることである。


まあ もちろん一生 悟らないでご臨終なされる人もいるので、 そこは知能の問題であるが、 その知能や能力さえ、それもこれも 「与えられた運気」である。

ならば 考えること 悩むことをやめようではありませんか ということも含めて、 バカでも元気を目指して、気功でもヨーガでも禅でもマインドフルネスでも、考えることをやめる工夫をあれこれしているわけである。

なんでもいいから、その「あれこれ」をやめろ。

やだよーんだ。

まあいいや、つーことで、そこに神のお告げの「トットコトー」が降臨したわけである。


「トット コトー」 を唱えている間はものを考えなくて済むのである。

考えようとしても、考えごとがまとまらないのである。

これをインチキだと思うバカ読者は、失礼、もとい、今一つ脳機能が不調な読者は、試しに「トットコトー、トットコトー、トットコトー」と唱えながら、考えごとをしていただきたい。

さらにこの 言霊(コトタマ)の音(おん)による影響で、一時的に前頭葉の一部を役に立たなくして、考えようと思っても考えられなくなるのである。


さて その効果は 身体や脳のどの部分にどのように影響を及ぼすのか、さらには 脳がどうなるのか、 謎が謎を呼んで 象気功信者垂涎の真実解明は近日公開の あらうふんを待っててね。

こらこら、番宣で終わるなよ、てめえ ふざけてるのか。

はいはい 分かりましたよ、 うっせえなー。

一体誰に話してるの?

いや 頭の中にもう一人あたしがいて、こいつがうるさくて。

いやそれ やばいおつむの病気じゃないの?

とにかく一度病院に行け。

やだよ~~~んだ。

ということで、要は 前頭葉である。


その前頭葉も左脳の部分である。

一般的な人の脳の優位半球である。

一般的というのはそうでない人もいるからである。

つまり 思考や悩み 煩悶 苦しみを生み出すのは前頭葉の左側の部分であるわけである。

この部分の優位半球つまりは通常は左の前頭葉前半部は、思考、能動性、感情、性格、理性などの中心である。

「トットコトー」はこの前頭葉の左前半部に影響を及ぼし、いつもの通り やらないよりはマシの効果で、機能を停止させるわけである。


つまりはある意味「能無し」になるわけである。

その「能無し」になる効果は果たしてどのような作用によって生み出されるのか?

やっぱり次回のあれこれだああああああああああああああっ。

まあ、図書館でスマホでご執筆だし、こんなとこかな。

(2023/08/12)


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