気功の穴
象気功


精神安定メソッド

眠りの神の言葉



神々と左前頭葉のせめぎ合い


人類の文明 文化科学を発展させた元といえば 言葉である。

その言葉によって、あるいはその言葉を使うことにより 左前頭葉が発達肥大化し、人類の高度な文明文化科学が構築されたわけである。

人類はそのことにより 同時に悩みと苦しみも持つことになったわけであるが、その左前頭葉によって生み出された悩みと苦しみを解決するのも 左前頭葉の思考機能である。


右前頭葉は何をやってるかというと ひたすら五感から入るあらゆる情報を勝手に集めて認知しているのである。

この機能は右脳活性もへったくれもなく、常に勝手にあらゆる情報を集めて認知しているのである。

あたしらみたいな脳の壊れた人間は さらに いわゆる 第六感からの情報も集めて認知してしまうので、さらにややこしい情報による膨大な宇宙あるいは存在というカオスを創出しているのである。


その右前頭葉が集め認知した膨大な混沌とした情報を元に 左前頭葉が整理し、思考そのほかの機能をあれこれして生命維持上の問題を解決するわけである。

その解決能力を上回った あれこれが 悩み・苦しみとなるわけである。

人類を 生物の王にのし上げた 左前頭葉の思考という機能のおかげで人類は ひどい悩みと苦しみを得ることとなったわけである。

それで多少 おつむの働きのよろしい人が座禅・瞑想・メディテーション・マインドフルネス てな方法を考案して、なんとか左前頭葉の思考を停止させて安らぎを得ようというカリキュラム・メソッドをあれこれしたわけである。


しかしこのカリキュラム メソッドは時間がかかること夥しいのである。

数時間あるいは日がな1日お座りして人生の大事な時間を無駄にしている人もいるわけである。

そこに神のお告げにより降臨したのが トットコトーである。

手っ取り早く 一時的に左前頭葉 の機能を停止させてしまうのである。


それで唱えてみると、やってみた方はお分かりの通り 気持ち悪くなるのである。

そらそうである。

人間は左前頭葉の機能を優先して 生命活動を営んでいるのである。

特に 現代生活では左前頭葉の機能なしに生活することはとても無理である。

全ては知識 理論 応用 それに伴う思考に頼って、いわば 左前頭葉フル回転でなければ生きることすらままならないわけである。


だから 体は常に左前頭葉をフル回転することにより機能しているわけである。

さらに 左前頭葉の重要な役割は自発性・積極性と言った精神作用である。

それを無理やりあるいは いきなり 停止させるわけであるから、頭がパーの上にやる気も根性もないという ヘタレ人間が出来上がるわけである。

例えば その辺のストリートに群れているような どうしようもないバカというのは 元気で根性があるのが普通である。


知能・知識という機能を使わない分、 同じ左前頭葉の自発性・積極性という機能にエネルギーが向かうからである。

ところが トットコトーは 左前頭葉を丸ごと 停止して しまうために、自発性・積極性も減退して、バカでヘタレの根性なしという、人間として取るところがないクズ生ごみ産業廃棄物を作り出すのである。

あたしはこの文章を書けば書くほどバカでヘタレで根性なしの生ごみ産業廃棄物になっていくわけである。


この章が始まって以来もう相当 バカでヘタレが進行しているので 何をか言わんやであるが、とにかく 脳も体も あらいやん というわけである。

つまり 象師匠の卓越した氣感によりトットコトーは 右半身に氣を集約し、左前頭葉を一時的に停止させるということが判明したわけであるが、当然 左前頭葉が わやくちゃになって IQ140の極めつきの低知能とはいえ、 それはそれなりに生活生命維持に必要な知能であるので、 あれこれそれこれ あらふんであるわけである。


だめだこりゃ。

本当にどんどん バカになってる。

おそらく 神の言葉として降臨したトットコトーには知識知能優先の左前頭葉優位社会を改め、昨今のさらなる核の脅威による人類滅亡寸前という現状から、本来の生命の進化あるいは宇宙の方向性に戻し、人類を地球を救済するという大きな役目があるとは思うが、とにかくトットコトーについて書こうと思うと、フル回転で言語処理を行っている 左前頭葉を停止してしまうので、気持ち悪い上に 全く考えがまとまらない やる気がない 意欲がない というパラドックスに陥ってしまうわけである。


あたしゃトットコトーについて書けば書くほど考えがまとまらなくなるのである。

トットコトーの言霊の効果について 追求すればするほど 何が何だかわからなくなるわけである。

つまり神のお告げによるトットコトーは 当然 神の言葉であるので深く追求することも考察することも 禁忌であるということであるかもしれないのである。

あたしはもしかすると触れてはいけない 神の領域 つまり神域に 土足で入り込んでしまったのかもしれないわけである。


かもしれないばっかりかよ、お前は鴨南蛮うどんか。

この通り左前頭葉が停止して ろくな文章にならないわけである。

いやーん 怖い。

ということで トットコトーはおしまい 。

おいおい マジかよ。

だって 書けば書くほど頭がパーになっちゃうんだからしょうがないじゃん。

じゃあ しょうがない しょうがない。

ぴろりろり~ん。

ほんまに 脳があかんがな。

(2023/09/17)


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