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「念力」が終わって何が始まるのかと思ったら、「站椿功(タントウコウ)」である。

まあ、その、なんだ、気功入門の章で解説しておいて、今さら站椿功もないもんであるが、そーいっちゃ神のお告げとしての口から出まかせの立場がなくなるのである。

站椿功は象気功お勧めの三円式の場合、基本的には手を身体の方に向けて、ただ立ってるだけという自堕落な気功法である。

ものすごく簡単である。

パ~でもプ~でもピ~でもポ~でもできるのである。

しかし、ぺ~にはできないかもしれないのである。

べつにぺ~といっても林家さんではないのである。

ううう、あまりにもおそまつなつかみネタで、恥ずかしくて穴があったら入りたいのであるが、できればはっきりとは申し上げられない気持ちのいい穴にぬるぬると入りたいもんである。

ぬるぬるでもむるむるでもいいのであるがめりめりではむりむりかもしれないのである。

ううむ、いけませんなあ。

これから気功法の本質を語るとは思えない滑り出しである。

ホンマに情けない限りであるが、あなたの象気功は世界最低の霊格の持ち主である象師匠により運営されているお笑いサイトである。

まあ、お笑いサイトというよりもバカサイトではないかと言われればその通りで、ぐうの音も出ないのであるが、氣がよーくわかる完全におつむが壊れたバカ師匠による運営というところが、並みのバカサイトとバカサイトの水準が違うところであるわけである。

このへんで呆れて読むのを止める人がいるのは想像に難くないわけであるが、このくだらんつかみネタをぐぐっと我慢してこの先を読んだ人は幸いである。

ご存知の方はご存知の通り、站椿功については主に某中国武術系の基本的な鍛錬法として流布され、武道系の氣のわからない皆さんが、わけもわからず艱難辛苦でお励みになっておられるわけであるが、そこんところを、站椿功により身体・体内において何が起き、それが体外さらには他者にどう影響を与えるのかてな站椿功の本質と効果的な方法を、わけのわかるように懇切丁寧にこれでもかと解説するわけである。

站椿功は、本来は武術の鍛錬法であったわけであるが、矛盾することに格闘技としての強さを追及すると逆に氣はつかめないのである。

怒涛の氣を放出できるようになるには、「氣」そのものを追及するのが正しいのである。

当たり前である。

また、書籍、ネット等で流布されていることは、氣がわからないために站椿の本質を何も理解していない皆さんの聞きかじり読みかじりの知識の羅列である。

どんなに聞きかじり読みかじりの知識が豊富でも、氣を体感として捉えることができていないセンセーのご託宣は無意味である。

站椿功の正しいやり方は氣がわかると一目瞭然であるが、そこがわからないから、氣のレベルに差ができるので、まあ、いいっちゃいいわけである。

氣に関してはあたしのように、体内体外の氣の動き流れがこれでもかとわかる世界最強最大の真正霊能者の独壇場となるわけである。

ご自慢自画自賛をこれでもかと極めて、あたしの驕慢うぬぼれも頂点に達したところで、まあ、たとえば、「ううう、むむむ、ぐぐぐっ、ええいっ、どおおうっ」と力んで氣を出してるように見せるセンセーが多々おられるのであるが、氣を出すのに力む必要はまったくないのである。

氣が身体から十分に溢れていれば、それをその方向に向けるだけである。

本来は緩める必要もないのである。

氣がたいして出ないから、放鬆(ファンソン)だの上虚下実だのと技術が云々されるわけであるが、氣道が十分に拡張拡大されて氣が充満して、さらに体外に溢れていれば、放出されている氣をその方向に向けるだけで、氣の受信能力のある相手には発勁あるいは空勁となるのである。

手をその方向に向ければその方向に氣の放出が向かうし、指を向ければその方向に氣の放出が向かい、意識をその方向に向けただけでも氣はその方向に放出されるのである。

つまり、「ううう」だの「むむむ」だの「しゅーっ」だの「はーっ」だのと力んでるセンセーは氣が出ないのを必死で出そうとしてるだけであるから、そんなセンセーはさっさと見切りをつけて他のセンセーを探した方が幸いである。

力まずとも怒涛の氣の放出を可能にする身体を作る方法のひとつが站椿功である。

気功も本物に出会えるのは千載一遇である。

超能力だの予知能力だの透視能力だのなんてナンセンスなことは論外として、クンダリニーの光を体験しただの、透視術だの、宇宙のエネルギーがどーたらこーたらだのと言い始めたら、それはトンチキ気功である。

トンチキであってインチキとまではいわないところがあたしの奥ゆかしいところであるが、このトンチキ気功にはまって効果のない方法を長時間にわたって行い、人生を無駄にしている皆さんが多々おられるのが現状である。

そのセンセーがたとえ中国本場で習得したといっても、その中国本場の気功界自体が手品師ホラ吹き詐欺師が横行して、玉石混交であるので、支離滅裂なことを教えているセンセーも多々おられるのが現状である。

そのようなトンチキ気功法で身体は変わらんし細胞の方向性も変わらないのである。

身体を細胞段階で変え、細胞の方向性を変えなければ、何も変わらないのである。

あなたの人生は細胞が勝手にやっていることである。

氣がわかり、その流れがわかると、姿勢も呼吸法も心の在り方もどーでもいいということが理解できるのである。

氣の流れといっても血液のように流れているということではないので、氣の動きと言った方がよろしいわけであるが、氣の本質がわかればそれさえもどーでよくなるのである。

象気功は、意図せずとも勝手に身体が良い方向性を選び、周囲の対応が勝手に良い方向性に変わるというメソッドである。

まあ、良い気功師を探すことは、良い医者を探すのに似ていて、運次第ということも言えるので、あなたのご健闘をお祈りして本日のご挨拶といたしたいご所存である。

さてさて、站椿により氣の本質がつかめるのかつかめないのか、体内に氣が充満して力まずとも怒涛の氣を発することができるようになるには站椿の何がどーしてどーなるのか、氣の不思議、站椿の秘密に迫る次回をお楽しみにねーてなこったい。

え?トンチキはあたし?。

站椿功・立ち方に続く。

(2014/09/05)

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