象気功

気功修練

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回答室


念障
名前:楽趣味   


自分自身に怒りや憎しみの感情を向けたような場合念障のレベルはどれ位ですか?

あと感情を自由にコントロールできるようになることは、自分の脳に対しての勝利ともいえますか?

たとえば悲しいことが起きてるのに、自分の意思で笑いの感情を自在に起こせたり、腹がたってなくても必要ならば心の底から怒ることができたりとかです。




お答え
象師匠  
まあ、そうですねえ、PCゲームではありませんので、念障に「レベル」はございませんが、たとえば、返り念障の量は送った念障の強さに比例するわけであります。

送った念障が強ければ強いほど強い念障が返ってくるわけであります。

まあ、それで、人間には本来自己防衛機能や生命維持機能がありますので、どんな人間も自分を「嫌っている」なんて思っていても、どなたも、実際には基本的に本来的に「自分が好き」なのであります。

自分を「守りたい」わけであります。

ですから、たとえば自分の行動の失敗や性格、容姿なんかをそうとう嫌悪しても、そのことで「自分」を嫌ったり憎んだりするのではなく、その事象事態を嫌ったり恨んだり憎んだりはしますが、自分自身に対して強い恨み、怒り、憎しみなんてものを向けることは、精神に残念なことが起きている皆さん以外にはできないようになっているのであります。

ですから、「他人に対する」恨み辛み妬み嫉み憎みなどの念に比較すると、実際には「自分に対して」発する念障は、その発する念障自体が、あなたの言葉を借りれば問題にならないほど強さの「レベル」自体が低いわけであります。


それから、次のご質問の、「感情を自由にコントロールできるようになることは」は、たとえば、俳優女優など演技をするお仕事をなりわいとしている皆さんは、まあ、言ってみれば、これが自由自在にできないとプロとしてオマンマを食べていけないことになるわけです。

毎日、映画やドラマの撮影や収録で、「たとえば悲しいことが起きてるのに、自分の意思で笑いの感情を自在に起こせたり、腹がたってなくても必要ならば心の底から怒ることができたり」が自由自在にできないといけないわけです。

ですから、これが、とくに特殊な神懸りな能力というわけではなく、役者を家業としていない我々でも日常的に、気分を高揚させるときや、相手に威圧感を与えようとするときなんかに行っていることでもあるわけです。

「自分の脳に対しての勝利」というのは意識と脳が乖離しているということを前提におっしゃられていると思われるのでありますが、意識は深層意識やそれによって造られる表層意識も脳が作り出しているものであるわけです。

象気功で何回も解説しておりますが、人間の脳も含めた身体は神の乗り物であり、あなたは大宇宙、神の組成と同じであるわけでありますが、そのこと自体は「意識」とは無関係でありますので、あなたが感じている、あなた自身の存在を認識している「意識」はあなたの新皮質、旧皮質、ICNシステムを含めた脳が作り出しているのであります。

つまり、おわかりいただけたかどうかわかりませんが、意識と脳は同一のものでありますので、「勝ち負け」を論じること自体が無意味なわけであります。



Re: 念障
名前:楽趣味   
感服いたしました。