象気功

象気功

気功天意
念力



後書き

この世に存在するものはすべからく同等である。

たとえば、人間とダニ・シラミを比べた時に、何が違うかと言えば、何も違わないのである。

人間が神に近く高等で、ダニ・シラミが下等であるてなことはなくて、まったく同等である。

1000万から100兆個の星々の数を持つ銀河が1700億個もひしめき膨張する宇宙全体から見てみればわかることである。


あるいは宇宙誕生から138億年余りの歴史からみれば、あなたの一生もダニ・シラミの一生も捉えることもできない瞬時の閃光である。

まあ、極々矮小的な視点で見れば、地球上の食物連鎖の頂点に人間がいるという錯覚もあるが、お亡くなりになれば、そのお肉から骨髄まで、小動物、微生物、バクテリアがお召し上がりになったり、分解したりして、連鎖の一部となるのである。

その同等であるすべての存在が精密に組み合わさり、絶妙なバランスのもとに宇宙全体を構成しているのである。


しかし、構成要素であるたったひとつのピースが壊れただけで、バランスが崩れ、宇宙は崩壊し消滅するのである。

人間であるあなたも、ダニ・シラミも、精巧にはめ込まれたピースのひとつである。

どれが欠けても、宇宙はバランスを崩し、存在を失うのである。

つーことで、後書きである。

後書きであって落書きではないのである。

更新を半月以上も引き延ばしておいて、今更、後書きもないもんであるが、あたしもおまんまを食わんといかんので、日々お仕事に勤しんで、生活の糧を稼いでなんぼの都合上、人生はままならんのである。


まあ、言い訳はともかく、「氣の力」イコール「念の力」という言い方もないではないので、念力についてはいくらでも解説することがあって、キリがないので、ここらへんでひと区切りとするわけである。

まあ、象気功はタイトルの通り、便宜上、気功という名のものとに「身体を変える法」を解説しているわけである。

もちろんこれは便宜上であって便器上ではないのである。

便器上ではなかなか身体は変えることができないのである。


便器上で変えることができるのは、あなたの臀部の形状ぐらいのことである。

便器上で臀部の形状を変えても、立ち上がると元に戻るのはご経験の通りである。

とくに女性の場合、臀部の形状は人生において実に重要であるが、便器上で変わるのはお座りになっているときだけであって、これで人生に影響が出ることはないのである。

臀部の形状をこの世のだいたい90%の男性にアピールするように変えるには、地道にエアロビやスクワットその他の適度なヒップアップに効果のあるトレーニングを生活に取り入れることが必要である。


だいたい90%というのは、そーでもない男性もおられるからである。

そーでもない男性は女性の臀部にはさっぱり興味がなくて、男性の臀部に興味津々である。

そーでもない男性はあちらに置いといて、女性がその目的に適したトレーニングの結果、お尻が得も言われぬ曲線を描いて、大金持ちのバカ息子をたぶらかせば、女性にとって最高位の玉の輿と言う大成功の運気が待っているのである。


しかし、いくら臀部の形状が得も言われぬ曲線を描いていても、お顔の曲線がわやくちゃであると、これがまた、バカ息子も寄り付かず、なかなか運気は上昇しないわけである。

お顔の曲線を得も言われぬものにするためには、霊験あらたか神のお告げの象気功メソッドを駆使したり、神社でお百度を踏んでお参り神頼みするよりも、推定年収50億という噂の美容整形おくまんちょーじゃの某たかすセンセーにおすがりするのが早道である。

ふざけるのもたいがいにしろ?


勘違いしてはいけませんよそこのあーた、象気功はすべからくありがたーい象の大神様からの神界通信お筆先でありますので、心して一文字一文字を心に刻み、その御心を解せねばならないということをここに宣言するものである。

ううむ、さすがに飽きてきたので、さて、臀部の形状はそのうち奥の奥までぐりぐりと掘り下げるとして、身体を変える根源は氣道にあるのである。

氣道が変われば身体は変わり、能力が変わり、精神状態が変わり、運命が変わるのである。


まあ、聡明な方はお気づきの通り、世の中を見回してみると、何をやっても上手くいく人と、そこのあなたように何をやっても上手くいかない人がいるわけである。

世の中は運気の押し合いへし合いで成り立っているのである。

運気が弱ければ、隅に押しやられ、運気が強ければ中央にどんと押し出せるのである。

人の世の仕組み、人生の不思議、運気の根源は、氣道の太さにあるのである。


氣道を太くすれば、確実に身体は変わり、運気は変わるのである。

氣道が太くなると血流が改善されて酸素栄養素が行き渡り、細胞段階で活性度が変わるのである。

これを氣の玉の大きさの違いと解説したわけであるが、もちろん氣の玉の大きさと寿命は、また別物である。

いくら氣の玉が大きくても、過剰な飲酒、喫煙、過食、運動不足、等々の不健康生活を実行すれば、おびょーきになって氣道に穴が空き、氣の玉はプシューッと氣が漏れて、運気は下降の一途を辿り、ろくでもない末路になるのは世相を見回せばいくらでも閲覧にこと欠かないのである。


健康第一、さらには氣の玉の拡張・拡大が人生の毀誉褒貶に大きくかかわるのである。

毀誉褒貶は、若干、言葉の選択が間違ってるかもしれないのであるが、めんどくさいのでこのまま放置するのである。

さてさて、「念力」の後書きもさわやかに、次章はいったい何に食いつくのか、まったく役に立たない気功法象気功はさらに形而上の高みを目指してお笑い道を追及するのかあそこを追及するのか、まあ、やってみなけりゃわからないである。

つーことで、おしまい。

完。

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