象気功

本日の御神託



コトタマと姓名


コトタマを口に出す、あるいは心に思うことにより、身体の各部位の氣道を点で開くわけである。

点といっても針の先のような極小の点ということではなく、ざっくりとその辺りという感覚の点である。


さらに、コトタマの組み合わせにより、その点が結びつき、その氣道の開く部位が、より広範囲の部位あるいは箇所になるわけである。

言葉はコトタマの組み合わせであるので、すべての言葉が氣道の部位を開くわけであるが、その言葉をより多く繰り返した部位がより大きく開くわけである。


それを利用したのが真言・マントラ・お題目などの、わけのわからない言葉を繰り返す修法であるわけである。

さらに、大きな影響を与えるのが「姓名」である。

特に「名」はおぎゃーと産まれたとき、あるいは2週間以内に役所に届け出たときから連呼されるのである。


もう、明けても暮れても連呼されるのである。

脳が出来上がってなくて、言葉を認識できないときから、名前と家庭内のニックネームを連呼されるのである。

これが、氣道が極限まで柔らかい、生まれたて・乳児期・幼児期であるから、その効果は絶大で、一生の氣道の状態が否応なくこのときに出来上がるのである。


つまり、氣道で最初に大きく開くのは「名」の部位であるわけである。

このように、DNA遺伝子や育つ環境とともに基本的な氣道の形成は、本人には選べない状況で決定されるので、一生を通して大勢を決める氣道の状態は神の采配であるわけである。


「名は体を表す」という故事があるが、その正しい解釈はともかく、氣に関して言えば、「名は氣道の状態を表す」ということである。

その後、成長するに従って、「姓・苗字」を認識するようになり、そのコトタマの組み合わせに反応した部位の氣道が開くことになるのである。


だから、氣道の状態は「名」の部分が大きく、次に「性」の部分がより大きくなるわけである。

それを基本として、DNA遺伝子やお育ちになる環境などの複合的な要因が加味されて、個々の氣道が出来上がるわけである。


その後の氣道の変化は、加齢による氣道の硬化で、大変ゆるやかであるので、いろいろな言葉のコトタマを受けても、基本的なバランスに大きな変化はないのである。

それを、少しでも変えようというのが、真言・マントラやお題目や祝詞であるわけである。


コトタマの連呼を限りなく繰り返すことにより、氣道のバランスを変えようという方法であるわけである。

しかし、方法が理解できても、自分の「名」や「姓」によるインフラとも言える氣道の状態が確認できなければ、その方向性を変えるコトタマの組み合わせを選ぶことはできないのである。


胸部が開いて氣が上がってハラハラドキドキ人生の人が、さらに胸部を開いては、人生がさらに困難になるのである。

あるいは、足が開いてアタマがパ~でお困りの人がさらに足を開いては、人生は泥沼の底に沈んでしまうのである。


コトタマの反応部位を知るということは、運命の方向性を変える、あるいはより良い人生を歩くための、ひとつの指針となるのである。

もちろん、その時点での年令による効果の違いはあるが、血管が生活状態によっては若返るように、方法によっては氣道も一生にわたって変化し成長するので、「やらないよりはマシ」であるわけである。


完。


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