象気功

コトタマ

言霊の人体における反応部位



象気功サイト

健康象源法
本日のご神託
経済象源論

象気功ブログ

霊気神気を受ける動画
気功師の紀行的生活
気功師の食事
霊能犬猫動物ブログ
霊能新聞






コトタマの反応部位
「にょ・ニョ」



あなたの人生をあれこれそれこれするコトタマの反応部位は、清音「あ・ア」~「ん・ン」、濁音「が・ガ」~「ぼ・ボ」、半濁音「ぱ・パ」~「ぽ・ポ」に続いて拗音「きゃ・キャ」「きゅ・キュ」「きょ・キョ」「しゃ・シャ」「しゅ・シュ」「しょ・ショ」「ちゃ・チャ」「ちゅ・チュ」「ちょ・チョ」「にゃ・ニャ」「にゅ・ニュ」の次は「にょ・ニョ」の解説である。

まあ、なんだ、骨盤が立つことが重要である。

歩き始めた幼児の尻が後ろに突き出ている立ち姿のアレである。

意味がわかるかどうかはわからんが、その尻の角度が站椿功の立ち姿の骨盤の角度である。

語弊はあるが、下腹部あるいは丹田が床方向に傾いた骨盤の角度である。

言い方を変えると、正しく正座したときの骨盤の角度である。

あぐらをかいたときの骨盤の角度はその逆であるので、座禅や瞑想などであぐらまたは半跏趺坐または結跏趺坐てな座り方をするときは尻の下に座禅布団あるいは二つ折りの座布団あるいはクッションあるいはその手の補助用具を使うことをお勧めして本日の冒頭のご挨拶とするのである。

ううむ、あいかわらずの行き当たりばったりの付け足し講座である。

まあ、站椿功は立禅ともいうとおり、瞑想による辺縁系の操作と、筋力と体力の養成と、さらには氣の養生法である。

站椿というのは椿(杭)のように立ち続けるというよーな意味合いである。

つまり、健康あるいは養生には立つこと、しいては立ち続けることが重要であると、数千年前の皆さんも経験と勘あるいは感覚で喝破されたわけである。

もちろん、歩けばさらによろしいのは言うまでもないことである。

さらに、座るにしても立つにしても歩くにしても、骨盤の角度が正しいことが重要である。

骨盤の角度が正しければ背骨つまり脊髄の通る脊柱が正しく調整されるのである。

誰でも子供のころや若い時は尻が後ろに突き出て、骨盤が正しい角度であるが、加齢とともに尻が前に出てきて、骨盤がいわば寝てくるのである。

そうなると尻が下がり、猫背になり腰が曲がり、いわゆる老人老婆の出来上がりとなるわけである。

つまり、骨盤の角度が老化と大きく関連しているわけである。

逆に言えば、尻が前に出て骨盤が寝てくることはDNAに書きこまれた老化のシステムのひとつということであるわけである。

あるいは老化を加速させるためのシステムのひとつであるわけである。

生命の進化のためには、御用済みの個体は速やかにおっちんでいただきたいわけである。

神は情けも容赦もないのである。

站椿功はその老化促進のシステムに逆らって、意図的に骨盤の角度を10代20代のままに保とうとするメソッドということにもなるわけである。

気功にしてもヨーガにしても、能力開発というよりも、脳も含めた身体の状態を若いまま保つにはどーしたらよかんべかという、実に素朴なご希望から生み出されたものであるわけであるので、よほどの問題がない限り、10代20代にはヨーガ・気功などの氣に関連したメソッドは不必要である。

氣のメソッドは10代20代の身体に戻りたいという、あたしも含めた人生後半のたそがれた皆さんのささやかな希望のともし火というのが正しい認識である。

そのためには、正しく座ることであり、正しく立つことであり、正しく歩くことである。

それが骨盤の角度に集約されるわけである。

なにもしないでほっとけば、やがては尻が前に出てきてヒップラインが扁平になり、骨盤が寝てきて、背中が曲がり腰が曲がり、めでたく棺桶に片足も両足も突っ込むことになるわけである。

あな恐ろしや。

えーと、そんなことで、「にょ・ニョ」のコトタマの反応部位は、身体の大きさによって多少の差異があるが、臍からおおむね12㎝程度下で、骨盤最下部の恥骨接合部から少し上の周囲である。

経絡でいうと、前正中線を走る任脈の会陰穴から3番目の経穴である中極穴(ちゅうきょくけつ)の周囲である。

中極穴は臍下の気海穴や関元穴よりさらに氣が下がるため、肚を据え,不動心を養う効果が絶大である。

また、ここに意識を置くと、四肢の指先までも氣が張り詰めるので、氣道の要とも言えるわけである。

また、氣道の要ということはそこが開くと氣が生み出され、全身の氣道が開かれ、毛細血管が開き、酸素・栄養素が全身の細胞の隅々まで送られるということになるわけである。

もちろん、ここに意識を置いただけでも氣道が開き、四肢に氣が張り詰めるということは、氣が能力に還元される武道も含めたスポーツには実によろしい効果があるわけである。

また、氣の集積所ということもあって、体内の氣を高めるにはここが開く、あるいは活性化することがひとつの鍵となるのである。

この部位が開くと、膨大な氣が全身の氣道に送り出され、体内を氣で満たし、それは体外にも溢れ出し、いわゆる氣を発することになるのである。

そうは言っても、たとえばこの部位が開いて氣を発する人がいても、「うへえ、この人はすごい、神が宿っている、この人にすべてをお願いしよう」なーんてハマりこむとろくなことにならないのである。

まあ、氣に限らずハマる皆さんは,ある意味で依存症であるので、一度ハマりこむと脳が壊れてなかなか自分では抜けることが困難になるのである。

昨今、そろっておしけいになられた皆さんがいい例であるが、それでも現在もあれこれハマってる皆さんが多々おられるのはご存知のとおりで、ハマるとやめられないのが依存症のどーにもならないところであるので、ハマった方は心ゆくまでハマりこんで人生も財産も棒に振るのをお止めるする所存はまったくございません。

象気功信者の皆様方においては、他人の氣やエネルギーや言い張る口から出まかせのホラに騙されることなく、自分であれこれ試して、しにそうになっても自分の責任であれこれお楽しみいただくことを切にご推奨申しあげる次第である。

何言ってんだ。

えーと、まあ、とにかく、この部位は位置が位置であるので、性腺に影響があるわけである。

生物の存在の目的は種の存続と増殖であるので、とにもかくにもこの部位が最重要とも言えるわけである。

つまり神は、生命活動のすべてがこの部位から発し、また、すべてがこの部位に集約されるように人体をお創りになったわけである。

「にょ・ニョ」のコトタマの反応部位は人体・霊体の中心ということである。

しかし、だからと言って、「にょーにょーにょーにょーにょーったらにょーっ」と終日わめいても膀胱を無駄に刺激して尿がもれそうになることはあっても、いきなり怒涛の氣を発して、武道や氣の達人あるいは氣の治療師あるいは神の手を持つ教祖になって大儲けできるわけではないのは言うまでもないことである。

なにごとも「やらないよりはマシ」の範疇でものごとを捉えるのが人生の扇、いや、奥儀であるのは論を俟たないところである。

いやあ、しかし、「にょ・ニョ」ってええもんやねえ。

お前はあほか。

ほっといてんか。

まあ、とにかくアップしてから推敲しましょうね。

ううむ、だめだ、これ以上おもしろくならん。

コトタマの反応部位「ひゃ・ヒャ」に続く。

精神世界 にほんブログ村 健康ブログ 気功へ  
(2018/08/05)



Copyright (C) Zoukikou All Rights Reserved 無断転用転載厳禁 プライバシーポリシー Contact