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象気功

気功実践編
言霊

コトタマ





いよいよ象気功も佳境に入ってきたのである。

さてさて、言霊(コトタマ)とはなんであるか。

言(ことば)の霊(みたま)である。

事(こと)の魂(たま)である。

「コトタマ」と静音の場合は存在する森羅万象がそれによって成り立っているとされる五十音のコトタマの法則のことであり、その法則についての学問を言霊学(コトタマガク)というのである。

一般に言う「コトダマ」と濁音になった場合はちょっと意味が違ってくるのである。

「コトダマ」の場合は音ではなく「言葉」に宿るとされる霊的な影響力のことである。

忌み言葉などを発すると災いにあうなどというのがこの「コトダマ」である。

簡単に言うと良い言葉を発するとよいことが起こり、不吉な言葉を発すると悪いことがおこるとされているのが「コトダマ」の思想である。

ううむ、難解で読んでる人はぜんぜんおもしろくないんじゃなかろうかと思うが始めちゃったのでこのまま退屈な解説をするのである。

呼吸法の章でも少し説明したのであるが、言霊(コトタマ)の原典をたどると「ホツマツタエ」に行き着くわけである。

しかし、実は「ホツマツタエ」や「亀ト」の文献は、本が書棚や押入れに入りきらなくなったので、気功関係の本と一緒に全部、某ブックオフに捨ててしまったのである。

まあ、歴史的にどーであるかとか、学術的にどうであるかとゆーことを説明するページでもないのでその辺は各自勝手に研究してもらいたいのである。

象気功でいう言霊(コトタマ)はこの言霊学(コトタマガク)の「コトタマ」とも言霊(コトダマ)の「コトダマ」とも違うのである。

ううう、ややこしくてわかりにくくなってしまった。

まあ、つまり、「象気功の言霊(コトタマ)」は象気功のオリジナルであるわけである。

これは、世界中のどこの文献を探しても出てこないのである。

あたしの身体を通した神さんのお授けなのである。

あたしは、気功や呼吸法や密教やヨーガなんかをいじくりまわしていたら、いつのころからか、音声が身体の各部位を開くということがわかってきたのである。

言葉の意味や角数や霊的法則なんてこととは関係なくて、アイウエオ50音や濁音も含めてそれぞれ一音一音が身体の各部位を開くのである。

このことはどちらかというと言葉の持つ意味の影響を重視した「コトダマ」よりも、一音一音に霊的な力が宿るとされる「コトタマ」の方が近いので「コトタマ」としているのであるが、あたし的には「コトダマ」でも「コトタマ」でもどっちだっていいのである。

まあ、大昔にコトタマの原典であるホツマツタエを作った皆さんは、まだ身体が原始の名残を残していて、おそらくあたしのように一音一音が身体に反応したので、一音一音の身体や脳に惹起する影響力を書き残したのであるかもしれないのであるが、その後だんだん文明の発達で身体の敏感な部分が鈍感になった皆さんはそんなそんな身体能力は消滅してなにがなんだかわからないので、これはなんだろうということでそこに書いてあることをいろいろと解釈して、ははーん、なるほど、この音はこーゆー精神的効果があるのかということで、なにしろ大昔のことなので、なにがなんだかわかりませんから、こりゃあきっと一音一音に霊が宿っているんだから、神様の名前を付けましょうよ、なんてえことで言霊学が規定されたわけなのである。

ううむ、説明すればするほどわけがわからなくなる。

たとえば言霊(コトタマ)学では
「ウのコトタマは「天の御中主の神(あめのみなかぬしのかみ)」で「感覚、欲望」なんかに影響があるのであり、「アのコトタマ「高御産巣日の神(たかみむすびのかみ)」で「直感」を司ることになっているのである。

つまり言霊学でも音声の一音一音が精神の働きに影響があるとしているわけである。

象気功の「言霊」はぜんぜん違うのである。

音声一音一音それぞれの波動が聴覚から脳に影響を与えて身体の各部位を開くということである。

そして母音と子音の組み合わせで、チャクラや部位が開くことを発見したのである。

これはホツマツタエや古事記や日本書紀の研究とはまるっきり関係なくて、あたし自身の脳と身体に反応した結果なのである。

しかし、おそらく前述したように、コトタマの原典も大昔にあたしと同じような身体の持ち主が神事を始めてそれを伝えたのであろうが、後世にはそれを身体で体現できるものが、宗教界にも学問の世界にもいないので、文献の解釈だけなので、学問的に言霊学なんてことにして学問だけに細かく規定して、たとえば、「祝詞の発音を間違えると怖いぞ怖いぞ祟られるぞ」なんて意味もわからず信じ込んでいるわけである。

これ以上解説してもますます混乱するばかりなのでコトタマについてはこのへんでお開きであります。

さて、「言霊」と表現しておりますが、象気功ではホツマツタエに限らず、「密教」の「真言」や仏教各宗派の「お題目」、「コーラン」の独唱、キリスト教の賛美歌、果てはカラオケまで範疇に入るのであります。

つまり、音声になることはなんでも「言霊」であるのである。

毎日の挨拶も言霊でありますし、独り言や心の中で思った言葉も言霊であります。

そうなのである。

この最後になんとなんく書いたことにものすごく重要な秘密があるのでぁる。

その秘密とはなにか?

それについてはいつになるかわからんが、もしかするともしかしてそのうち書いちゃうかもしれないのであるが、今日はこれでおわりっ。

ああ、疲れてなにがなんだかわからないが、「言霊」の続きを書いてみるのであります。

えーと、どこまで書いたかな。

ああ、なるほど。

つまり、言霊は音声として発せられて初めて波動となり、体の各部位に影響を与えるわけであるが、ところがどっこい、そうではないのである。

声に出さなくても、心の中で暗唱しただけで体の各部位は反応するのだあああああううああああっ。

どうだまいったか。

そうでもないか。

まあ、いい、次へいこう。


言霊は脳に直接、影響を与えるのである。

そうすると、言霊によって開かれた脳の各部位から体の各部位に信号が送られて、体の各部位の毛細血管が開いて、気が出るのある。

アイウエ50音、そのほか濁音、半濁音、それぞれに体の開く部位が違うのである。

大まかには、ア行、イ行、ウ行、エ行、オ行、の母音でだいたいの部位が決まるのであるが、それに子音が入るとまた違う部位になるので、体全身に細かく反応する部位ができるのである。

ううむ。

わかるかな、これ。

まあいいか、どんどん行くのである。

まあ、てなことで、現在の人間よりも体が敏感だった、大昔の人もこの音声一音一音を組み合わせて、体のそれぞれの部位に効果のある「言霊」を造っていたのである。

たとえば、「ホツマツタエ」の「アイフヘモオスシ」は五臓六腑を整えるために組み合わされたものであるし、「トホカミエヒタメ」は腹を作るため、つまり丹田を造るために効果のあるように組み合わされているわけである。

密教の真言も同じように組み合わされているので、実際には意味不明のものが多いのである。

真言の意味を聞かれたある坊さんが、

「この真言はありがたすぎてとても説明でない」



なんてアホ丸出しのコメントを自分の本で書いていたのを読んで腹を抱えて大笑いしたことがあるが、実際には意味がないのでわからないのである。

要するに意味が重要なのではなく、体にどう影響を与えるかが重要なわけなのであるのである。

うううううううううううう。

続きはまたあした書くかどーかわからないが書くかもしれないのである。

ううむ。

それで、なんだっけ。

ああ、そうだ。

言霊だ。

それでは実際にどの部位にどの言霊が効果があるかとゆーことである。

まあ、足を開くものとか胸を開くものとか頭を開くものとか、なんでもあるのであるが、勘違いしてはいけない。

たとえば足を開くといってもそこの血行をよくするだけであって、足の部位に影響のある言霊を送りこんだからといって、足が急に速くなるとか、足の力がとんでもなく強くなるとかゆーことではないのである。

同じよーに頭部を開いたからといって、急にIQが200になるなんてことは断じてありませんっ。

それを専門に朝から晩まで言霊や真言をがなりたてている連中をみてもわかるとおり、すこしアホにはなるかもしれませんがおりこうさんになった人はみたことがありません。

そんなことやるより、気なんかやってないで、フツーにお勉強するか、頭を実践的に使う仕事に就いた方が早いのである。

だいたい「気」なんかを真剣にあーでもないこーでもないと言ってる連中はあたしも含めてぱーの人なので、あまりまじめに関わってはいけません。

ぱーがうつって、いっしょにぱーの人になってしまいますよ。



言霊2」につづく。






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