象気功


象気功奥義

気をつかむ6

「速度3」




気がわかるとものの見え方が変わるのである。

つまり、DNAのその部分のスイッチが入るわけである。

しかし、そのスイッチは一度入るとなかなか切ることは困難であるので、気過敏症、電磁波過敏症、波動過敏症なんて問題が起きてくるのである。

ときどき、気の悩み相談室や、メールでも大騒ぎする人もおられるのであるが、まあ、これ、気功なんかをやってるとけっこうこの手の症状でにっちもさっちもいかなくなる人も多いのである。

それで、これは気にしないようにしようと思うとさらにそれに意識が集中して、どんどんひどくなるのである。

スイッチが入ると、本人の意思や意向とは関係なく、身体、つまり、脳がかってに気や電磁波、電波、音声その他の波動などを捉えるようになるのである。

まあ、そうなればあたしと同様に、気もわかり、言霊の身体や脳に対する反応もわかり、霊気も神気もわかり、神も霊もわかるわけである。

人の気もわかり、感情もわかり、気の悪い危険な場所もわかり、ものごとの本質がわかり、迷いがなくなるのである。

もうこれ、気がわかるためのメソッドである象気功の真髄、神仏の世界へ1歩も2歩も近づくわけであるので、非常にけっこうなことであるわけである。

しかし、そうは感単に問屋が卸してくれないところがこの世浮世の習い面白さであるのである。

その代償として、人によっては電磁波や波動による激烈な身体、脳の過剰な反応に苦慮しなければならなくなる場合もあるのである。

身体や脳はいろいろな症状を呈して、本人は死にそうな大騒ぎで、はたから見てると大笑いであるが、本人は大真面目で、「なんとかしてくれ」なんて医者に無理難題を言って、てきとーにあしらわれて精神安定剤なんかを処方されたりして、さらに症状は悪化の一途を辿ったりするのである。

この世に存在するものごとは何事も陰陽(いんよう)であり、相対であり、楽あれば苦ありであり、地獄で仏、天国で悪魔であるのである。

さて、そうなれるのかどうかやってみなけりゃわからない、なったらなったでしょーがない、なんでもラッキーと捉えて、人生のお楽しみとするための、「速度」の解説であるのであある。

まあ、とにかく、気がわからないことには始まりませんので、手を開き左右にゆーっくりと動かしてみることから初めていただきたい。

両手のひらを向かい合わせて10cmぐらい開いて自分の胸の前に出して、それを左右に開いて行き、開いたら閉じるのである。

また、適当な間隔に開いて、そのままの左右に金魚の尾のように動かしてもいいのである。

あるいは、手のひらを下に向けて、上下に上げ下げしてもよろしいのである。

これは手の甲で気を受けるということの訓練にもなるのである。

どうしても、しろーとさんの場合は手のひらの中央の労宮(ろうきゅう)にこだわって、左右の手から気を送ったりして、手のひらで気を感じようとするのであるが、手のひらと同様に手の甲も気をつかむのには重要であるのである。

手の甲にも手のひらと同等の気感を育てる必要があるのである。

また、太極拳の初動動作の起勢(チーシー)でも同様である。

起勢(チーシー)のときに手の甲を上に上げるときも、気をつかむことが重要であるのである。

そして、このときの「速さ」は気をつかめむことができる速さであるのである。

その速さをつかめば、歩きながら手を左右に振るだけでも身体の気道は開かれるのである。

この気をつかむ速度がわからない皆さんが指導者になったりするから、一部の養生気功のように、単なる体操になったりしてしまうのである。

しかし、この速度は、自分で試して「つかむ」しか方法はないのである。

もちろん、人によってもその「速さ」は違うのである。

ある程度速くてもつかめる人もいるし、そうとう遅くてもまるっきりわからない人もいるのである。

それで、その条件は自分の身体の中に神を思い描くことであるのである。

自分の中から神の気が溢れ出ていると思うことであるのである。

自分の身体を通して神の気が放出されていると思えばいいのである。

そのことで、全身の気道が開かれ、自分の周囲の気の海を実感できるのである。

その気の海が実感できれば象気功メソッドは完成である。

さて、気をつかむ速度がわかった人もわからなかった人もなんのことがまるっきり理解できなかった人も、次回はさらに象気功奥義に迫る「神気の通り道」に続くのである。

ツイートする  

(2010/07/31)





Copyright (C) Zoukikou All Rights Reserved 無断転用転載厳禁 プライバシーポリシー Contact