象気功


象気功奥義

気をつかむ4

「速度」





神とはなんであるか。

宇宙とはなんであるか。

生命とはなんであるか。

存在とはなんであるか。

それを問うために人はこの世に現されるわけであるが、誰もそれを体現することなく、人生をあっという間に終わるわけである。

まさに、「あっという間」であるのである。

何も考える暇もないくらいの一瞬であるのである。

この「一瞬」ということは生を終わる間際に認識できるのである。

生命とは一瞬の閃光であるのである。

その閃光を捉えることが、人がこの世に現された所以(ゆえん)であるのである。

これは、総てを諦めたときに捉えることができるのである。

総てを諦めるということは、総ての欲を捨てることであるのである。

完全に無欲になるということであるのである。

総てを諦めること、つまり、総ての欲を捨てることが煩悩からの脱却であり、悟り、解脱であるのである。

しかし、この諦念ということができないように、人間のDNAは設計されているので、誰も総ての欲を捨てることは、できないようになっているのである。

DNAとは欲望と同義であるのである。

だから総てを諦めるというのは、つまるところ現世を終わるということであるのである。

生というのは言い換えれば欲ということであるのである。

だから、この世に生あるものには、神も宇宙も生命も存在も、それがいったいなんであるか永遠にわからないのである。

つーことで、神のお告げお授けも閃光とともに線香花火のごとくパチパチはじけて雲散霧消とはかなく消えて、蛍の光に団扇の風で風安曇、わたしのこころはアレ模様。

だめだ、やっぱりお笑い霊能芸人だから、文章に詩心がないよね今ひとつ。

ううむ、このくそ忙しいときに、1台のパソコンは完全に壊れやがるし、そうこうしているうちにもう1台の方もぜんぜん動かなくなってきたので、しょーがないから、リカバリーディスクを探し出して、工場出荷状態てな状態にしたらば、ぜんぜんインターネットにつながらなくなって、あれこれやってたらなんとかつながって、それから、使える状態にするまでに3日もつぶれてしまったのである。

リカバリーすると3日つぶれるということがわかったのであるが、さすがにそれ以前とは動作が比べ物にならないくらい快適であるのである。

いわゆる超サクサクであるのである。

超の上にサクサクであるのである。

クサクサでもいいのである。

なんならクササクササでもいいのである。

さらになんならああくっさーでもいいのである。

もちろんやけくそであるのである。

ううう、どーでもいいのであるが、とにかくリカバリーはあとの処理がものすごくめんどくさいのである。

さてさて、それで、本日のお題の「気をつかむ速度」であるのである。

本日は気をつかむには時速何キロぐらいの速度にすればいいのかというよーなことで、一席お伺いするわけである。

何を時速何キロにするのかというと、身体を動かす速度であるのである。

特に「手」が重要であるのである。

この「手」にこの世に充満する「気」あるいは「プラーナ」あるいは「クォーク」あるいは「霊気」あるいは「神気」あるいは「霊波」あるいは「波動」を捉えなくてはならないのである。

この手による「感覚」を脳で認識するということが気功であるのである。

ううむ、だめだ、おつむがアイドリング状態で、ぜんぜん動かない。

しょーがないので、ここで、神の水「コーラ」におすがりするのである。

ううう、玉が痛い、どことははっきり申し上げられないが玉が痛い。

神様がお怒りになられているのである。

象の大神様のお授けよりもコーラのおすがりとは何事であるかとお怒りであるのであるが、神の水はありがたーいお神酒、ご神水であるので、もう、一杯飲んじゃうのである。

ううむ、もう1.5リットルのボトルの半分だから、750ccも飲んじゃったのである。

100グラムで45キロカロリーであるから、これで、約340キロカロリーである。

すごいねどうも、ご飯がどんぶり一杯分ぐらいあるぞ。

こりゃ、皆さんのゆーとーりどこか悪くなるのは当然であるが、神の水であるから、どんどん飲むのである。

ううむ、脳が動き始めたのである。

脳の部位があちこち赤くなり始めたわけである。

まあ、赤くなり始めても、何しろ本はいっさい読まないし、新聞もスポーツ報知1紙であるから、これ、ゴルフと野球とサッカーと大相撲と芸能界に詳しくなるだけで、社会におきてることは2ページだけダイジェストみたいに出るだけなので、脳はどんどん虚弱化して、語彙が貧困の方向にものすごい勢いで驀進しているのである。

それはともかく、書き始めたら昼になったっちまったので、まあ、とにかく昼飯を食うのである。

午前中は店子の中古車屋さんの周りの土手の草刈りだったので、今、終わって、飯の前にこれを書着始めたわけである。

お食事タイム。

ああ、飯食ったら、書く気がぜんぜんなくなった。

しばらく休憩である。

親が死んでも食休みである。

うううう、休んだら今度は頭が停止してしまった。

どうにもならん。

まあ、脳がどーにならないまま展開するのである。

それで、その動く速度の典型が太極拳であり、気功の八段錦の動きであるわけである。

まあ、太極拳なんかは、その技を習得、修練する過程でこの「速度」ということに気がついたわけである。

だから、太極拳というのは気功としても大変すぐれたメソッドであるわけである。

これは、武術太極拳でなくても、いわゆる格闘技としてはなっちゃない健康太極拳でも気をつかむということに関しては、効果は同様であるのである。

しかし、その動きの「速度」が気をつかむことができる速度でなければならないのである。

これは遅い分にはいくら遅くてもかまわないのであるが、速さということになると、ある一定以上の動きの速さは、「気をつかむ」ということに関しては限度があるのである。

ある一定以上の速さになると気をつかむことができなくなるのである。

これは、各種気功法でも同様であるのである。

その「速さ」は自分で試して確認するしか方法はないのである。

ここが、「気」のどうにもならない部分であるのである。

かの、伝説の大達人の王向斉(おうこうさい)大先生も「気を教えることはできない、自分でつかむしかない」てなことを喝破なされているのである。

まあ、結論からいうと、できるだけゆーっくりと動けばいいっちゅーことであるわけであるが、いつもいうとおり、それで気をつかめるかとどうかはあなたの神様、DNAの思し召し次第であるのである。

象気功はメソッドを提示するだけであるのである。

つーことで、次回も「気をつかむ5」であるのである。

さてさて、今世紀最大のお笑い霊視霊能予言者象師匠がお送りするこの世あの世極楽地獄の謎を解き明かす霊障治療の怒涛の霊威霊波はあなたを幸福に導くのかそれとも奈落の底にあっちっちなのか、謎が謎を呼んで次回も波乱万丈の展開必至でありますので、請うご期待を願いまして、おしまい。

おあとがよろしいようで。

♪ちきちんちんどんどん。

ううむ、UPしてから推敲するのである。

気をつかむ5「速度2」に続く。

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(2010/07/10)




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