象気功

象気功


真言密教における
十三佛真言のチャクラ覚醒効果


象気功における十三佛真言の正しい唱え方



リンク


健康象源法

経済象源論

本日の御神託

霊気神気を受ける動画

気功師の紀行的生活

気功師の食事

象さんの犬猫写真ブログ









まあ、なんですね、唱え方といっても、べつに象気功的には、まあ、身体の下部の部位に影響のある真言から唱えれば、他はお好きにしてもらいたいわけである。

正座して唱えようが、胡坐をかいて唱えようが、結跏趺坐で唱えようが、立って唱えようが、歩きながら唱えようが、寝て唱えようが、飯を食いながら唱えようが、風呂に入って唱えようが、トイレで唱えようが、なんでもべつにかまわないわけである。

読者のご質問の「じっくり脳に響き渡るようにゆっくり 唱えたほうがいいのか、それとも数をこなしたほうがいいのか」ということに関しては、まあ、脳に響き渡るようにというよりはその部位に響き渡るように数をこなせば効果はよりあるとは思うが、どっちにしても、人生全体からみるとたいした違いはないわけであるから、お好きなように唱えていただきたい。

また、黙って心の中で唱えようが、大声で喚き捲くろうがかまわないのである。

ただ、大声で喚いていると家族や近所の人に不審がられて、病院に連れて行かれたり、警察に通報される場合もあるので、まあ、他人に迷惑のかからない範囲内で唱えていただきたいわけである。

また、「どこで区切るか」とゆーことに関しては、どこでもかまわないのである。

まあ、できれば読点などで区切ったところで区切って唱えた方がいいと思うが、それで読誦のちょーしが悪けりゃお好きなところで区切って唱えてかまわないのである。

調子のいいところで伸ばしたりしたっていいのである。

たとえば不動明王の真言は真言諸経要集によると、「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」であるが、高幡不動尊の方丈さんたちは「ノーマクサンマンダーバーザラダンセンダーマーカロシャーダーソワタヤウンタラターカンマン」とあちこち伸ばしたりして調子のいい節をつけて唱えるのである。

代表的なお題目の「南無妙法蓮華経」は「ナンミョーホーレンゲーキョー」であるし、「南無阿弥陀仏」は「ナームアーミダーブ」または「ナーンマーイダー」であるから、まあ、むちゃくちゃに逸脱しているというわけでなければ、効果にたいした違いはないので、本人がよけりゃなんだっていいわけである。

それで、まあ、密教的には法事の際に唱える順番があるのである。

まあ、由来はともかく、十三佛真言は死者の回向のための勤行次第として法事の際の順番にならんでいるわけである。

不動明王 初七日
釈迦如来 二七日
文殊菩薩 三七日
普賢菩薩 四七日
地蔵菩薩 五七日
弥勒菩薩 六七日
薬師如来 四十九日
観世音菩薩(観自在菩薩) 百カ日
勢至菩薩 一周忌
阿弥陀如来 三回忌
阿しゅく如来 七回忌
大日如来 十三回忌
虚空蔵菩薩 三十三回忌

とゆー順番である。

この順番でも象気功で紹介している順番でも、基本的は身体の下部から開くようになっているので、どちらでも問題はないのである。

それで、唱える回数は、お好きなだけである。

まあ、唱えたいだけ唱えていただきたい。

しかし、たとえば、急に腹を据えようと思って、そのときだけ、不動明王の真言を唱えても効果はあまりないのである。

もちろん、唱えないよりはマシである。

しかし、本来の効果は、日々、一定時間唱えることによって、氣道が太くなり、氣は徐々に下がるようになるということである。

まあ、下がると言っても、もともと開いている部位が閉じるわけではないので、それで、急に性格が変わって、気の小さい人がいきなり腹の据わった、ものすごく気の強い人になったりはしないわけである。

他の真言も同様である。

その真言を唱えても、急に体力がついたり、頭がよくなったりはしないのである。

しかし、それでもたとえば不動明王で身体の下部を開く前よりは、開いた後の方が氣が確実に下がって、精神は落ち着くのである。

それは意識でわからなくても確実にその部位は開いているので、唱える前よりは氣が下がっているのである。

他の真言も同様である。

唱える前よりは血行が良くなって、内臓が活性化するし、脳も活性化するのである。

各宗派のお題目を毎朝、一定時間唱えるのもこの効果があるのである。

また、真言を部分的に組み合わせて、唱えても大丈夫である。

べつにそれでバチを当てるほど、仏さんは無粋じゃないのである。

どんな形であれ、唱えない人より、唱える人の方が仏縁があるわけであるから、仏さんにとってはありがたいことである。

まあ、宗教というものは実態のないものであるから、「権威」がないと成り立たないのである。

その「権威」を作るには階層を作らなければならんので、まあ、我々衆生の上に僧侶や導師がいてその上に、もっとエライと言い張ってる僧侶や導師がいて、その上にもっともっとエライと言い張る僧侶や導師いて、その上にそれを統括するもっともっともーっとエライと言い張る僧侶や導師がいて、その上にそのえらい僧侶や導師が口を利くこともはばかられるもんのすごくエライと言い張る教祖や導師や法王なんかがいて、その上にとんでもなくエライと言い張る神さんや仏さんがいてその上にもっととんでもなくエライと言い張る神さんや仏さんがいて、その上にもっともっととんでもなくエライと言い張る神さんや仏さんがいて、その上にもっともっともーっととんでもなくエライと言い張る神さんや仏さんがいて、その上にそれを統括しているもっともっともっともっともっとっとっとエライエライと言い張る神さんや仏さんがいて、その上にそのエライエライと言いはる神さんや仏さんでさえお顔を見ることもはばかれられるぐらいもんのすごくとんでもなくエライエライエライと言い張る神さんや仏さんが際限なくいて、その上の方のもうどこだかまったく見えないような上の方に一番エライと言い張る仏さんや神さんが鎮座ましましておられるのであるから、ものすごく末端のゴミである我々衆生はこのとんでもなくエライと言いはる神さんや仏さんのお授けである、真言や言霊をあだやおろそかに唱えるとバチがあたって、命にかかわるぞと恐ろしげな講釈でインネンをつけているわけである。

まあ、べつにバチと言っても最悪死ぬだけであるから、ぜんぜんたいしたことはないのである。

どなたもこなたも、いずれはいやでもなんでも死ぬわけである。

「やたらな気持ちで唱えると、バチが当たって無間地獄に堕ちるぞ」なんて言って脅かしてる本人の方が無間地獄に堕ちる確立は高いわけであるから、ぜんぜん気にすることはないのである。

だから、お好きなように、目的の真言を組み合わせて、あなたのオリジナルの真言を作ったっていいわけである。

しかし、それで、効果がどーであるかは、作ったあなたの自己責任である。

象気功はメソッドを提示するだけである。

また、唱えるときの精神状態も別にどんな状態でもかまわないのである。

うらみねたみそねみで頭にきてハラワタが煮えくり返っているときや、亭主や彼氏に浮気されて嫉妬の紅蓮の炎で包丁片手に突撃しようなんてときなんかは、逆に気を下げる不動明王の真言で氣を下げて気持ちを落ち着けることもできるので、仏の御心に即して、本来の目的に近い感じもないではないぐらいなのである。

ううむ、まあ、こんなところかなあ。

どえい。

つーことで、さて、次回はお待ちかねの「金運チャクラ覚醒講座」である。

さあさあ、お金が欲しくてしかたのないおにーさんもおねーさんもおとーさんもおかーさんもおじーさんもおばーさんも、仕事も家事もほっぽりだして読んどくれ。

はたして、真言、言霊で金運チャクラは覚醒するのかしないのか、大金持ちになって、毎日、毎夜、昼の街、夜の街で大暴れできるのかできないのか、期待はいやがうえにも高まりアソコも怒涛の膨張でぎんぎんぎらぎらお星様、アキバのメイドを100人引き連れてスーパー銭湯借り切って裸でドンちゃん騒ぎができるのかできないのか、さあ、やってみなけりゃわからないすんごいテーマにミサイルを打ち込むわけである。

つーことで、「金運チャクラ覚醒講座」に続く。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
(2007/5/1)





Copyright (C) Zoukikou All Rights Reserved 無断転用転載厳禁 プライバシーポリシー Contact