象気功

本日の御神託



人生がうまくいかない場合の対処法


まあ、なんである、たいていの場合は人生がうまくいかないのである。

人生がうまくいってる人を見て、「自分もいずれはあの人みたいに成功して栄耀栄華の暮らしをするぞ」なんて思っても、「そうは問屋が卸しませんよ」と、神という名の悪辣な悪魔の御用商人が邪魔をするのである。


神を悪魔呼ばわりするのは当たり前のことしか言わない象気功だけであると思うが、まあ、とにかくこの神という名のろくでなしはいたるところでろくでもないことをしでかすわけである。

そのろくでもないことは一般のいわゆるあたしら一般大衆庶民烏合の衆びんぼー人にたいして行われるのである。


昨今「親ガチャ」なんて言われて久しいが、象気功では十数年前の開講当初からことあるごとに「生まれた時から運命は決定されている」と言い張ってきたわけである。

そらそうである、あたしら低知能の一般庶民大衆は低知能の両親からDNA遺伝子により脳も体も受け継いだわけであるから、どんなに努力をしようが能無しでバカの行く末は知れたもんである。


さらにこれも両親から受け継いだ「生まれ持った悪い運気」という波に飲み込まれて、まったく自分に瑕疵がないのに、災害、事件、事故に巻き込まれたりするのである。

これは具体的に例をあげると差しさわりが大きすぎるので控えさせていただくが、これがほとんど一羽ひとからげのあたしら低知能下層民に対して行われるのである。

あたしらが知らずにアリや微小な虫さんを踏み潰して歩いてるように、神という名のろくでなしによって踏み潰されるわけである。


それでは踏み潰されないようにするにはどうするか?ということである。

諦めることである。

おいおい。

まあ、そういっちゃおしまいなので、要は「自分を知る」ということである。

自分が何者であるかを見極めるということが人生がうまくいかないときの対処法である。


「分相応」というのは実に明快に運命を表現している語彙である。

「人生がうまくいかない」というのは目標設定を間違えているからである。
<自分が持って生まれた能力や運気を勘違いしているからである。


たとえば容姿がまったく優れていないのにアイドルを目指して奮闘努力しても、それは自分の能力と目標がかけ離れすぎていて、万に一つも望みはないわけである。

しかし、この万に一つも望みがないことに日夜血道を上げてる人が一般大衆庶民には掃いて捨てるほどいるのである。


そうは言っても、どんな人間にも何かの才能はあるわけであるので、あたしら低知能能無しでも何かしらの目標を持つことは間違いではないのである。

しかし、自分の才能がどこにあるのか、それがどの程度の才能なのかを正確に見極めないと、人生はさらにドツボにはまって身動き取れないことになるのである。

その自分の才能を見極める方法はいかなるものか?

次回に続く。

ええええええええ?
(2021・12・21)


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