象気功

気功天昇特別編
弛緩メソッド

放鬆
ほうしょう




神に祈っても何も成就しないのである。

何事もいっさい成就しないのである。

たまさかに祈った願いが適うのは、まさにたまさかであり、つまり意味のない偶然のなせる技であるのである。

神の意思とは無関係なのである。

神はものごとを祈り願う存在ではないのである。

神はなすべきことそのものを厳然となすために存在する、いわば幻想を囲む果てしない厚さの無意思の壁であるのである。

その壁はなにものをもってしても破ることはできず、崩すこともできないのである。

神の壁は厳然とそこに存在し、いっさいの制約を受けず、その壁の内側に宇宙、人間を含めた全ての事象が幻想としての存在として造りだされているのである。

あらゆる次元、宇宙、人間を含めた全ての幻想としての事象は、その中で生まれ、崩壊し、消滅し、また生まれ、その輪廻を現在、過去、未来永劫、永遠に神の無意思の壁の中で繰り返すだけなのである。

そのことによって進化する神の方向性は上でもなく、下でもなく、つまり、昇華でもなく堕落でもなく、正でもなく邪でもなく、終りが始まりで始まりが終りであり、最後が最初で最初が最後である輪廻を漫然と繰り返すのである。

輪廻するために輪廻する存在が神であるのである。

その神の輪廻の壁は同時にあなたでもあるのである。

現在の神の壁であるあなたの未来に向かっている方向性は、同時に過去へ向かっている方向性でもあるのである。

だから、あなたの輪廻は始まったばかりでもあり、最終段階でもあるのである。

この世の存在の総てが始まりであり最終段階である終りのない輪廻を繰り返しているのでる。

それが、神の壁であり、同時にあなたであるのである。

あなたが生まれるときは消滅するときであり、消滅するときは生まれるときなのである。

誕生が消滅で消滅が誕生なのである。

誕生と消滅は同じことなのである。

始まりが終りで終りが始まりであるからである。

この世の終末も上昇もないのである。

この世の終末は始まりであり、上昇は下降であるのである。

末世は来世であり過去であり現在であるのである。

この世の終末はこの世の始まりであり、また同時に現在であるのである。

それは存在しているものは、存在していないからである。

存在は無であり、無は存在であるからである。


最近、ちらほら、象気功の出版や講演のお話をいただきますが、まあ、冒頭のこのわけのわからないお告げを読めばわかるとおり、象気功はインチキ丸出し口から出まかせのありがたーいあたしの神さんからのお告げお授けのお筆先でありますから、これを本にして出すだとか、講演をするだとかの予定は現在のところまったくございません。

また、象気功を引用する場合は必ずメールでご一報を頂き、内容を原文のまま、引用象気功ということを明示していただきたい。

パクリ、盗用、無断転載転用などは祟り神である、像の大神様の怒りに触れ、当人に限らず家族の事故、事件、病気、災い、あるいは法的措置の元となりますので、くれぐれもお控えいただきたい。

まるで脅迫だねしかし。

つーことで、象気功はまぎれもない神のお告げ、お授け、お筆先であるということをこれでもかと強調いたしまして、本日のありがたーい口から出まかせ出たとこ勝負パンツを脱いだらまっくろけったらあらいやんの宇宙神からの光による啓示を絢爛豪華な極楽絵巻にのせて書きなぐり吐きなぐりぐりぐりであります。

うーむ、まあ、しかしなんだねえ、オンラインRPGもさすがに飽きちゃったのである。

当たり前である。

まあ、とにかく放鬆であります。

「放鬆」とゆーのは平たくいうと、「身体」がリラックスすることであります。

ちなみに「心」がリラックスすることは「入静」であります。

リラックスとは身心を緩めることでありますから、揺する、捻るとどこがちがうのかとゆー疑問が湧くわけでありますが、象気功は口から出まかせ行き当たりばったりの神のお告げでありますが、とにかく「気功」でありますので、古来より伝わる気功の定番、「放鬆功」を解説するわけであります。

放鬆功は「意識」で「身体を緩める」メソッドであります。

まあ、逆にいうと、揺する、捻るは「身体」で「心を緩める」ことでもあるわけです。

まあ、簡単にいうと揺する、捻る、伸ばすの準備体操で緩めた身体を、さらに意識で緩めるわけであります。

まあ、今回は気功の大定番、「三線放鬆功」を知ってる人も知らない人も、まあ、知ってりゃ損はないとゆーことで怒涛の解説でお送りするわけであります。

まあ、冒頭の神のお告げにもありますとおり、この世はあの世であり、あなたはあたしであり、キミはボクで、あそこはここで、そんなところはこんなところよまあいやんえっちねてなくらいでありますから、総ては神が造り出した幻想でありますから、身体も例外ではなく、それはそれを造り出した存在である脳によってそれを限界内でどーにでもなるわけであります。

それはあなた以外の他人も神の壁であるあなたが造り出した無であり幻想である存在でありますから、それも限界内でどーにでもなるわけであります。

ですから、たとえば、他人の霊体、アストラル体なんてもんを呼び出して、その氣を操作するとその他人に影響があるのも、総てがあなたの脳による幻想であるからであるのであります。

あなたの存在も含めて、あなたの周囲の存在、事象は神の壁である、いわば、あなたの幻想の内部のことであるからであるのであります。

たとえば、あたしは、そこにいない他人の霊体を緩めることができますが、それはそこにいないその他人の身体を緩めることであるのであります。

氣がかなりのレベルでわかる人は、実感できると思いますが、そこにいない他人の霊体を氣で操作することは、厳然とその他人に影響を与えることでもあるのであります。

それはこの世の総てが神の壁であるあたしの幻想であり、あなたの幻想であるからであります。

神の壁はあたしであり、同時にあなたでもあるのであります。

あたしはあなたであり、あなたはあたしであるからであります。

あたしはあなたであり全地球の60数億の人間であり、総ての動植物であり、宇宙に存在する総ての生命体であり、総ての事象であるわけであります。

ですから、あたしは、地球の奥深くの地の底の氣も取り入れることができるし、宇宙の果ての氣を取り入れることもできるし、天の氣を降ろしてそこにいる人に影響を与えることもできるのであります。

それはその影響を与えられた人が氣がわかれば、確実に実感として捉えられることであるのであります。

この世の総ての存在が、同時にあたしの存在であるからであります。

ううむ、今回はもう夜中を過ぎて、いつものように酒の神がお呼びなので、お呼びに従い馳せ参じなければお筆先としての役目柄、怖ろしい神罰に当たり重大な災いを招くこと必定でありますので、ありがたーいお神酒のお盃(さかずき)を上げにただひた走り、あたしであるあの人この人と今宵もどんちゃん騒ぎで明日の朝は興奮の反動でこの世の地獄を垣間見て「あーあ、やめりゃ良かった、今日こそ、酒なんか飲むのは止めよう」とはかない決心をするのでありますが、まあ、そんなこんなで続きは次回「放鬆功実践編」でまたまた一席お笑いを伺うわけであります。

つーことでまた来週、ほなさいならー。

まあ、来週かどうかぜんぜんわかりませんが。

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